第5話 男をわかってないと言われましても
殿下はなんでこんなに怒っているの?
私の返事を待っているのか、ジョシュア殿下は口を開こうとしない。
どんな答えが正解なのかはわからないけど、とりあえずここは謝罪しておいたほうが良さそうだ。
このままだとさらに怒りそうだし、早くこの意味のわからない会話を終わらせちゃおう!
……なんで私が謝らなきゃいけないのか納得できないけど。
「あの、殿下。私の
ベチャ。
「……ん?」
そう謝って気を抜いた瞬間、鼻に冷たくベタッとした感触がして、一気にヒリヒリとした痛みに襲われた。
「いっ……いたっ……!!」
「ははっ。特別にたっぷり塗ってあげたよ」
「!!」
あの薬!! いつの間に!!
ジョシュア殿下は手に持っていた小瓶をフリフリと揺らしている。
私が考え事をしていて殿下から視線を外したからって、その隙に薬を塗るなんて!
もしかして、さっき怒っていたのもわざと!?
「殿下。目を閉じて……の話は、私の気をそらせるための嘘だったのですね?」
ヒリヒリジンジン痛む鼻を両手で囲い、恨めがましい目をジョシュア殿下に向ける。
口角を上げて満足そうな顔をしているジョシュア殿下は、私の言葉を軽く否定した。
「いや。嘘じゃないけど。あまりにも男に対して警戒心のないセアラに怒ってるのは本当だし」
「警戒心……ですか?」
「ああ。まさか、あんな簡単に男の前で目を閉じるとはね」
???
男の前……って、『自分』の前ならともかく、なんで『男』の前?
「それに、さっきの会議室でのことも。あの場にいたのが俺以外の男だったら、セアラはその男の胸にぶつかっていたということだろう? それは困るよ。警戒心が薄すぎる」
「はあ……」
また『男』?
殿下の前で起きたことを、なんで『男』でまとめるのかしら?
話していてイライラしてきたのか、ジョシュア殿下からまた笑顔が消えた。
この話題は、どうも彼を苛立たせてしまうらしい。
殿下の言い方だと、自分にぶつかられたことに対して怒ってるんじゃなくて、他の男にぶつかっていたら……っていう想定に対して怒っているみたい。
でも、なんで?
第一王子のジョシュア殿下にぶつかるよりも、他の人にぶつかったほうがいいに決まってるじゃない。
それに、仮に私の警戒心が薄いとしても、なんで殿下が困るの? 関係ないじゃない。
言っている意味がわからないわ。
「おい。どうせ、俺の言ってることは意味がわからないとか思ってるんだろ?」
ギクッ
少し口の悪くなった殿下から目をそらし、必死に否定する。
「ま、まさか、そんな。ただ、私の警戒心が薄いとして、何か殿下にご迷惑をかけることがあるのかなぁ……って」
「あるに決まってるだろ」
あるの⁉︎
即座にキッパリと答えられて、私のほうが動揺してしまう。
「そ……それは、例えばどのような……?」
眉根を寄せて真剣に問いかけると、ジョシュア殿下は「はぁぁーー」っと長いため息をついた。
なぜか自分のすぐ横にある大きな窓から空を見上げている。
そんなに呆れるような質問したかしら!?
なんだかすごくバカにされているような気分だわ!
「セアラは本当に男のことがわかっていないんだね」
「お、男のこと、ですか?」
また『男』の話? いったいなんなの?
「ずっと女の中で生活してきたからかな? まさかこんなに男というものを理解していないとは思わなかったよ」
「…………」
ここまで無知扱いされると、さすがにそんなことはありません! と否定したくなる。
しかし、そうハッキリ言えるほど男性を理解できているとは言い難い。
殿下の言う通り、女性だけの中で生活してきた私には、親しい男性はトユン事務官しかいないのだ。
というか、そもそも私が女性だけの中で生活するように指示してきたのは
姉ではなく私が秘書官になると決まった後、勉強する場として王宮が指定してきたのが女学園だったのである。
姉は共学を指定されたのに、なぜ私だけが女学園だったのかは今でも謎のままだ。
どちらでも構わなかった私は、ただ素直にそれを受け入れた。
男性のことも学ぶ必要があったなら、最初から共学を指定してくれれば良かったのに……なんて、殿下に言っても仕方ないわよね。
ただの秘書官の学び舎を決めるのに、殿下が関わっているはずがない。
文句を言いたいのを我慢して、私はいつも通り殿下の言い分を飲み込んだ。
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