第9話 殿下の好みの女性は……
昼食後。
はぁ……と小さなため息をつきながら、私は目の前の書類を1枚ずつめくっていく。
用意されていた候補者リストは、思っていたよりも分厚く情報量が多い。
さすがジョシュア殿下の妃候補の方々ね。
みなさま家柄も申し分ないわ。
見た目も綺麗な方が多い印象だし、もうどの方でもいいのではないかしら?
女性目線で選んでと言われても、どんな人がいいのかさっぱりわからない。
若くして秘書官になった私は、他の令嬢のように夜会やお茶会に参加したことがないのだ。
女ばかりの学園に通ってはいたけれど、秘書官の勉強をするのに必死で友達を作る暇もなかった。
写真を見ただけでは、どんな女性なのかさっぱりわからない。
そもそも、1番重要なのは殿下が気にいるかどうかよね?
「殿下はどんな女性が好きなのかしら?」
そんな独り言を呟いたとき、バサッと紙の束が床に落ちた音がした。
顔を上げると、執務室の入口には目を丸くしたジョシュア殿下が呆然とした様子で立っていた。
その足元には紙が数枚バラバラの状態で落ちている。
「ジョシュア殿下。どうされたのですか?」
そう声をかけながら、私は急いでその場に行き床に散らばった紙を集めた。
すぐに返ってくると思った返事はなかなか聞こえてこない。
「……殿下?」
立ち上がってもう一度声をかけると、突然ガシッと手首を掴まれた。
えっ!? な、何!?
「ジョシュア殿下? いったいどう──」
「今、なんて言った?」
「はい? えーーと、『ジョシュア殿下、どうされたのですか?』と」
「違う。その前!」
その前? 私、何を言っていたかしら?
…………あっ!
「もしかして、『殿下はどんな女性が好きかしら』……ですか?」
「それだ。なんでそんなことを?」
「それは……」
なんだか殿下、少し嬉しそう?
問い
それどころか、いつもよりも少しだけ声が浮かれているような気がする。
もしかして、妃候補選定のことをご存知なのかしら?
好みを聞いてほしいと思ってたとか?
やけに期待にこもった目で私を見つめてくるジョシュア殿下。
今だけは、彼が悪魔ではなく爽やかで美しい王子に見える。
なんだ、それなら話が早いわ。
本人に教えてもらうのが1番ね。
「殿下がどんな女性との結婚を望まれていらっしゃるのか知りたかったのです。教えていただけますか?」
「どんな女性との結婚を望んでいるのか知りたい……? セアラが?」
私の言っていることが信じられないとでもいうように、ジョシュア殿下は私の言葉を繰り返している。
……こんなに動揺しているのはめずらしいわね。
どんなときでも殿下はいつも余裕そうな顔をしているのに。
ご自分の結婚の話など興味ないかと思っていたけど、実はすごく興味があったのかしら?
なんだか少し可愛く見えてしまうわね。
「はい。ジョシュア殿下の妃候補の方を選ぶのに、私ではわからなくて困っていたのです。好みがあるのであれば、ぜひ教えていただきたいです」
「……妃候補?」
「はい。たくさんの候補者の中から、きっと殿下好みの女性を見つけてみせます!」
「たくさんの候補の中から……見つける?」
「は…………いっ!?」
笑顔で返事をしようとした私は、据わった目をした殿下を見てビクーーッと体を震わせた。
さっき見た可愛らしい殿下は幻だったのかもしれない。
今のジョシュア殿下は、爽やかとか温厚という言葉とはかけ離れた顔をしている。
麗しいと名高い王子がしてはいけない顔だ。
ひいっ!! こ……怖いっ!!
なんで急に不機嫌になったの!?
ジョシュア殿下はにっこりと怪しい笑みを浮かべて、わざとらしいくらいに優しい声で尋ねてきた。
「そうか。俺の妃候補の話が出ているのか。それで、セアラはその候補を選んでいるんだな? そんなに嬉しそうに」
「はっ、はい……?」
「まぁいいや。そんなに知りたいなら教えてあげるよ。仕事熱心な部下のためだからね」
「あ……りがとうございます」
「俺の好みの女性は、いない! 以上だ!」
「は……え!? えっとそれって……あっ、殿下!」
殿下はキッパリとそう言いきるなり、私から紙を奪い取ってスタスタと自分の机に向かってしまった。
乱暴にドスッと椅子に腰かけている。
好みの女性はいないって、何よそれ!?
綺麗な人がいいとか、静かそうな人がいいとか、何かあるでしょ?
そう追求したいけれど、ジョシュア殿下が苛立っているのが嫌というほど伝わってくるので、とてもではないけどこれ以上話しかけることができない。
もう! なんで急に不機嫌になったの!?
殿下に恨めしい目を向けながらも、私も自分の席に戻った。
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