食べ放題パラダイス

沢田和早

食べ放題パラダイス

 お腹空いたなあ。ここんとこ何も食べてないんだ。父さんはずっと前にいなくなったし、母さんは外に出たまま戻ってこない。置いていってくれた食べ物は全部食べて何も残っていない。このままじゃボク、お腹が空きすぎてどうにかなっちゃいそうだ。


「アルティオ様、ボクを助けてください。何か食べる物を与えてください」


 ボクは一所懸命祈った。女神アルティオ様はボクら一族が先祖代々信仰してきた有難い女神様だ。心を込めてお願いすればきっと叶えてくれるはず。

 ボクは三日三晩祈り続けた。そしてある日の夜明け前、ついにその時がやってきた。女神アルティオ様の声が聞こえてきたんだ。


「信心深き者よ。その願い、叶えてやろう」

「ああ、アルティオ様、ありがとうございます。それでボクは何をすればよいのですか」

「そなたにパラダイスを与えてやろう。わらわの導くままに進むのじゃ」


 女神アルティオ様はボクの進むべき道を示してくれた。それに従ってボクは歩む。お腹が空きすぎて足元はフラフラするし、初めての道で不安がいっぱいだし、不気味な音や嫌な臭気が漂っていてなんだか怖いし、本当にこの道を進んでいって大丈夫なんだろうかと何度も思った。でも、


「これは試練である。この試練に打ち勝った時、そなたはパラダイスを手に入れることができるのじゃ」


 という女神アルティオ様の声に励まされてボクはいばらの道を歩き続けた。やがて大きな建造物の前にたどり着いた。


「ここじゃ」

「これがパラダイスなのですか」

「そうじゃ。存分に楽しむがよい」


 ボクは中に入った。そこは本当に天国だった。この世に存在する山海の珍味を全て集めたような素晴らしい光景が目の前に広がっていた。


「す、すごい! いただきます!」


 ボクは手当たり次第にむしゃぶりついた。美味しい。どれもこれも今まで味わったことのない極上の食べ物だ。それが食べきれないほどあるんだ。


「ああ、ボクはなんて幸せ者なんだろう。アルティオ様、ありがとうございます」

「存分に楽しむがよいぞ。そなたが昇天するまで見守ってやる」


 その言葉を最後に女神アルティオ様の声は聞こえなくなった。でもそんなことはもうどうだっていいんだ。ボクの願いは叶ったんだから。


「ああ、おいしい、おいしい、おいしいよおおお!」


 あまりの美味しさに何度も昇天しそうになりながら、ボクはパラダイスの御馳走を心行くまで味わった。


 * * *


「結局罠にはかからなかったか。意外と賢いんだな」

「やっぱり駆除には銃が一番ってことなんだろうな」

「それにしても食料品売り場は目を背けたくなるような惨状だな」

「一週間も居座っていたんだ。そりゃこうなるだろうさ」

「あいつにとってはスーパーなんてこの世のパラダイスだったろうな。なんでも食い放題なんだから」

「自由に食っていいんなら人間にとってもパラダイスだよ」


 二人の男は無駄口を叩きながら銃殺された熊の死骸を片付けていた。熊はまるで天国に昇天したかのように安らかな死に顔をしていた。









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