第36話
家に帰った俺は自宅ダンジョンへ直行。
コハクが笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りハニー♪」
一昔の前の新妻よろしく、俺から学生鞄を受け取り、ブレザーを脱がせてハンガーにかけてくれる至れり尽くせりなコハク。
彼女の顔を見るだけでストレスがみるみる消えていく気がする。
「ただいまコハク。裁判所に提出した動画、ネットに公開するぞ」
「OK♪ 世論を味方につけるんだね♪」
指で丸を作ると、コハクはすぐさまスマホを操作し始めた。
「あぁ、ラビリエント社の力なら、提出した証拠を処分させることもできるだろうからな」
証拠映像を世間に公表してしまえば、会社のメンツを優先したラビリエントのほうが折れる可能性も期待できる。
「はい、解説付きで動画投稿完了。あ、すごい勢いでカウンター回っている。うわぁ、荒れているなぁ」
「裁判が楽しみだな。じゃあコハク、今日は双頭竜、倒しに行くぞ」
「いいけど、今のハニーならもっといい素材くれるモンスターでも倒せるよ?」
「個人的に戦いたいんだよ。怪獣みたいでカッコイイじゃん」
「男の子だねぇ」
コハクはにやりと、冷やかすような笑みを浮かべた。
◆
裁判当日。
俺は自身を以って法廷に出廷した。
あれから動画は1億回以上再生されて、世界中で物議をかもした。
ラビリエントの株価は10パーセント以上下落。
中学生を襲った殺人企業として、社会的バッシングを受けている。
これだけの世論に逆らって判決を出すことは、裁判官も難しいに違いない。
裁判が始まると、ラビリエント社側の男性弁護士は語気を強くして、裁判官に申し出た。
「裁判長、まず、あれは決して暴行、傷害事件などではありません。あれはラビリエント社による奥井育雄氏の入社試験です」
「異議あり」
コハクが雇った俺の女性弁護士が鋭く挙手した。
「原告はラビリエント社の入社試験を受ける意思を示しておりません。一方的に暴行を働いておきながら、正当防衛を受けて失敗したら試験だったで無罪になるなら裁判所はいりません!」
厳しい口調で堂々と言い返す姿は実に頼もしかった。
けれど、ラビリエント社側の男性弁護士はひるまなかった。
「正当防衛ではなく過剰防衛の間違いでしょう。我が社の社員は大けがをしているのですよ。原告は無傷なのに。それに冒険者がダンジョン系企業から抜き打ちの実力試験を受けることはよくあることです。いわば業界の慣例。事実、多くの役員冒険者は体験済みですし、同様の事件は過去何度もありましたが、起訴した冒険者は一人もおりません!」
「異議あり! それは冒険者学校に通っている、あるいは大人の冒険者の話でしょう。一方で、原告は冒険者資格すら持っていない中学生です。そもそも、原告は冒険者ではない一般人なのです!」
「原告側は殺人未遂を訴えていますが、我が社には原告を殺す動機がない。入社試験が不本意だったと言うのであれば謝罪と慰謝料の検討は致しますが、不当な刑事裁判は当社への威力業務妨害ですよ?」
「異議あり! 事件前日、被告側のダンジョン開発部部長、長谷山氏は原告に土地を売るよう強要しております。それを断られた翌日に事件発生。無関係とは思えません。これは土地の買収を目的とした地上げ行為と考えられます。それに、原告側の撮影動画をご覧ください」
『殺せぇ!』
「このようにラビリエント社側の社員は明確な殺意を持っています。さらに原告の自宅に取り付けられた監視カメラの映像には、ラビリエント社に勤務する社員冒険者が別の監視カメラを破壊し、物置小屋に不法侵入する姿も映っております。これがディープフェイクではない、本物の動画であることは、科学的にも証明できます」
淀みなく女性弁護士が言い切ると、男性弁護士は口角に泡を飛ばして怒鳴った。
「そんなものはただの掛け声です。ボクサーやプロレスラーが試合前に相手選手を殺すと言ったからと言って殺意の賞名にはならないでしょう。物置小屋の件も、当社が社員に指示した証拠はありません。当社の社員が迷惑をかけたことはお詫び致しますが、それは当社のあずかり知らぬこと。当該社員は既に解雇処分としております」
ようはトカゲのしっぽ切りだ。
ちなみに、あの時のFランク冒険者は、会社をクビになったのにSNSで海外旅行の自撮り写真をアップしているらしい。
会社から多額の金を握らされたのは間違いないだろう。
女性弁護士と男性弁護士が言い争いを始めると、裁判官が声を張り上げた。
「そこまで! では、判決を言い渡します」
討論、はどう考えてもこちらの圧倒的有利だ。
俺の勝訴は揺るがないだろう。
もしもこれでラビリエント側は勝訴したら、それこそ日本の法曹界は終わりだろう。
俺は椅子の背もたれに体重を預け、まったりと判決を待った。
そして、裁判長は声を大にした。
自宅に現れたダンジョンが全力で俺を接待してくれます 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
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