氷のきらめき 2

 地下に広がっていたのは見渡すような広間だった。周囲は石壁に囲まれている。それに、広間には複数の氷霊が漂っていた。メイナが言った。


「すごいよ!氷霊が、こんなに……」

「そうねえ。もしかして、氷の魔力が集まってる場所なのかも」

「氷の魔力?」

「うん。氷の魔力が特別に……」


 そこまで言ったとき、リティは床に奇妙な模様を見つけた。


 床に見えたのは、青くうっすらと光る線で描かれた模様だった。それは大きな氷星のシンボルだった。青い線は、よく見ると床に彫られた溝が光っているようだった。――それには、何らかの塗料が使われているのか、魔力によるものか、わからなかった。


「――氷星。そうか。ここは、ミュートの隠された神殿なのかも」

「隠された神殿⁉︎」


 メイナが大きな声で聞き返してくると、周囲の氷霊がざわめいた。キキキキ、と妙な音をたて、光を放ったり、細かく震えたりした。


「ちょ、ちょっとメイナ……。小さな声のほうがいいよ。氷霊たちを刺激しないように」

「え、う、うん。わかったよ」

「ありがと。――それで、壁をもう少し照らしてくれない?」

「壁を?」

「うん。なにか、描いてあるみたい……」


 するとメイナは、氷霊を避けながら、右側の壁に灯りを近づけた。するとそこに、壁画が刻まれているのが見えた。壁に彫られた線に、黒い塗料が塗られているようだ。



 壁画には大きな横向きの女性が描かれていた。彼女の前には多くの人々がひれ伏していた。それに、彼女の周りには菱形の、氷の結晶のようなものがいくつも描かれていた。思わずリティは声を上げた。


「なに? これ……。女神ミュート。それが描かれているの?」

「そうだね。きっと、ミュートかな。なんだか雰囲気がさー。普通の神殿とかで見るのより、怖いっていうか……」

「たしかにね。なんだろ……」


 続いてリティはふと気になって、広間の正面の壁へと顔を向けた。


「やっぱり、正面の壁にもなにか描いてある……」

「え? 正面?」

「うん……」


 リティは氷霊たちを避けながら、引き寄せられるように正面の壁に近づいていった。メイナも光をかざしながやってくる。


 正面の壁画には、横向きの女性と仲間たち。それに複数の氷の塊が描かれていた。そこまでは先ほどのものと似ていたが、他の構図は違っていた。


 女性に向かう人々は驚きや恐怖の表情を浮かべていた。――単純な壁画ではあるが、人々は口と目を開き、手を上げてのけ反っているようだった。武器を地に落としている人物もいた。


「なによこれ。戦っているの? ――いえ。氷の魔法で征服している? どういうこと?」

「なんだろ……。リティ……やっぱり怖いよ」

「ちょっと待って。さっきの最初の壁画は、支配したあとだとして……。この壁画は、戦っているところ。時間軸で並んでいるのだとしたら、まだ見ていない左側には、そのさらに前の時代が描かれているかも……」


 そこでリティは周囲の異変に気づいた。氷霊たちから放たれる音が鋭くなったようだ。



 キキ、ギギギギ……



 氷霊たちの透明だった体色が、赤みを帯びているようだった。メイナの張り詰めた声がした。


「ちょっと! おかしいよ。ねえリティ、逃げよう……」

「待って。左側の壁画を見ていない。それを見なきゃ」

「なに言ってるの? 危ないよ!」


 耳障りな音をたてて、赤く発光した氷霊たちが詰めかけてくる。



 カカカギギギギギ……



 氷霊たちの周りには白い霜が渦巻き、ぞくりとする冷気が押し寄せてくる。空気が凍りつき、メイナの灯りによって刃のように輝いた。横にいるメイナは大声で言った。


「リティ……これ、やばいやつだよ! 逃げないと!」

「だから、最後の壁画を見なきゃ!」

「もう、いいかげんにしなよ! 行くよー!」


 リティは腕を引っ張られ、地上への階段のほうに連れて行かれた。――しかしそのとき、幸いにも最後の壁画に、メイナの光が当たった。それは瞬間のことで、はっきりとは見えないまでも、およその構図はわかった。――大きな卵型の円があり、その中に女性がいた。周囲には女性の仲間のような人々も見えた。


 とはいえ薄暗い中で一瞬見えただけだから、本当にそんな構図だったのかすら自信が持てなかった。リティは地上に出るまで、頭の中に焼き付けるように、ずっとその映像を思い描いた。


(なんだろう。あの壁画は……。なにかから、女神ミュートが産まれた? 集団で? いや……。どこかから、やってきた?)



 リティはメイナに続いて階段を登ると、廃墟じみた地上の神殿跡に出た。


 それからもメイナを追いかけて野営地まで戻ってきた。赤々とした焚き火の炎を見ると、いくばくかは落ち着いた。


「さっきさー、なにが見えたの?」


 隣のメイナが尋ねてきた。リティはあの壁画を、おぼろげながら頭に思い描くと、


「あれは。わからない……。けど、なにかの輪っかの中に、ミュートがいた。仲間も一緒に」

「へー、輪っか?」

「うん。卵型の円みたいな……」

「そっか。産まれてきたんだね。原初の氷から。ほら、女神ミュートは、原初の氷から産まれた、って言うじゃん!」

「はあ、まあそうかもね。でもさあ、仲間も一緒に描いてあった気がするよ。鳥だって、一個の卵には、一個の雛だよ」


 メイナは視線を泳がせてから、困ったように言った。


「ミュートは特別だからさ。鳥とは違うんだよ!」

「わかったよ。わかんないってことが」


 リティはそう言って星空に目を向けた。砕かれた氷の粒のような星々が、見渡す限りの夜空に広がっていた。『レガーダの戦車』の星々を目で追い、右下の『ミュートの髪飾り』に視線を移すと、リティは言った。


「ミュートに聞かないと、わからない、か……」



 氷のきらめき おわり


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