第3話 妹の私が秘書官になった理由


「Aセットでお願いいたします」


 

 食堂へやってきた私は、カウンターに立っているメイドに朝食プレートを注文した。

 王宮の中にはここで働いている人が利用できる食堂があり、どの時間に来てもきちんとした食事がとれるようになっている。

 

 私は手渡されたプレートを持って、空いた席に座った。



 

 はぁ……昼食は殿下に用意されたクア草のサラダを食べなきゃいけないのね。憂鬱だわ。

 それなら昼食を抜いて……ってダメね。

 あの殿下のことだもの。きっと私がちゃんと食べたのか調べるに決まっているわ。



 

「はぁ……」

 

「おはようございます、セアラ秘書官。ため息なんてついてどうかされたのですか?」

 

「ドロシー……おはよう」


 

 一人で食事をしていた私の隣に、ドロシーが座る。

 

 彼女は王宮ここで働いている王女付きメイドだ。

 侯爵家のご令嬢で、私よりも年下だけど慕ってくれているのかよく話しかけてくる。

 栗色の毛を三つ編みにした、可愛らしい女の子だ。


 

「なんでもないわ。今日も忙しくなりそうだな~と思ったら、ついため息をついてしまっただけよ」

 

「そうなのですか。でも、あんなに素敵なジョシュア殿下の近くにいられたなら、疲れなんてすぐに吹き飛んでしまいそうですね」

 

「…………」

 

「本当に羨ましいです。一度でもいいので、あの麗しい笑顔を目の前で見てみたいものですわ」

 

「…………」


 

 うっとりと頬を染めて話す可愛らしいドロシーを、冷めきった瞳で見つめる私。

 とてもじゃないけど共感することはできない。



 

 麗しい笑顔……ね。たしかに、お顔だけ見れば麗しい笑顔だわ。

 あれが心の底からの爽やかな笑顔だったなら……ね?

 

 それに、近くにいられたら疲れなんて吹き飛ぶですって?

 むしろ殿下のせいで疲れが増しているくらいだわ。



 

 ドロシーだけでなく、他の女性もみんなこのようにジョシュア殿下を慕っている。

 まさか中身は悪魔のような腹黒男だなんて、誰も想像したことがないだろう。


 

「私はたまたまバークリー公爵家に生まれて、たまたま男兄弟がいなかったから秘書官になれただけだもの」



 

 なれただけ……というか、なるしかなかったと言ったほうが正しいかしら。



 

 私の実家バークリー公爵家は、昔から王子の秘書官や事務官として働いてきた家系だ。

 本来なら長男がその道に進むのだけど、私には姉が1人いるだけで男兄弟はいない。


 

「あれ? そういえば、セアラ秘書官にはお姉様がいらっしゃるのですよね? なぜお姉様ではなくセアラ秘書官が就任されたのですか?」

 

「元々は姉が就任する予定だったのだけど、ルイア王国に嫁ぐことになってしまったの。なので代わりに妹の私が」


「ルイア王国に?」


「ええ。その国の第2王子と結婚したの。今は公爵となって、姉と領地経営やらいろいろと事業をしているみたい」


「セアラ秘書官のお姉様が補助してくだされば、経営も捗りそうですね」



 ふふっと明るく微笑むドロシーに、私もニコッと微笑み返す。



「そうね。その能力が気に入られて、何人かいた候補者の中から姉が選ばれたらしいわ」


「さすがですね」



 

 そういえば、あの話も急だったのよね。

 どうして秘書官になるための学園に通っていたお姉様が、ルイア王国第2王子の婚約者候補に入っていたのかしら?



 

 16歳の姉が婚約者候補としてルイア王国へ行ったとき、私は12歳だった。

 たしか、初めてジョシュア殿下にお会いしたあとだった気がする。

 

 当時13歳だった殿下と、将来その秘書官になる予定だった姉の初めての顔合わせの日。

 私は少し離れた場所からその様子を見ていて、まるで絵本の中から出てきた王子様のような彼の姿に心を踊らせていた──。



 

 ……ふっ。あの頃は若かったわね。

 ジョシュア殿下が意地悪な腹黒王子だなんて知らずに、単純に憧れていたんだもの。


 急に秘書官を目指すことになって正直驚いたけど、あの王子様の近くで働けるならとがんばって勉強に励んだわ。

 あれから11年……あっという間ね。



 

 純粋だった頃の幼い自分を鼻で笑うと、私は食べ終わったプレートを手に持ち椅子から立ち上がった。


 

「ではお先に失礼するわね」

 

「ええ。セアラ秘書官、またあとで」


 

 優雅に笑顔を振りまきながらその場を去ったけれど、これから私には痛いと噂の薬を鼻に塗られるという行為が待ち受けている。



 

 こんな暴挙が許されていいのかしら。



 

 あの腹黒王子を何度も訴えてやりたいと思いながらも、力のない私は言うことを聞くしかなかった。

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