王都にて

王都にて 1

 リティははじめて訪れた王都の、凱旋通りの雑踏に立っていた。


 左手を見ると城がそびえており、その横には天を突くような尖塔が見えた。


 王都へはアズナイの用事のついでに、メイナとともに連れられてきたのだ。


 凱旋通りはずっと先の門塔まで続いている。そんな凱旋道りにはありとあらゆるものがひしめいていた。リティは目を丸くしながら、雑踏の喧騒を眺める。


 道をゆく市民、兵士、旅人。貴族やその侍従。神官や魔法使い。そんな人々が、まるでいろんな巣穴から出てきた雑多な蟻の群れのように行き交っていた。


 においも多種多様だ。食べ物のにおいに、通り過ぎる人々の香水や汗のにおい。馬が残すにおいや、土や旅のにおい。


 店もたくさんある。


 リティがいるあたりは、野菜や果物や魚を売る屋台が連なっていた。地面にも商品を並べる人がいる。


 その先には、小間物やアクセサリーなどが売られていた。


 リュートをかき鳴らして歌をうたう吟遊詩人もいた。緑色の服につばの広い帽子。目を閉じて吟じるのは、『ふるさと』という歌だ。国を救うための薬草を探す兵士が、いつか国に戻りみなを救うことを夢に見る。――そんな歌だった。


 詩人の歌が雑踏や商売人の声をはじめ、においや情景を包み込んでいた。まるで凱旋通りの全体が、王都という大きな曲を織りなすようだった。


 そのとき、通りの中からアズナイが現れた。


「どうだい? にぎやかだろう。リティ」


 リティはアズナイの顔を見て、少し安心した。アズナイの背後にはメイナがいて、干し芋をかじっている。


 そんなメイナの姿がおかしくて、リティは思わず肩を震わせて笑う。



「――リティ、ねえ、リティってば」


 リティはメイナの声を聞いて、どきりと息を飲む。


 目の前には荒廃した灰色の街並みが続いていた。そこは凱旋通りだが、すべては変わり果てていた。道は閑散とした墓場のようで、風の音だけがずっと響いている。


 メイナは顔を覗き込んできて、続けた。


「どうしたの? ぼうっとしてさー」

「う、ん。ちょっとさ。だいぶ、変わったなって……」

「そうだね。前はすごかったよね」


 リティは小さくうなずいて、城のほうに顔を向ける。――そこには、かつてと変わらない城と尖塔がそびえていた。


 また、尖塔の先端からは炎が揺らぐのが見えた。


 旅の道中で遠くから見ると、ぼんやりと灯りが見えるくらいだったが、近くにきてみると、やはり尖塔に炎が燃えているようだった。


 メイナも尖塔を見上げて、


「やっぱり、誰かいるのかなー」

「どうだろ。でも、その可能性はあるねえ」

「生きている人がいるといいね! もしいたら、すごい発見だよ!」


 そう言ってメイナは凱旋通りを歩いていく。リティもついていった。



 やがて倒れた看板がある、十字路にたどり着いた。そこから左側を見ると、城門と城壁が見えた。また、城壁の内側からは城内の建物、それから尖塔が突き出ていた。


 城への道の両脇には、馬小屋や鍛冶場、兵士の詰め所などの跡があった。


 メイナは首をすくませ、それらを不気味そうに見ながら進んだ。


 城門の鉄格子からは、城壁の中が見えた。

 正面には中庭と二つの建物が見え、その奥に本城の入り口が見えた。


「門、閉まってるよ!」


 とメイナは喚くが、すぐにリティは脇にある通用口を見つけた。通用口の入り口は木の扉で塞がれているが、朽ちて半ば開いている。


「あ、こっちから入れるかも」

「ほんとだー!」


 そう言ってメイナは、通用口の木の扉に手をかけて、「おーりゃっ」と声を出して引っ張った。


 ギシギシと音をたてて、扉が開いていく。

 十分に開ききると、メイナはバックパックを担ぎ直して、振り返ってきた。


「よしっ、行くよ!」


 メイナは門の反対側に出ると城内を見渡した。


 城や兵舎などから、いまにも甲冑を着た兵士が連なって出てきそうだ。


 背後からリティもやってくると、「うわ……」とうなって続けた。


「やっぱり、雰囲気がちょっと違うねえ。武骨っていうか」

「うんうん。それにさー。あの、塔で戦った鎧のやつ、思いだしちゃうよね」

「いやなこと言わないでよ」

「あたしだって、あんなの、もういやだよ!」


 そう言って、メイナはぐるりと振り返り、右手にある尖塔に顔を向けた。頂上には揺らぐ炎がちらちらと見える。


「さて、塔に行こっか……」


 リティはため息をついて、


「はぁ。ますます、いやな感じだねえ」



 塔の入り口は開いており、城内の片隅にぽっかりと暗い口を開けていた。


 メイナが塔に立ち入ると、かび臭いにおいが漂ってきた。バックパックから杖を取って、先端に灯りをつけた。それを掲げて周囲を照らすと、螺旋階段が上まで伸びているのが見えた。


 また、幸いにして『甲冑』みたいなものはなかった。リティを振り返ると、ほっとしたような顔をしていた。


 メイナは螺旋階段を登りながら、背後のリティへ言った。


「ねえ、もし人間がいたらさー、なんて言うの? 挨拶する?」


「するんじゃない? はじめまして、って」

「そっか。そうだよね。生きてるとしたら、魔法使いかな?」

「わかんないねえ。どうだろ」

「あたしは、そんな感じがするよ」


 メイナはしばらくすると、上のほうを見て声を上げた。


「すみませーん! ごめんくださーい!」


 けれどメイナの声が塔の中に響くだけで、返事はなかった。



 メイナはぐるぐると螺旋階段を登り切ると、


(誰か、いるのかな……。いるといいな……)


 そんなことを胸を高鳴らせて考えながら、ついに屋上へ出た。


 すると、目の前に炎が燃えているのが見えた。屋上には屋根があり、その下に燭台があった。


 燭台は銀色に輝いており、細かな装飾が施されていた。燭台の上部は皿のようになっており、そこにまぶしい炎が揺れている。


「レガーダ! ――なんかすごい! すごいものがある!」

「え、なによ」


 とリティが身を乗り出してくる。


「へえ、なにか、魔法の火、って感じだねえ」


 その声を聞いて、メイナは燭台に顔を近づけた。燭台の皿には三つの真っ赤な小石みたいなものが重なって置かれていた。


「石があるよ! 石から、ずっと火が出てる……」


 リティは「そうみたいねえ」と続ける。


「人はいないみたいだし。――魔法使いが、この魔法の石と火を、残していったのかな」

「えー。誰かいると思ったのに……。なんか、さみしいね」


 メイナはため息をついてから、またぼんやりと、燭台の火を見つめはじめた。


 火が揺らめくのを見ていると、少し気分が落ち着いてくる感じもする。


 そのとき、塔の屋上に硬質な足音が響いた。すかさず、しわがれた声がした。


「おい、おまえたち。何者だ」



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