第6話 殿下なら本気でやりそうで怖いです


「たしかに私には親しい男性もおりませんし、男性のことをあまり理解していないのかもしれません」

 

「かもしれない、じゃなくて理解してない、だろ」



 

 ……もう! 本当に嫌味ったらしいんだから。



 

 ムッとした気持ちを抑えつつ、話を続ける。


 

「そうですね。理解しておりません。なので、これからは積極的に男性と親しくなって、きちんと学んでいきたいと思い──」


 

 バン!

 

 突然、大きな音が部屋中に響いた。

 ジョシュア殿下が自分の机を強く叩いたのだ。

 薬の瓶を持っていた手だったため、ガラスの瓶にヒビが入ってしまっている。



 

 ビッ……クリしたぁ……! な、何!?



 

 瓶からジョシュア殿下へと視線を移すと、生気のない暗い瞳が真っ直ぐに私を見ていた。

 そのあまりにも冷たい瞳に、ゾッと背筋が凍る。


 

「で……殿下……?」

 

「積極的に男性と親しくなる?」

 

「は……い?」


 

 目だけでなく、声まで冷たく感情がない。

 冷静を保ちたいけれど、恐ろしくて体や声が震えてしまう。



 

 何? 何? すごく怖いわ!



 

 今すぐに謝罪して部屋を飛び出したいけれど、足がすくんで動けそうにない。

 獰猛な獣を前にして、ただ震えて座っていることしかできずにいたとき、ジョシュア殿下が突然ニコッと不自然な笑みを浮かべた。

 

 いつもは完璧な爽やか笑顔を作ることができるくせに、爽やかさのカケラもない怪しい笑顔だ。



 

 この笑顔は何!?



 

「セアラは本当に……一度監禁でもしていろいろ教え込むしかないかな?」

 

「監禁!?」


 

 笑顔の青年から発せられたとは思えないセリフに、サーーッと血の気が引いていく。


 

「ははっ。なんてね」

 

「…………」


 

 この腹黒王子なら本気でやるかもしれないと思うと、とても安心なんてできない。


 

「でも、そうやって教え込みたいくらい、セアラは俺の言ったことを全然理解してないってこと」

 

「で、ですが、男性のことを学んだほうがいいって……」

 

「そうだね。でも、なんでそれを他の男から学ぶ気でいるの? 俺がこうして教えているのに」


 

 ジョシュア殿下の黄金の瞳が、ギラリと光る。

 迫力があって恐ろしいのに、その瞳から目を離せない。


 

「ですが、今後は殿下の手を煩わせないようにと」

 

「そんなに遠慮することはないよ。大事な秘書官に教える時間くらい、いつでも取るさ」

 

「…………」



 

 ウソですよね!?

 いつも『仕事は見て覚えろ』って言ってるじゃない!



 

 そう言い返したいけれど、今の殿下には逆らうなと私の心が訴えてくる。



 

 ……本当に、今日の殿下はどうしちゃったの?

 

 よくわからないけど、とりあえず「はい」と返事をしておくか……。実際には殿下に教わるとか怖くてできないし、あとで話しやすそうな男性に声をかけてみよう。



 

「わかりました」

 

「……絶対に納得してないだろ」


 

 ギクッ



 

 どうしてバレたの⁉︎



 

「いえ! まさか!」


 

 慌てて両手を振って否定すると、ジョシュア殿下は椅子から少しだけ腰を浮かせて私に顔を近づけた。


 

「もし俺の言うことを破って他の男に教わろうとしたら……そのときは本当に監禁するからな」

 

「………っ」


 

 ヒュッと息が止まるほど、全身に恐怖が回る。



 

 こ……怖いっ!

 どこまで本気かわからないわ!



 

 ジョシュア殿下はそのまま立ち上がり、怯えきった私を見下ろしてニヤッと満足そうに笑った。

 いつもの意地悪なジョシュア殿下の顔だ。


 

「さあ、セアラ。そろそろ朝の会議の時間だ。会議室に行こう」

 

「は、はい」


 

 まだ足に力が入らなかったけれど、気合いでなんとか立ち上がる。

 殿下を待たせるわけにはいかないからだ。


 

「そういえば、鼻の痛みはどうだ?」

 

「……まだ少しヒリヒリします」

 

「そうか。この薬はたしかに痛みはあるが、この国のどの薬よりも治りが早いんだ。それに、傷も綺麗に消える。だから安心しろ」

 

「え……?」

 

「小さくても、顔に傷が残ったら嫌だろう?」

 

「…………」



 

 何、それ。

 まるで、私の肌のことを考えてその薬を選んでくれたような言い方……って、そんなわけないよね?



 

 ジョシュア殿下からの優しい言葉に驚きながら、私は彼の斜め後ろについて歩き出した。

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