第8話 私が妃候補決めの担当に!?
「ふぅ……」
「お疲れ様でした。セアラ秘書官」
「あ。お疲れ様でした。トユン事務官。……大丈夫ですか?」
会議室の片付けをしていると、げっそりとやつれた顔をしたトユン事務官に声をかけられた。
彼はこの会議の間にだいぶ老けてしまったようだ。
「あまり大丈夫ではありません。引きずられていくカール子爵の姿が頭から離れませんし、胸が痛くて食欲がまったくありません……」
トユン事務官は自分の胸元をぎゅっと掴んで苦々しい顔をした。
「まあ。トユン事務官が胸を痛める必要はありませんわ。すべて殿下の指示ですもの」
「ですが……こればっかりは何度やっても慣れません」
「慣れなくて当然ですわ。人を傷つけて平気な顔をしていられるのは、ジョシュア殿下くらいで──」
「俺がなんだって?」
!?
突然の声に振り返ると、出ていったはずのジョシュア殿下がなぜか入口に立っていた。
「で、殿下! どうしてこちらに……」
「ペンを忘れちゃってね。それより、人を傷つけて平気な顔をしていられるのは……って話の続きを聞こうか?」
うっ。しっかり聞かれてる!
でも、ここで正直に答えることはできないわ。
今度はどんな嫌がらせを提案されるかわからないし、なんとしてもごまかさないと!
慌てる私たちの様子を楽しそうに見ているジョシュア殿下。
腕を組み、壁に寄りかかっているその姿はまるで絵画のようだ。
この麗しい姿に騙されてはダメよ……!
「ひ、人を傷つけて平気な顔をしていられる……人なんていませんよね! って話すつもりだったんです」
「へえ? なんかその後に俺の名前が聞こえた気がしたけど」
「気のせいですよ。ねぇ、トユン事務官?」
「えっ? あ、あのっ」
作り笑顔の私とジョシュア殿下にジーーッと見つめられて、ウソの苦手なトユン事務官が
ああ……ウソにつき合わせてしまってごめんなさい。トユン事務官。
もうこれ以上どうしても罰を受けたくなくて……。
今日は朝から痛い薬を塗られ、お昼には大嫌いなクア草のサラダが待っている。
ここで殿下の陰口を言っていたのがバレたなら、午後にも何か嫌がらせをされてしまう可能性が高い。
……とはいえ殿下にはウソだってバレてるでしょうけど。
でも、最初にハッキリと聞いた! と言ってこなかったのを利用して、なんとか逃げきるしかないわ!
私は殿下のペンを両手で丁寧に持ち、そっと差し出した。
「はい。殿下。忘れたペンとはこちらですよね?」
「……ありがとう。セアラ」
ジョシュア殿下は何か言い返そうかと迷ったような素振りを見せた後、おとなしくペンを受け取った。
あら? 話をそらせたらと思ってペンを差し出したのに、素直に受け取ってくれたわ。
「ごまかすつもりか?」くらい言われると思ったのに。
拍子抜けした私を見て、ジョシュア殿下がニコッと笑う。
「小動物のように震えながら怯える二人の顔がおもしろかったから、今回のことは不問にするよ」
「…………」
「…………」
それであっさり引いたのね。
怖がってる部下を見て楽しむなんて、ほんっとに性格が悪いんだから。
ホッとしたような呆れたような……そんな私とトユン事務官に見送られながら、ジョシュア殿下は満足そうな顔をして会議室から出ていった。
はぁ……今日はやけに殿下に盗み聞きをされる日だわ。気をつけないと。
「まさか殿下が戻ってくるとは。驚きましたね」
トユン事務官は汗でびっしょりの額をハンカチで拭きながら、ホッとしたように呟く。
「そうですね。でも、何事もなく済んで良かったです」
「本当に」
ははっと軽く笑った後、トユン事務官は持っていた書類の中から一枚の用紙を取り出した。
「そういえば、陛下からジョシュア殿下に関する新しい仕事を仰せつかったんです」
「殿下に関する新しい仕事?」
「はい。できればセアラ秘書官にお願いしたいと思っておりまして」
差し出された用紙を見ると、そこには『ジョシュアの妃候補をひと月以内に決めるように』と書かれていた。
「ジョシュア殿下の妃候補!?」
「はい。数人候補を挙げてほしいそうです」
「そ、それを私が!?」
「はい。僕が選ぶよりも、セアラ秘書官が選ばれたほうが良いかと思いまして。やはり同じ女性のほうが、見る目が違いそうですし」
「でも、私なんかが……」
妃候補を私が決めるなんて、責任重大すぎる……!
だって、殿下の妃ってことは将来この国の王妃様になるってことよ!
その候補を私が決めるなんてっ!
焦る私とは違い、トユン事務官は淡々と陛下からの言葉を伝えてくる。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ある程度の候補はすでに決まっているので、その中から3人ほどに絞ってほしいそうです。ジョシュア殿下に直接聞かれても良いそうですよ」
「あの殿下が、直接聞いて快く協力してくれると思いますか?」
「…………」
トユン事務官は何も答えない。
でも、その作り笑顔からは確実に『無理でしょうね』という考えが透けて見えた。
「……はぁ。とりあえず、今挙がっている候補の方々の確認をさせていただきますね」
「よろしくお願いします」
とんでもない仕事を任されてしまったわ。
あの殿下の好みから外れた女性を選ぼうものなら、どんな文句を言われるか……。
全て完璧な候補者がいてくれるといいんだけど。
候補者の資料はすでに私の机に置いてあるとのことだったので、ひとまず執務室に戻ることにした。
……クア草たっぷりの昼食を食べてから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます