君と渚で話せたら

第1話 #59601 - Public 25/32👤

　海の上に浮かぶ、白い木造のコテージ。

　黒を基調としたベッドやソファー、本棚には知らない外国語の本と、星型のインテリアが飾られている。

　天井はなく、デッキからは水平線まで伸びる青い海が一望できる。

　青と白のコントラストの中で2人のアバターが、横に置かれたドリンクに目もくれず、楽しそうに会話に花を咲かせている。

　今日はなんだか当たりの日だ。

　五回ほどマッチングを繰り返したのだが、出会う人皆面白かったり可愛かったり、何よりも全員との会話がすごく盛り上がった。

　もちろんマッチング運が良いのもあるが、今日は特に口がよく回る気がする。

　人と話す事があまり得意ではない私も、ここでは気楽に話すことができるようになるが、ここまでうまく行く日は滅多にない。

　自然と話題が湧いて出てくるのは気持ちよくさえあった。

　フレンドのところに遊びに行くときも、これくらい話せたらいいんだけど、初対面かつ一対一の状況だからこそ話しやすいのだろう。

　この調子なら今日は楽しいVRChatができそうだ。

「あ、そろそろ時間ですね。じゃあまた会った時にはよろしくお願いします！」

　タイムリミットに合わせて話を切り上げ、手を振りながら相手を見送る。

　そして、相手もそれを返してくれる。

　人と話すのは楽しいものだ。

　初めての人と出会い、お互いの素性を知らない故にしがらみもない。

　だから責任も、後先も、これからの関係性も考えずに、話したいように話せる。自分の素を自由に出せる。

　ここにいる時は、俺はどこまでも解放されるような気持ちでいた。

　タイマーが0になり、目の前が白く染まる。

　先程まで話していた人の姿が消え、次のアバターがロードされる。

　そんないつものことであるこのワールドの仕様に、今回は少し嫌な予感を覚えた。

　頭上に表示されるプレイヤーネームに見覚えがあったのだ。

　白い文字で表示される"ショット"という名前を見て、私の背筋に何かが通ったような気がした。

　別に、珍しい名前って訳ではない。

　似た名前のユーザーがいるなんてよくある話だし、ただの勘違いに決まっている。

　そんな悪い予感は、目の前に現れた黒い髪の少女が確信へと変えた。

　彼とは仲が良かった。

　私がこのゲームを始めたばかりで、まだフレンドが少なかった時に、仲良くしてくれた人だった。

　性格は少し難ありで、ちょっと気難しい所があるし、嫌いになった人にはあからさまに態度が変わるし、長い付き合いをするには結構人を選ぶタイプだと思う。

　だけど、1人で寂しそうにしている人がいたら、声をかけて輪に入れてくれる。そんな人でもあった。　孤独を知っている人だった。

　彼の周りにはいつも人がいて、自分も彼に寄せられて来た人間の1人だった。

　ショット君は黒い髪のアバターを好んで使っていた。黒髪ロングに猫耳、大量のピアスとギザギザの尖った歯は彼を特徴づける要素だった。

　たまにアバターを変える事はあっても、これらの要素を外した物を使っているのは見た事がなかった。

　だから分かる。

　目の前にいるのは、かつてのフレンド。そして、俺を置いてどこかへ行ってしまった一番の、最初に出来た友達だ。

「久しぶりやな、ストール君」

　沈黙の中で、最初の一言を発したのはショット君の方だった。

　客観的に見れば、その沈黙は一瞬だったと思う。マッチングした途端に話し始める事なんて中々ない。　そんな、これといった違和感のない静かさに、特別な意味をつけてしまう。

　 でもそれは当然だ。何も言わずに私の元から去ってしまった彼と、それを追いかけることのなかった私。一体何を話せば良いんだ。

　私達は互いに何も話す権利がないとすら思う。でも、話したい事は沢山ある。

　それに、挨拶は返すのがマナーだ。

「久しぶりですね、ショット君。3ヶ月ぶりくらいですか……」

「そうやな、大体そんくらいになるな」

　ぎこちないそのやりとりは、雑談と呼ぶにはあまりにもテンポが悪い。

　まぁ、突然いなくなった人と再開してすぐ昔のように仲良くなんて方が難しい。

「正直びっくりしとるな。すぐ退出されると思ってたわ」

「それはこっちのセリフですよ。まさか、こんな所で会えるとは思ってもみなかったですし」

「何かの機会やし、せっかくやったらちょっと話せえへんか？」

　そういうと彼は壁に備え付けられた時間延長ボタンを押した。

　デフォルトだと、このワールドは五分間でシャッフルが行われるのだが、このボタンを押せばその時間を伸ばす事ができる。

　つまり、腰を据えて話をするという事だ。

　どうすれば正解なのかわからない。いまだに遺恨は残っている。ここで断って、この出来事を忘れてしまえば、楽しい1日に戻れるかもしれない。

　でも、私はやりたかった方を選んだ。

　やめときゃ良かったって後悔するかもしれないけど、それでも今の私は彼と久しぶりに話したかった。

「イベント、始めたんですね」

「なんや、Twitter見てくれてたんか。そうやねん。今よくしてもらってるフレンドに誘われてな、まぁ、ぼちぼちやっとるよ」

　最初は忘れていた彼との会話のテンポも、少し話しているうちに思い出してきた。

　せっかく話すのならば、腹をくくって変なことは考えずに話したいことを話した方がいいだろうと考え、覚悟を決めてからはスムーズだった。

「フォロー外されたのにわざわざ見に行ってるなんて、気持ち悪いと思いました？」

「ほんま、そういうとこ直したほうがええで。昔からそういう所あったし、今更引かへんけどさ」

　無理やりにでも口を動かしていると自然と緊張も少しほぐれてきて、いつもの自分に近づけている気がする。

　軽い冗談も挟めるくらいには余裕も出てきて、ショット君のほうもだんだん自分のペースを取り戻せているようだった。

「どういうイベントなんですか？Twitterだけだとイマイチどんな内容かわからないんですよね」

「別に特別な事はないただのバーイベントや。お客さん案内してちょっと雑談するだけやからな」

「へ〜、確かにショット君接客とか得意そうですもんね。初めて会う人ともすぐ仲良くなっちゃいますし」

「そんな事あらへんよ。イベントやから来てくれた全員に楽しんで貰わないかんからな。1人だけとずっと話せば良い訳やないから苦労しとるんやで」

　口ではそうは言いつつも、褒められて満更でもなさそうな所は相変わらずで、根は変わっていないんだなと少し懐かしさを覚えた。

「ショット君が大変だなんて、お客さんも結構な人数来てくださってるんですね」

「せやな。想定よりもたくさん来てくれて、嬉しい悲鳴って感じや」

　今の彼には、居場所がある。頼りにできる仲間もいて、頼られるような地位もあるのだろう。止まったままな訳は無いと分かってはいたが、自分の居ない所で楽しそうにしている彼の話を聞いて、少し寂しくなった。

「こっちの事ばっか聞いとらんと、ストール君の事も教えてや。最近はどうなん？上手くやれてとる？」

　アバターは、特別な機能を使っていない限り、目線が動くという事はない。でも、この質問をした時の彼は少し目を逸らしたような気がした。やはり、離別を選んだとはいえ仲良くしていた人達がどうなったのか気になってしまうものなんだろう。

「こっちは特に問題とかは起きてないですね。ショット君が居なくなったのはやっぱり大きかったですけど、なんだかんだ仲良い人で固まって遊んでるって感じです」

「そうか。まぁ、仲良うしてても悪うしてても俺にはもう関係ない事やけどな、でも何もないなら良かったわ」

　もう関係は絶ったと、あくまで他人事のように振る舞うその声色から、寂しさは感じられなかった。

　でもそれはもう後に引けない、覚悟は既に決めたという意思の表れにも感じた。

「まぁ、もう関係ない事ですもんね。お互いに」

　つい、冷たい返事をしてしまう。やはりこういう会話の流れになってしまうのかと、少しこの場にいる事を選択した事を後悔してしまいそうだ。

　別に悲しんでほしいとか、怒りをぶつけたいとかそんな理由でここに残ったわけじゃないはずなのに、つい感情的になってしまう。思っていたより、私には心の余裕がないらしい。

「せやな。そっちに遊びに行くことはもう無いと思うからな。そんで、ストール君自身はどうなん？」

　意図を掴み損ねる質問に、つい言葉が詰まってしまう。

「どうなん？って、だからさっき言ったじゃないですか」

「皆仲良い人と固まって遊んでるって、まるでその輪の中に入れてへんみたいに聞こえるやんか、そこんとこはどうなん？」

　彼の心の中を見透かすような声は、時折自分の弱い部分を正確に捉えてくる。

　心配をかけないようにと虚勢を張っていたのが裏目に出てしまった。

「……相変わらず、そういうのよく気づきますよね。まぁ、最近はあんまりVRChat自体入ってないですよ、だから遊べてないですね」

「毎日のように入ってたストール君が入らんくなってもうたんか。なんでなん？」

「リアルが忙しいってところですかね。昔のペースで遊ぶのはもう難しいですよ」

「まぁ長い事やってきたもんな、このゲームも。でも、忙しい時でも昔は入ってたやんか。なんか別にあるんやろ？言いた無いなら言わんでもええけどさ」

「やっぱり隠し事はできないですね」

「どんくらいの付き合いや思とんねん。わかるわそんくらい」

　やはり彼と話していると、悩み事が自然と引き出されてしまう。こういう所はあの頃の彼と変わっていない。

「まぁ……そうですね。うん。話す気は元々無かったんですけど、最後の機会かもしれないですもんね」

　それでも、誰かに悩みを打ち明けるのはやはり慣れない。言葉を絞り出すのに時間がかかってしまうし、この時間も相手を待たせてしまう様で苦手だ。でも、ショット君は何も言わずに待ってくれている。

「忙しいだけじゃないですよ。もちろん……正直に言うと、ショット君が居なくなったからですよ」

　意外な答えだったのか、ショット君は目を丸くする。自分が居なくなった事による人間関係が原因かと思っていたようで、まさか自分の事で悩んでいたとは思っていなかったらしい。

「ちょっとびっくりやな。付き合いは長かったけど、しょっちゅう遊びに来てくれる訳じゃなかったやん。別に俺がおらんでも、ストール君フレンド多いんやし、寂しい思いせんやろ？」

「しますよ。確かにずっと遊んでたとか、そういう訳じゃなかったですけど、俺の中ではやっぱり思い入れのある人ですから」

「そんな風に思ってくれてたんか。確かに最初の頃から遊んでるもんな。でも、そこまでのもんとは思ってへんかったな」

　それは強がりではなく、心からそう思っていた風な言い方だった。悲しいが、私の行動が彼にこう思わせてしまったのもあるのだろう。

「ありますよ。周りの仲良くしてた人達も、新しいフレンドさん沢山作ってて、でも私はいっつもショット君の周りにいる人とばっかり仲良くしてきたから、君が居なくなってから、人とどうやって仲良くなってたのか思い出せなくなっちゃって、情けないですけど、今思えば頼りっきりだったんですよ」

　こんな事を言えば嫌われてしまうのかもしれない。悪く言ってしまえば依存と変わりない感情は、自身の口から話す度に自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。

「確かに自分からグイグイ行くタイプとちゃうもんな。でも、別にそこまで悲観する事ないと思うよ。ストール君が来る所にはいっつも人が集まって来るんやからさ、心配せんでも大丈夫やろ」

　彼は優しいから、もしくは本当にそう思っているのかもしれないが、私を慰めてくれる。私はそんな魅力的な人間じゃないのに。

「大丈夫じゃないですよ。全然大丈夫じゃないんです。俺はいつもショット君の所に遊びに行ってた訳じゃないし、来てくれた時も上手く会話回せないし、でも、いつでも迎え入れてくれる君みたいな人がいたから、知らない人とも頑張って話してみようってなったんですよ。居なくなってから気づくなんて遅すぎますけど、そのくらい信頼してたんですよ。なのに、なんで、居なくなる時、何も言ってくれなかったんですか！なんで何も言わずに居なくなるんですか！」

　ちょっとだけ悩みを吐き出そうとしたら、自分の中のそれは思っていたよりも膨らんでいて、どんどん溢れてくる感情に、理性が置いて行かれそうになる。

　こんな風に怒鳴りたくてここにいることを選んだはずじゃないのに。

「それはな、俺が居なくなった理由にストール君は関わってないやん。君の言う通りよく遊んでた訳でもないし、別に言う義理ないと思っただけや」

　あまり見せた事のない後ろめたさを含んだ表情で、彼はそう言い切る。私もいつもなら少し悲しくなる程度だったのかもしれないが、今の心が揺れている状態の自分には、少しキツく感じてしまう。

「俺は！特別なフレンドだと思ってたんですよ？他の人に無くても俺には何かしら言ってくれてもいいじゃないですか！」

「一人だけに言うってのも変な話やろ。君にだけ世話になってたわけやないしな。それに、もう断ち切る関係の人なんやから、挨拶は必要もないやろ」

「じゃあなんで、ここで私と話してるんですか？断ち切ったつもりならすぐに目の前から居なくなることも出来たはずですよ」

「たまたま気が向いただけや、そんなに俺と話すのが嫌なんやったら出て行くけど」

「なんでそんな極端な結論になるんですか、話したいに決まってるでしょう！せっかく久しぶりに会えたんだから、話したい事話しましょうよ」

　沢山の事を急いで話そうとして息が詰まっていく。オブラートに包む暇もなく出て来る言葉は、注意を払わなければ相手を傷つけるだけの暴力になってしまいそうだ。

「俺はもうないよ。近況とかも変わった事はないし、そっちの様子も聞けたからな。もう満足や」

　普段は大人しい私の、まくしたてるような喋る勢いに怖くなったのか、会話を無理やり終わらそうとする。

　違う、怖がらせたい訳じゃない。ただ、伝えたい事があるだけなのに。

「私にはまだまだありますよ。ショット君だってある筈です。急に居なくなったんだから言い足りないことなんて無限にありますよ。だから、そんなこと言わないでくださいよ」

　一旦冷静になって話せたからか、彼は何もせずただ俯いている。急に怒鳴られて嫌な気持ちになっているだろうに、立ち去る事はせず、頑張って話を聞こうとしてくれているんだろう。

「ショット君は初めて出来た仲のいいフレンドなんですよ。君はすぐに新しいフレンドさんを作るし、一番の親友とか、悩みをよく聞いてたとかはないですよ。むしろ聞いてもらってたくらいですし。それでも俺にとっては特別なんですよ。なのに、何も無いのは、悔しいですよ」

　つい焦って気持ちが先行してしまうのを精一杯抑え、気持ちを伝えていく。

「そうか？俺は嫌われてると思ってたんやけどな。一々俺に対する態度はそっけなかったし、前に、俺のこういう言動はやめて欲しいとか言ってきたやんか、やから挨拶はいらんやろって思ってん」

　本音を聞きたかった。でも、やっぱり隠してるような本音は耳障りの良い言葉な訳はなくて、つい目の前の人に当たってしまいそうになる。

「それは違いますよ！俺は、多少の事なら我慢できるし、我慢できなかったら勝手に離れてくような人間ですよ。でも、嫌いになりたくないから、これからも仲良くしたいから、やめて欲しいって言ったんです。嫌いなら俺は何にも言わずに居なくなりますよ！」

「結局我慢出来ひんく無くなったから言うてきたって事やろ？その時点で相性悪いって事やんか、嫌ってるのと何が違うねん」

　ショット君は声を荒げ、語気を強くした。普段の彼とは別の一面を見せる。

「嫌いになりたくないから言ってるんですよ！前々から、ショット君ってそういうところがありましたよね。注意されたらすぐにその人を遠ざけて。違うんですよ！そうじゃないんです。嫌いたく無いから、一緒に居たいから、これからの為に勇気を振り絞って言ってるんですよ！ショット君の為に言ってるなんて自己満足なセリフは言いません。でも、好きだから言ってるんです。言われた側はしんどいかもしれないかもしれませんけど、仲良くしたいって気持ちの表れなんですよ」

　頭ではどんなに抑えつけても、気持ちに流されて、自分の事ばかり話してしまう。

「結局自分が不快になりたく無いから俺に文句つけてるってだけやろ？勝手に理想を抱いて、絶望して、そんで俺は頑張って言ったんだから直せって？そんなん自分勝手すぎひんか？」

「勝手ですね。確かに、結局のところ全部エゴですよ。勝手に俺が執着してるだけですよ。色んな物を教えてもらった人ですからね」

　私は昔から、気持ちが昂るとなぜか急に落ち着く癖があった。そのせいか、このやり取りのさなかでも不思議と昔の事を思い出していた。出会った頃の、最初のお互いの事を知ろうとしていた時間。長い事一緒に過ごして来たけど、私は彼の本音を知らなかった。彼も、私の本音を知らないんだろう。お互いにいつしか知ろうとしなくなっていたし、知って貰おうともしてなかった。知ろうとしないと、知って貰わないと、わかりあう事なんて出来ないのに。

「私って撫でられるのが好きだったじゃないですか。あれ、ショット君が撫でてくれたのがきっかけなんですよ。私は会話が苦手だから、よく言葉が詰まっちゃって、そういう時に何も言わずに撫でてくれて、無理に話さなくても良いんだよって言ってくれてるような気がしてくれて、だから撫でられると気持ちが楽になるんですよ。昔はゲーム遊び終わった後とかに、2人きりになる事があったら、よく撫でたり、撫でられたりしてたじゃないですか。でも、仲良しメンバーが決まってきてからは、そんな機会も減っちゃって、なんか照れ臭くて出来なかったんですよ。でもショット君が居なくなってから何でもっと撫でておかなかったんだろうって考えるんですよ。好きなんですよ、仲良くしたいんですよ。だから、そういう気持ちを敵意みたいな受け取られ方をされたら純粋に、悲しいんですよ。後悔ばっかりで、良くない事もするし、失敗もするし、してきた事で気に入らない事も沢山あると思います。君が居なくなった発端の出来事だって、私は君の味方はできないです。どっちが良いとか悪いとかは私からは何にも言えないですよ。でも、そういう性格のあなただから、私は仲良くなれたし、憧れたし、仲良くなりたいと思ったんです。君の味方をしないから、私と合わないと思うなら、嫌いだと、そう思ってくれても良いです。でも、あなたの幸せを願ってるし、感謝も伝えたいんです。私がもう君の敵だったとしても、感謝を伝えたいんです。貰ったものを全然返せてないって、謝りたいんです。好きだった、楽しかったって伝えたいんです。これからも遊びたかったと思ってるんです。フレンドじゃなくなっても、私は未だに友達だと思っていたいんです。あなたが幸せでいる事を、側からじゃないけど願ってるんですよ。味方にはなってあげられないけど、君が幸せになった時、私も遠くからそれを祝福してるんですよ。身勝手だと思うけど、それくらい大事だと思ってるんです。なのに、なのに」

　自然すぎて気づけていなかった、本当に言いたかった事。心に詰まっていた、悲しいと思っていた事を。今なら、言える気がする。

「私は、ありがとうとさよならを、言えてないんですよ。それが悔しかったんです」

　結局それが全部だった。謝りたいのも、言い訳したいのも、また会いたいと思ったのも、仲良くしたいと思ったのも全部、感謝しているからだ。

「なぁ、俺はもうそっちに戻る気はない。分かっとるやろ。頭を下げる気もないし、頭を下げてどうこうなるもんでもない」

　彼は落ち着いた様子で続ける。

「でも、確かに楽しい時間はあったよ。ストール君と、他の皆もそうやけど、結末としては喧嘩別れみたいになってしまったけどさ、俺の人生で一回作れるかどうかってぐらい仲の良い友達やったと思う」

　お互い、先程までの険悪な空気感は無くなっていた。

「やから、俺からも言わせてほしい」

　今はお互い目をみて、話せている。

「今までありがとうな、ストール君。これからも元気でやりや」

　聞きたかった。ずっと聞きたかった言葉。確認したかった。同じ気持ちだったのかどうかを。彼も、同じだったんだと。

「皆には言わん方がええかもな。今更俺が何言うとるねんって話やし。でも、皆にも感謝はしてる。大切な友達やったよ。今は憎くても、怖くても、そこは変わらへん」

　全ての人間関係が上手くいく訳じゃない。正しい事だけ出来る強い人間なんて少ないし、どうしたって必ず終わりは来る。でも、その後にも残る物はきっとある。

「そんでさ、俺が言えた事やないけど、君は上手くやってくれ。欠点がない訳じゃないけど、皆良い人らやからさ、長いこと仲良くして良い思い出たくさん作り。俺がいなくなったみたいに、皆がずっと一緒に居れるわけやないんやからさ」

　彼は出会った頃のような優しい声で話す。長い事VRChatをやっていたせいで色んな事を知って、色んな事を忘れていた。

「最後やし、ちょっとだけ撫でたるわ。好きになったきっかけや言うてたしな」

　何年ぶりだろう。私が人と仲良く出来るのか不安そうにしていた時、彼はいつも撫でて勇気を与えてくれた。

「私一人でも新しい人と仲良くできるのかな。やっぱり君に頼ってばっかりだし」

「大丈夫や、俺から貰ったもんがあるって言うてたけど、それは新しい人に返したり、俺はもうそんなん返されても困るからな、人に寄り添ってたら、自然と人は寄ってくるよ。もう君は、1人の寂しさを知ったやろ」

　彼の手は柔らかに髪を撫で、そっと頭をなぞる。

　この時間も、もうすぐ終わってしまう。

「時間やな。じゃあ、最後に話せてよかったわ」

「こちらこそ、ありがとうございました」

「うん、ありがとうな。バイバイ」

「バイバイ、ショット君」

　タイマーがゼロを刻み、画面が白く染まっていく。

　次にマッチするのはどんな人なのか。

　これは多分ハッピーエンドではない。終わりはとっくの昔に来ていて、誰にもどうすることも出来なかった。

　でも、その後も人生は続く。

　いつかは悲しみをどこかに仕舞って、歩いていく。

　私もゆっくり歩いてみるよ。

　君と最後に話せたから。