第10話 私も結婚相手を見つけないと


「ジョシュア殿下。この3人のご令嬢はいかがでしょうか? みなさま公爵家のご令嬢で、とても優秀だと聞いております」

 

「却下」


 

 チラリとも目を通していない用紙を、スッと戻される。

 このやりとりはこれで何回目だろうか。


 

「殿下。お願いですから少しは目を通してください! 3人とも本当にお綺麗な方で……」

 

「綺麗? 俺はそんな理由で妻を選ぶつもりはないよ」

 

 

 ニコッと優しく微笑んではいるものの、目が笑っていない。


 

「でもこの3人は勉強面でもとても優秀で……」

 

「そんなことも特に望んでいない」

 

「では、どんな女性がよろしいのですか?」

 

「それを考えるのが君の役目だろ? セアラ秘書官殿?」

 

「…………っ」


 

 有無を言わせぬ笑顔に、私はそれ以上何も言えなくなる。

 そんな私たちをハラハラしながら見ているトユン事務官に目で助けを求めてみたが、フイッとそらされてしまった。



 

 もう! どんな女性を出してもすぐに却下されてしまうわ!

 これ、絶対にただの嫌がらせよね!?

 この腹黒悪魔!!



 

 私が困っているのを見て、ただ楽しんでいるだけのジョシュア殿下。

 

 それでも候補を挙げなければいけない日はどんどん近づいてきている。

 まだ余裕があるとはいえ、陛下からの仕事はできるだけ早く終わらせたいところだ。


 それなのに、ジョシュア殿下は候補者たちの名前を一度確認した後は見向きもしなくなってしまった。



 

 このまま却下され続けたら、有力候補のご令嬢が全員候補から消えてしまうわ!

 私をただいじめたいという理由で、みんな却下してしまうなんて……殿下はいったい何を考えているのかしら。



 

 先ほどつき返された用紙を、私はこっそりとファイルに戻した。

 嫌がらせに飽きたら、またこの方々を候補として出せるように。



 

 さすがの殿下だって、陛下に逆らうことはできないはずよ。

 絶対に予定日までには候補者を決めていただきますからね!



 

 ジロッと強気な目を殿下に向けると、なぜか嬉しそうにニヤリと笑われてしまった。







「はぁーー……まさかこんなに難航するなんて……」


 

 ジョシュア殿下もトユン事務官もいなくなった夜の執務室で、私は大きなため息とともに机に頭をのせた。

 

 妃候補の仕事を受けてから3日。

 まだ何も決まっていない状態のままだ。




 あの殿下のことだからすんなり済むとも思ってなかったけど、こうも頑なに候補者を選んでくれないなんて。

 殿下ってば、自分の結婚にそんなに興味がないのかしら?




 将来自分の妻になる相手なのに、その候補者たちの顔すら見ようとしないジョシュア殿下が理解できない。

 直前になったらきちんと決めてくれるのか、本当に誰でもいいと思っているのか……。




 私だったら、相手のことはできるだけ知っていたいわ。

 いくら政略結婚が当たり前とはいえ、少しでも良さそうな人と結婚したいと思うのは普通じゃないのかしら?




 改めて候補者リストを眺めてみて、ふと年齢の欄で目が留まる。

 みんな18歳~24歳の結婚適齢期だ。


 

「……結婚かぁ」


 

 私は今、23歳。まさにこのご令嬢たちと同じ、結婚適齢期だ。

 それなのに私には婚約者がいないし、結婚の予定なんてまったくない。


 

「はぁ……私、殿下のお相手を探している場合ではないんじゃ……」


 

 今は秘書官として働いているけど、さすがにずっと働き続けるつもりはない。

 私だって、バークリー公爵家の娘としていつかは結婚をしなくてはいけないからだ。

 

 そのため『結婚をするときには秘書官を辞める』という約束がしてある。

  

 私が辞めた後の代わりとしては、従兄弟のフィルが引き継ぐ予定で現在学園に通っている。

 たしか来月卒業するはずだ。



 

 フィルが卒業する頃になったら、私は秘書官を辞めて誰かと結婚をするのだろう──そう思っていたのに、まさか婚約者がいないどころか今まで一度もそんなお話すらいただけていないなんて……。


 

 

 さすがに予想外だ。

 バークリー公爵家の家柄であれば、特に問題はないはず。

 

 それなのに、こんなに婚約のお話がこないということは……。


 

「やっぱり私に問題が……!?」


 

 仕事上、若い貴族男性に会う機会は多い。

 

 実はこっそりと2人でお食事に……と声をかけてもらったことだってある。

 けれど、ただの社交辞令だったのかそのお誘いが実行されることは一度だってなかった。



 

 王子の秘書官をしている女性……ってどこか敬遠されるのかしら。

 それとも、そんなことは関係なく私自身に魅力がなさすぎるから……?




 思い返してみれば、女学園に通っていた私には恋愛経験というものがない。

 


「この年で初恋もまだって、どうなのかしら……」



 そうポツリと呟いたとき、頭の片隅に1人の男の子が浮かんだ。

 黒くて長い前髪で目を隠した、無愛想で口の悪い8歳くらいの少年──。



「あっ! そういえば、初恋は経験していたわ! ……6歳の頃の話だけど」



 6歳の頃のたった一度の恋をカウントしていいのかわからないけれど、たしかに私はあの頃恋をしていた。

 名前も知らないし顔もちゃんとは見たことのない、ほんの数回会っただけの男の子に。




 久しぶりに思い出したわ。

 あれ以来ずっと会っていないけど、あの男の子は元気かしら?


 


「あの男の子がまだ結婚していなければ、私を迎えにきてくれないかしら? ……なんてね」



 懐かしい思い出に少し浸った後、一気に現実に引き戻される。

 



 ……ダメよ、セアラ。現実から逃げては。

 そんな人任せな夢を願うより、自分自身で動いていかなくちゃ!




 ただ時間に身を任せているばかりでは、今後も婚約のお話をいただけない可能性が高い。

 結婚することが決まってから仕事を辞めるのではなく、その前に辞めたほうがいいのかもしれない。

 



 このままでは、あっという間に適齢期を過ぎてしまいそうだわ。

 もうすぐフィルが学園を卒業するし、今がチャンスかも!



 

「数年はフィルと一緒に働くことになりそう……って覚悟していたけど、そんな余裕はないわ」



 

 就任したばかりのフィルに殿下の婚約者決めなんて重要な仕事を任せるのは酷だから、これだけは私が終わらせておかないとね。

 それが終わったら……。



 

「でも、あの意地悪な殿下がすんなり辞めさせてくれるかしら?」


 

 少しだけ焦りを感じながら、ジョシュア殿下の机にチラリと視線を向けた。

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