第49話 エトムート奇襲戦②

「絶望の深淵で己の無力さを嘆きながら逝くといい。ラグナロク・モード」


 どこにでもいそうな人間の少年だったアルスの姿が魔王の化身そのものに変化する。

 カスパロの最期を目の当たりにしただけに、エトムートの背中にゾクリと悪寒が走った。

 だがその一方でかすかな希望を覚えていたのも確かだった。


(5分だ。たった5分耐えれば勝機は俺にある!)


 最上級魔法『ブラックランス・レイン』を無駄撃ちしてしまったとはいえ、魔力をすべて使い切ってしまったわけではない。むしろ自分の四天王レベルの余力は残っているはずだ。だからと言って、まともに戦っても勝ち目はないのは見えている。


(だったら攻めて攻めて攻め抜くのみ!!)


「ヘル・ファイア!!」


 両手から同時に暗黒の炎魔法を繰り出し、アルスに向かって放った。

 間髪入れずに同じ魔法を両手に出す。


「うらああああああああ!!」


 魔法の弾幕をアルスに浴びせ続ける。

 一発一発は微力だとしても、ここまで連発されれば防御するので手一杯になるに違いない。


(これなら5分持たせることは可能だ!)


 にわかに勝ち筋が見えてきた。

 しかし次の瞬間には希望はかき消された。

 なんとアルスの姿が目に入ってきたのだ。しかもすぐ目の前に……。


「なっ!?」

「この程度で俺を足止めしようなんて甘すぎる」


 とっさに距離を取ろうとするエトムート。だがアルスが逃がすはずもなかった。


 ――ドゴォォォォン!


 右わき腹に深々とアルスの拳が突き刺さった。


「ぐはぁぁぁぁ!」


 あまりの激痛に目から涙がこぼれ、意識が一瞬だけ飛んだ。

 それでもなんとか態勢を立て直すと、すぐに防御力を上げるバフ魔法をかけた。


「強化魔法。プロテクション!」


 もはや小細工は通用しない。どうにかして5分を耐え忍ばなくては、と悲壮な覚悟を固める。

 そんなエトムートの様子を見てアルスはニタリと口角を上げた。


「素直でよろしい。ではたっぷりといたぶってやるよ」


 アルスがひたひたとエトムートに近づいてきた。

 エトムートは両腕を体の前で交差させて防御の姿勢を取る。


「この俺が防御しかできないとは……。くそっ。5分後に覚えておれよ。今度は貴様に絶望を見せてやる」


 アルスはエトムートのすぐ目の前までやってくると、彼に提案を持ちかけた。


「最後のチャンスをくれてやる。カノーユが目を覚ましたあかつきには土下座して許しを乞うた後、俺の眷属として貴様のすべてを俺に捧げると誓うなら命だけは許してやろう。3つ数えるうちに決めるがいい。返事がなければ拒否とみなす。3……」


 エトムートは逆上した。


「ふざけるなぁぁぁ!! 誰があんな半魔のクズ野郎に頭を下げるか!!」


 アルスは「哀れだ」と言いながら小さなため息をついた後、エトムートの無防備な右膝の裏に蹴りを飛ばした。


 ――バチィィィン!!


 強烈な高音が部屋に響く。防御魔法など何の意味もないくらいの大ダメージだ。


「ぐあっ!!」


 エトムートが叫び声をあげた次の瞬間に、アルスは左の膝裏を蹴った。


「がああああ!!」


 エトムートの膝がガクリと落ちる。アルスはすかさず彼の背後に回ると、首筋を思いっきり蹴り飛ばした。

 

 ――バチィィィン!!


 前2回と同じような高音が響き、意識を半分失いかけたエトムートが前のめりに倒れていく。

 すると今度は彼の正面に回り込んだアルスはがら空きの顎を蹴り上げる。


「ぐふっ」


 交差した両腕が解け、大の字になって仰向けで倒れたエトムートに、アルスは馬乗りになった。


(レベルが違いすぎる……。もうダメだ)


 体の自由と戦意を完全に失ったエトムートの顔が絶望の色に染まる。


「分かった。カノーユに土下座でも何でもするから助けてくれ。何ならおじい様におまえのことを紹介してやってもいい。だから頼む!」


 なりふり構わず命乞いをはじめたエトムートにアルスは冷ややかな言葉を浴びせた。


「姑息な手を散々使っておきながら、命乞いとは呆れを通り越して尊敬に値する太い根性だ。だがラストチャンスをふいにしたのはおまえ自身。その判断ミスは仮に俺の眷属にしたところで後々も繰り返されるだろう。下手に知恵ばかり回って、肝心なところで判断を誤るヤツほど使えないからな。つまりおまえには何の価値もないんだ。残念だがな」

「ひぃぃ! や、やめろぉぉぉ!!」


 アルスの一方的な蹂躙がはじまった。

 彼の脳裏には、時折悲しげな笑みを浮かべるカノーユの姿があった。

 

(俺はまた大事な人を守れなかった……!)


 アルスは自分自身に腹を立てていた。その行き場のない苛立ちをエトムートにひたすらぶつけた。

 そうして5分たったところで、アルスは立ち上がった。

 エトムートの顔はもはや原型をとどめていない。しかし辛うじて意識はあるようだ。


「くくく……倒しきれなかったな……俺の勝ちだ……」


 ふらふらしながら立ち上がると、アルスの魔力が尽きるのをじっくり観察しようと彼を凝視する。

 しかし一向にアルスのラグナロク・モードが終わる気配がないではないか……。


「くくっ。どうした?」

「そんな馬鹿な……ありえない……」


 愕然としたエトムートに対し、アルスはさらに絶望の奈落に突き落とす言葉をかけた。


「魔王の資格を持つ者が狂血のビスクドールの『血』を少しだけ飲むと魔力が倍増する――カノーユからそう聞かされていたのだが、おまえは知らなかったのか?」


 エトムートは「うそだ」と漏らしながら小刻みに首を横に振る。


「その顔だ。その絶望の奈落に落ちた顔が見たくて、あえて意識を残してやったのだ。はははっ!」

「ああぅ……」

「さあ、そろそろ死なせてやろう」


 恐怖のあまりに腰が抜けたエトムートの腹に向けて、アルスは魔法で作った槍を突き刺した。


「ぐはっ……」


 槍が炎に変わり、エトムートの体が紫色の炎に包まれる。


「ぐあああああっ!!」


 アルスは無表情でエトムートの命が尽きる様を見ながら、ぼそりとつぶやいた。


「カノーユは俺が守る。彼女を脅かす存在はすべて消し去ってやる。たとえ神であってもな」

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次期魔王として回帰した下民出身の俺、前世の知識と最強魔力で下剋上して『英雄』認定される 友理 潤 @jichiro16

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