花の呪文 2

 日は傾きつつあり、森に差し込む日の光は赤みを帯びている。


 そんな斜陽の中に立ち尽くすゴーレムは、突如足を折り、土砂の山の前に座り込んだ。そして、地面に両手をついて声を上げはじめた。


「グ、グモォォ……!」


 嘆くような、後をひく慟哭のような声だった。


 リティは少し考えてから、メイナに言った。


「わかったよ、なんとなく」

「え?」とメイナが振り向く。リティは続けた。

「たぶんゴレちゃんはさ、この家に住んでいた人から、枝を集めるように命令されてたんじゃないかなあ」

「あ……そうかもね」

「それが氷の年の、前なのか後なのかわからないけど。そんなとき、足が岩に挟まってしまって。そのまま、長い時間が過ぎた……」


 メイナは真剣な表情で話を聞いていたが、そこまで聞いて口を開いた。


「だとしたら。この埋もれた家の中には、命令した人の遺体があるのかな? ゴーレムを使うくらいだから、魔法使いかな……」

「わからないねえ。どうだろ。避難したかもしれないし」


 そこでまた「グモォ……」と、ゴーレムの泣き声がした。


「ゴレちゃん、困っちゃってるよ。どうするの?」


 というメイナに、リティは答える。


「はあ、どうしようもないよ。命令だって、特別な方法でないと書き換えられないよ。いまは枝……っていうか、たぶん暖炉とかに使う燃えしろを集めるっていう命令に、縛られてるみたいだし……」

「そっか。こうなったらさ、ゴレちゃんに聞いてみようよ」


 すると、メイナはゴーレムに近づいて、大きな頭に語りかけた。


「ねえ、ゴレちゃんさー。あたしの言葉は、わかるの?」


 ゴーレムは重々しく首を捻って振り返ると、緑色の瞳をまたたかせた。そして、ぐぐっと首をうなずかせた。


「おっ、これは……」とつぶやいて、メイナは続けた。

「この土砂崩れの中に、ゴレちゃんに命令した人がいたの?」


 ゴーレムはうなずいた。


「その人は避難したのかな?」


 ゴーレムはしばらく間があってから、「グゥ」とうつむいた。


「わかんないかー。じゃあさー、岩に挟まる前は、家にいたってこと?」


 その質問には、ゴーレムはうなずいた。



 リティはそんな、メイナとゴーレムのやりとりを眺めていた。するとやがて、こんなことがわかってきた。


 ――どうやらゴーレムの主人は王国に仕えていた魔法使いで、森の小屋で隠居生活を送っていた。また、ミラナクの花が好きで、ミラナクが群生している場所に小屋を建てた。


 魔法使いは年をとっており、体も自由に動かせず、氷の年になっても避難はしなかった。外にはめったに出歩かず、家の中でなんとか最低限の家事をするので精一杯だった。土砂崩れが起こったとしても、とっさに避難するようなことも無理なはずだった。



 メイナは土砂の山や、その周囲に咲くミラナクの花を眺めてから、ゴーレムに顔を向けて言った。


「わかったよ。そっか。たぶん、この中にいるんだね……」

「グモ…………」


 ゴーレムはうなって、首をうなずかせた。


「そっか。悲しいね……」


 メイナは困ったようにゴーレムを見ていた。リティはそんなメイナに言った。


「そろそろ、野営の準備とか、しなくちゃ」


 太陽は森の向こうの地平線にさしかかり、空気がにわかに冷えてきていた。



 メイナは手慣れた様子で枝を地面に積み上げていた。焚き火を熾すために、隙間を作りながら丁寧に重ねてゆく。


 やがて腰が痛くなってきたため、一度体を起こして伸びをした。周囲は木々に囲まれているが開けた場所になっていて、焚き火をしたり寝たりするのにはちょうど良さそうな場所だった。


 木々の向こうには、土砂崩れのあった崖が覗き見える。それにときおり、ゴーレムの唸り声も響いてくる。



 近くの茂みからごそごそと音がして、リティが現れた。その手には、燃えしろとなる枝や葉が抱えられていた。


「それなりに拾ってきたよ。こんなところかなあ」

「ありがと! いいじゃん」

「さて、焚き火はできそう?」


 そこでメイナはにやりと笑いながら、


「リティ、火熾ししてみる?」

「やだよ」と小さく舌を出す。

「だよねー。まあ、今夜も使うかー。ローデンさんを」


 メイナは近くにあるバックパックへと屈み込み、底にしまってある布の包みを出した。そして、布の中から小ぶりの赤い石を出した。


 石を手にしたメイナは、先ほど積み上げた焚き火用の枝の塊のほうへ行く。そこで、枝の中央に石をもぐり込ませた。


 次に右手を突き出すと、右手に意識を集中する。


「ひかりっ!」


 その言葉とともに手のひらから光があふれてきた。その手を枝に埋もれた赤い石へと近づける。――すると、赤く輝きはじめた石から炎が立ち上がった。


「やったー! これは便利!」


 メイナはそう言って立ち上がった。


「さて、晩御飯にしよ!」


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