第37話 狂血のビスクドール
「なんだ? 貴様は」
突如としてミリアの背後にあらわれたゴスロリの少女を見て、ダンテデーモンは思わずミリアに向かって振り上げた手を止めた。
「レディの名を聞く前に自分から名乗るのが礼儀ですの。もっともあなたの名前など興味ないのかしら」
「ああ? 生意気なクソガキめ。まあ、いい。よく覚えておけ。俺の名はダンテ。エトムート様の眷属にしてこのダンジョンの主になる者だ」
セレスティーヌの眉がピクリと動いた。
「ここの主にですの?」
「ああ。エトムート様の命によってこのダンジョンにいる人間の男を殺し、ついでにこのダンジョンの主を消せば、晴れて俺様もダンジョンの中ボスに昇格ってわけさ。ははは!」
ケラケラと高笑いするダンテに対し、セレスティーヌもまた笑い出した。
「ほほほ。冗談は名前だけにしてくれるかしら。ダンテデーモンだからダンテなんて、よほどあなたの主人はあなたに思い入れがないのかしら」
「ああ? 貴様、さっきから俺様を小馬鹿にしやがって。なんのつもりだ?」
ミリアを押しのけたダンテはセレスティーヌに詰め寄る。だがセレスティーヌは臆することなく小さな胸を張った。
「ごめんなさい。わたくし、昔から正直に物を言ってしまうたちですの」
「なに?」
「だってそうでしょう? ありえない妄想をドヤ顔でお話されても滑稽にしか見えないですの」
「なんだとぉぉ?」
ダンテが右手を大きく振り上げた。
「謝るなら今のうちだぞ、クソガキ」
「それはこちらの台詞ですわ。このダンジョンの主であるわたくしセレスティーヌに向かって非礼の数々を詫びるなら今のうちですわ」
「ダンジョンの主だと……あははは! これはついてるな。だったらまずは貴様からあの世に送ってやろう!」
「あら残念。なら苦痛に泣きわめくのを堪能しながら、じっくり殺してあげるのかしら」
「黙れ! クソガキがぁぁぁ!!」
ダンテの振り下ろし。素手のように見えて、実は小さなナイフを隠し持っている。しかもそのナイフに魔力を通すことで魔法剣として斬撃をくわえてくるのだ。魔法剣は伸縮自在でよけたと思っても斬られてしまう。ミリアがそのからくりを見抜いた頃にはもはや立っているのもきつい状態だった。
せめて目の前の少女に痛い思いはしてほしくない、と考えたミリアは必死に声を振り絞った。
「逃げて……!」
だがセレスティーヌはミリアの必死の呼びかけにも耳を貸そうとせず、自分の人差し指を針で突くと、自らの血をダンテの右腕に飛ばした。
するとダンテの攻撃がピタリと止まったではないか。
「なにっ!?」
ミリアも大きく目を見開いたが、当の本人がもっとも驚いたようだ。
「このぉぉぉ!!」
必死に右腕を動かそうと、顔を真っ赤にして踏ん張るがまったく動かない。
セレスティーヌは涼しい顔で口を開いた。
「クルクル回りなさい」
次の瞬間、ダンテの右腕ぐるぐるとねじれ、骨が砕かれる鈍い音が広間に響いた。
「がああああああ!!」
あまりの激痛にダンテの目から涙があふれ出す。だがセレスティーヌは容赦しなかった。
にじみ出てきた血をダンテの両足と左腕に飛ばすと、再び同じ言葉を口にした。
「クルクル回りなさい」
――バキバキバキッ!
両足と左腕が右腕のように何回転もひねられる。
ダンテは泡を吹いて気絶してしまった。だがセレスティーヌの追い打ちはまだ終わっていなかった。
「勝手に寝ていいなんて、どなたが決めたのかしら?」
セレスティーヌはダンテのひたいに血を飛ばす。
「起きなさい」
ダンテの目が再び見開かれると同時に、耐えがたい激痛が彼を襲った。
「があああああ! も、もうやめてくれ。殺してくれぇぇ!!」
唾を飛ばしながら懇願する彼を前に、セレスティーヌは小首を傾げた。
「あら? クライマックスはこれからだというのにつれない男なのかしら」
得体の知れない恐怖にダンテの顔が歪む。様子をずっとうかがっていたミリアもまた顔を真っ青にした。
(いったい何がはじまるというの……?)
「さあ、ダンスパーティーの時間ですわ」
セレスティーヌが両腕のアームカバーを取る。白くて細い腕には無数の切り傷が刻まれていた。
「んなっ!?」
ミリアが驚きをあらわにするうちに、セレスティーヌの切り傷から大量の血が広場の天井に向かっていった。
「ブラッド・レイン」
文字通りに血の雨が広場にいるすべての魔物とミリアに降り注ぐ。
セレスティーヌは弾む声で魔法を唱えた。
「極東の魔女よ。我が血でつながれた者たちに死の踊りを。ダンスインザデス」
どこからともなく軽やかなピアノの旋律が聞こえてくる。すると魔物たちが一斉にダンスしはじめた。中央のセレスティーヌはさながら指揮者のように小さな針を指揮棒に見立ててリズムを取る。
それは華やかなダンスパーティーそのものだ。
(いったいどうなってるの?)
そんな中、一人へたり込んでいたのはミリアだった。彼女もセレスティーヌの血を浴びているはずだが、踊る様子もなくただ茫然としている。
セレスティーヌは冷たい視線をミリアに向けてつぶやいた。
「まさかこの女……」
しばらくした後、音楽が終わろうとしていた。
魔物たちのダンスもまた終わりを迎える。
そして舞踏音楽特有の短い余韻が消えた直後、セレスティーヌは手を叩いた。
「さよならかしら」
――ボン!
なんと魔物たちの体が一斉に弾け飛び、彼らの鮮血が広場全体を覆ったのだ。
「うそ……」
ミリアが信じられないのも無理はない。およそ100体の魔物が一瞬のうちにして粉々になり、残ったのは大量の血液のみ。その血液の多くがセレスティーヌの両腕の切り傷に吸い込まれていったのだから……。
そうして真っ赤に染まった広場にミリアだけがポツンと残されたところで、セレスティーヌの小さな右手がミリアの首をむんずと掴んだ。
「うぐっ……。やめて……。私はあなたの敵じゃない」
その言葉にセレスティーヌはキリっと表情を険しくした。
「ウソつきなのかしら」
「ど、どうして……?」
ミリアが本当に困惑している様子を見て、セレスティーヌはため息をついた。
「あなた自分のことが分かっていないのかしら」
「私自身のこと……?」
「わたくしの狂血魔法が効かないのは、この世でたった二人だけ」
そこで言葉を切ったセレスティーヌは抑揚のない口調で告げたのだった。
「わたくしが身も心も捧げるべき魔王様と、その魔王様の憎き仇敵の勇者だけかしら——」
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