氷のきらめき

氷のきらめき 1

 リティは焚き火の横に仰向けになり、夜空を観ていた。体には麻のブランケットを巻き付け、頭にはバックパックを敷いている。


 夜空には晩冬の星々が輝いていた。とりわけ、八つの星をようする『レガーダの戦車』と呼ばれる星座が目を引いた。その近くには、『ミュートの髪飾り』もある。数えきれない星座や星々が、無辺の空にひしめいている。


 リティは本で学んだ星座図を思いながら、ぼんやりとそんな夜空を眺めていた。


「きれいだねー」とふいにメイナの声がした。リティは空を見ながら答えた。

「そうねえ。いろんな星座があるし、退屈しないねえ」

「星座っていうかさ、ゲーム盤とも言うよね」

「ゲーム盤? まあね。神さまが光の駒を並べて、対局している、ってやつ?」

「そうそう。おもしろいよね」

「ふうん。だとしたら、ワンパターンすぎない? 毎年同じ並びに戻ってくるなんて。レガーダならともかく、ミュートは賢いと思うよ」

「レガーダのこと、バカにした?」

「してないって」


 一陣の風が流れて木々を揺さぶり、焚き火を撫でた。またメイナの声がした。


「不思議だね、夜空って。ミュートたちは本当に、ゲームをしてるのかなー」


 リティは『レガーダの戦車』を、ついで『ミュートの髪飾り』を目で追ってから、


「どうだろ。そんなの、ミュートに聞かないとわからないよ」

「それもそっか。へへっ」


 メイナはそう言って、また静かになった。



 星空を観るのにも疲れ、リティはそろそろ寝ようかと考えた。すると木立の影で妙な音がした。かさかさと、枝や葉が擦れるような音だ。それに、何かが近づいてきているようだ。


 リティが体を起こすと、それに気づいたらしいメイナが言った。


「なに、どうしたの?」

「うん……。なにかがさ」


 そのとき、焚き火に照らされた木の幹の影から『それ』が現れた。


 『それ』は大人の握りこぶしくらいの大きさをした、透明な球体だった。背後の木立や暗闇を透かし、宙空をふらふらと飛んで向かってきていた。


 また、ガラス玉というより、氷でできているようだった。表面には緩やかな凹凸おうとつがあり、常に濡れているような質感だった。


「これ、氷霊ひょうれいかも……」


 とリティが言うと、メイナが聞き返してきた。


「え? 氷霊?」

「そう。ミュートの氷の魔力が、形をもったもの……だったはず。実物を見るのははじめてだけど……」

「そんなのあるんだ! なんだか、不思議でかわいいね!」

「かわいい……。そうかなあ。どうだろ……」


 リティが再び氷霊を見ると、氷霊は気分を変えたのか、また進路を変えて梢の闇の中に引き返した。メイナのほうから衣擦れの音がした。見ると、メイナはブランケットを跳ねのけて立ち上がったところだった。


「ちょっと、メイナ、どうするつもり?」

「え? 珍しいんだよね? ちょっと、触ってみたくない? 危ないかな?」


 その答えを聞かずに、メイナは足早に氷霊を追いかけはじめた。


 メイナの右手に灯りがともると、梢の闇を照らし、その先の氷霊を輝かせた。



「ちょっと、何か建物があるよ! 何これ?」


 と、木々の向こうからメイナの声が響いてきた。リティはメイナの灯りを目掛けて、硬い木の根などを踏んで転ばないように注意して近づいた。


 リティが追いつくと、メイナは光を放つ右手を掲げた。すると、周囲に崩れかけた石柱がいくつも立っているのが見えた。あるものは途中で折れ、あるものは倒れていた。石の屋根は床石に落ち、瓦礫が散乱していた。


「神殿、なのかな?」と言うメイナに、

「たぶんね。ずいぶん、古いみたいだねえ」


 リティはそう答えて周囲を見渡していた。そのとき、メイナの声がした。


「あ、あそこにいるよ!」


 メイナは左手で少し離れた床石の辺りを指差す。そこには、地下に消えてゆく氷霊が見えた。


 リティはメイナに駆け寄ると、メイナの視線の先を見た。


 古びた床石の一部が割れて暗闇がのぞき、そこから地下へ階段が伸びているようだ。メイナは階段を照らしながら言った。


「え? 隠し階段、なのかな?」

「そうねえ。長い時間の中で、地震とかで崩れたのかも……」

「さっきの氷霊、地下へ行っちゃったよ……」


 するとメイナは右手の灯りを掲げて、地下への階段に足をかけた。リティは言った。


「ちょっと! メイナに行かれちゃうと、真っ暗なんだけどさあ」

「え? そっか。ごめんね。だったら、ついてくるしかないね……」

「もう。なんでそうなるのよ。やめときなよ」


 文句を言いながらも、リティはメイナの背中を追った。


 苔に覆われた黒い石の階段が、闇の中に続いていく。土と苔の匂いが漂っている。地下から冷気が立ち昇ってくる。リティはマントを引き寄せ、メイナに続いて階段を降りてゆく。


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