第38話 狂血魔法が効かないのは

◇◇


 パオロが丸焦げになって息絶えた直後に、俺、アルスのラグナロク・モードが終わった。

 今の俺の魔力ではもって5分といったところか。案の定、魔力は空っぽ。反動で体中がきしんでいる。


「さてと……。マルース立てるか?」


 壁に寄り掛かったままぐったりしているマルースに声をかけた。


「うむ……。一人では難しそうだ」

「そうか。なら肩を貸してやる」

「かたじけない」


 本当に申し訳なさそうに頭を下げるマルースに対し、俺は手をひらひらさせた。


「いいってことよ。それよりこれからミリアとカルメンの二人を探しに行くから、人間の姿に戻ってくれないか?」

「ああ、承知した」


 人間の姿に戻っても2mはある巨体だ。その彼に肩を貸しながら俺はその場を後にしはじめた。


「とりあえず大勢の魔物の気配が感じられる方へいってみるか」

「うむ……。しかし今のわしが戦力になれるかどうか……」

「なぁに。てきとうに火を吹いてくれればそれだけで敵は慌てふためくさ。そこを俺が一掃すればいい」

「そういうものかのう……」


 ここまでマルースが弱気なのは傷がかなり深手である証だろう。残念ながら俺は回復魔法を唱えることができない。


「とりあえず応急処置だけしておこう」


 俺は腰の道具袋から軟膏を取り出した。切り傷を一時的に塞ぐことができるから、ちょっとした出血ならピタリと止まる。回帰前のくせで道具袋には常にこいつを忍ばせているのだ。


 ――ナキ、大丈夫だ。こいつには何でも治す魔法がかけられていてな。このくらいの傷ならへっちゃらだから。


 俺にとっては最後の部下ナキが腕に酷い切り傷を負ったことを思い出す。イマドキの女の子とは思えないくらいに肝がすわっていたっけ。けっこう酷い傷だったのに痛がる素振りは微塵も見せなかったな。

 懐かしく回想しているとマルースの低い声が聞こえてきた。


「ご主人、何からなにまですまない」

「んあ、ああ。とにかく気にするな。眷属を大事にするのも魔王の責務なんだから。しかし俺はなんで回復魔法が使えないんだ」


 そりゃまあ、桁違いな魔力を持つ魔王が回復魔法使えて、受けた傷をたちまち治すことができたら、もはや無敵を通り過ぎて反則と言っていいからな。その辺のバランスは保たれているようだ。

 いずれにしても早くダンジョンを抜けてアカデミーの医務室に運んであげなくちゃならないからな。とっとと残党どもを片付けて、ミリアたちと合流しよう。

 そう考えて道を進んでいると、前方から見覚えのある女の子が走ってきた。


「アルスっちーーー!!」

「カルメンか!?」


 相変わらず気配はまったくないから、肉眼で見えるようになるまでまったく気づかなかった。

 カルメンの褐色の肌に汗が光っている。肩で息をしていた彼女だったが、すぐに顔を上げて叫んだ。


「ミリちゃんが危ないの! 早く助けてあげて!!」


◇◇


 ――わたくしの狂血魔法が効かないのは、この世でたった二人だけ。わたくしが身も心も捧げるべき魔王様と、その魔王様の憎き仇敵の勇者だけかしら。


 ミリアはセレスティーヌと名乗った少女の言葉に困惑していた。

 自分は魔王なんかじゃ断じてない。となると、まさか勇者なのか……?

 ありもしない妄想が死の間際というのに頭に浮かぶ。しかしすぐに打ち消した。なぜなら彼女の中に自分よりも『勇者』と呼ぶに相応しい人を一人知っているからだ。


「勇者は私じゃない……。アルス・ジェイドこそが真の勇者よ……」


 ミリアの口からアルスの名が語られた瞬間に、セレスティーヌの彼女の首を握る手の力が強まった。


「うぐっ……」

「あなたにあの御方のお名前を口にする資格なんてないですの!」

「あなた……アルスのこと……知ってるの……?」


 ミリアがかすれた声が問いかけると、セレスティーヌはくりっとした瞳に涙をいっぱい貯めて声を大きくした。


「知ってるも何も、わたくしが何百年も待ち続けたご主人様なのかしら!」

「んなっ……!?」


 いったいどういうこと?

 そう問いかけようとしたが、もはや限界だった。

 目の前が真っ白になっていく――とその時だった。


 ――バシッ!!


 セレスティーヌの手の甲に石つぶてが直撃し、ミリアの首から手が離れた。


「カルメン、やるなぁ。モノの気配も消すことができるのかよ」


 ミリアの耳に今一番聞きたかった声が届く。


「アルス!!」


 精一杯の力で叫んだが、それでも潰れかかった喉からは乾いた声しか出てこない。

 だがそれでもちゃんと彼に届いたようだ。


「遅くなって悪かったな、ミリア」

 

 安心したとたんに目から大粒の涙が出てきた。


「うああああああん!」


 普段は気丈に振舞っているミリアだが、生まれたての赤子のように泣きじゃくった。


「ミリちゃん、もう大丈夫だよ」


 耳元でカルメンのささやく声が聞こえる。意外と力持ちの彼女に抱えられながら、素早くセレスティーヌの元を離れると、アルスのそばまでやってきた。


「頑張ったな、ミリア」


 ポンポンと優しく頭をなでられると、余計に涙が止まらなくなる。その間にカルメンがアルスから受け取った軟膏でミリアの傷の応急処置をした。


「さてと……。おい、ちびっこ。おまえが何者なのか。そしてどうしてミリアを殺そうとしたのか話してもらおうか」


 アルスに指をさされたセレスティーヌは、石が当たった手を抑えてわなわなと震えている。

 その様子にアルスは眉を八の字にした。


「そんなに痛かったのか? ごめんな。でも元はと言えばおまえが悪い――」


 そう言いかけた瞬間、セレスティーヌはぷつりと針で自分の人差し指を刺すと、滲んだ血をぴゅっぴゅとアルスの首、両腕、両足に飛ばした。


「なんだ?」


 驚くアルスをよそに、ミリアにはダンテの悲惨な姿が脳裏に浮かぶ。


「アルス! 急いでその血を拭いて!!」


 だがアルスが戸惑っているうちに、セレスティーヌが半ば投げやりに叫んだのだった。


「クルクル回ったら、全部話すですのーーー!!」


 目を大きく見開いたアルスだったが、ちょっと間を置いてから回り出したのだった――。

 

 

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追放された天才将軍、次期魔王に回帰する~復讐しながら始末した相手を眷属にしてたら『英雄』認定されていた~ 友理 潤 @jichiro16

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