第45話 エピローグ


 俺は地面に水を走らせて、マルスの前に、高さ一メートル程度の氷柱を生やした。

 マルスが上段から振り下ろしたエクスプローダスは、振り抜く前に、柄頭を氷柱にぶつけて動きを止めた。


「え?」


 それは、まるで格闘技における【発射を潰す】。相手が蹴りを出す前に、相手の膝を押さえるような動きだった。


 形のない爆炎と違って、氷はこんなこともできるのだ。


 マルスが虚を突かれている間に、俺は距離を詰めて、至近距離から渾身の一撃を叩き込む準備をしていた。


 マルスまでの距離はあと一メートル。


 だが、流石は魔王を倒した男と言うべきか、マルスは瞬時に上段からの縦斬りを、横薙ぎの一撃に切り替えた。


 氷柱ごと俺を焼き尽くすような業火が吹き荒れ、俺に襲い掛かる。


 でも、俺は避ける事なく、ただ片手でマントを引っ張り、顔を覆っただけで、そのまま突っ込む。


 クレアがくれたもう一つのマジックアイテム、プロテクトマントが、爆炎の熱と衝撃を遮断して、俺を守ってくれる。


「僕の勝ちだ!」


 俺が業火に飲み込まれと同時に、マルスの歓喜する声が聞こえた。

 でも、俺は業火から飛び出し、マルスの肩に、クレアが作ってくれたフリージングカリバーを叩き込もうと、両腕を一気に振り下ろした。


「喰らえよ勇者。これが、世界を変える革命の一撃だぁあああああああああああああ!!」

「う、うぁああああああああああああああああああああああああああ!!」


 コロッセオのフィールドに、天に届かんばかりの水柱が噴き上がった。


 火山の噴火を思わせるような衝撃を伴った水柱は、一瞬で凍り付き、氷の塔を形成した。


 まるで、コロッセオを象徴するランドマークのようなソレを見上げる観客の顔に、凍った水飛沫が降り注ぐ。


 十月には一足早い、雪の祝杯だった。

 マルスは、氷柱の根本で首だけ出して、震えている。


「そ、そんな……魔王を倒したこの僕が、どうして……」


 これは夢だと言わんばかりに青ざめる勇者様に、俺はため息をつきながらクールに講釈を垂れてやる。


「仲間がいない。聖剣がない。騙されたことを認めたくなくて目も心も曇っていれば負けて当然だ。まして、こっちは勇気百倍。装備は最強。そんで、最高の仲間が見守ってくれているんだ」


 視線を横に流すと、選手入場口で、クレアが嬉し涙を流しながら、ぴょんぴょん飛び跳ねて笑っている。あんな笑顔がご褒美だったら……。


「勝って当然だろ? 常識的に考えて」

「でも……僕は聖剣に選ばれた勇者なのに……聖剣なんてなくたって……」


「ばーか。これからはな、何かに選ばれた誰かじゃなくてもヒーローになれる。誰もがヒーローになれる、そういう世界が来るんだよ」


「え?」


 唖然とするマルスを無視して、俺はプロテクトマントとフリージングカリバーを掲げて見せながら、笑顔で叫んだ。


「勇者の一撃をも防ぐ魔法防具、プロテクトマント! 勇者も一撃で倒す魔法剣、フリージングカリバー! ヴァーミリオンの技術はぁああああっ! 世界一ぃいいいいいいい!!」


 会場が沸き上がり、フィールドに花束やおひねりが投げ込まれる。


 世界を救った勇者様が負けたのに、いや、だからこその大番狂わせに、人々は興奮し、熱狂した。


 三万人の羨望と声援を浴びながら、俺は思い出す。

 かつて、俺は勇者になりたくて、聖剣を抜こうとして挫折した。


 でも、俺はクレアの作ったマジックアイテムで、その勇者に勝った。


 特別な生まれじゃなくても、何かに選ばれなくても、人は固い意志さえあればヒーローになれる。


 それが今日、証明された。

 俺は、会場の人々に手を振ってから、あらためてマルスへと振り返った。


 すると、マルスは氷に閉じ込められたまま、気を失っていた。


 けれど、その顔は、まるで長年の重責から解放されたように晴れやかだった。


 ……こいつ、もしかして。


 聖剣を抜いた時、マルスはまだ十二歳だったらしい。


 王族の末裔でも、聖剣に選ばれても、十二歳の子供に、世界の運命を担うのは、辛かったに違いない。


 よかったなマルス。もう、世界はお前が背負う必要はないぞ。

 そうやって俺が穏やかな気持ちになっていると、背後から、


「アレクー♪」


 大型犬のような勢いで、クレアが抱き着いてきた。

 割と疲れているけど、クレアに触れられると元気が出てくる。


「おぉクレア。どうだ、俺はカッコ良かっただろ?」

「うん、最高よあんた♪ 本当にあの勇者マルスに勝っちゃった♪」


 満開の笑みで俺を称賛しながら、クレアは俺を抱き寄せる。

 彼女と向かい合って、俺も歯を見せて笑った。


「そうだ、この剣とマント、ありがとうな。おかげで俺、勇者気分だぜ♪」

「当たり前でしょ。そのために、作ったんだから♪」


 クレアの満開を超えた笑顔は、最高に可愛かった。


   ◆


 後日談。

 リラは諸々の裏工作がマルスにバレたものの、マルスはあの性格なので、土下座で許してしまったらしい。


 少し釈然としないけれど、教官たちを脅した証拠も掴めていないので、これ以上はどうしようもない。


 それでも、あの試合のせいで、シアン商会の信用はガタ落ちだった。

 なにせ、世界最強の勇者様ですら勝たせられない剣なのだ。おかげでリラは商会内の人事で降格候補に上げられているらしい。彼女への罰は、それで十分だろう。

 一方、うちはと言えば……。


 とある日の昼下がり、コロッセオのVIP席で、俺とクレアは試合を観戦していた。


 今日の試合は、神話の再現試合で、英雄に扮した選手二人は、どちらもうちの魔法剣で戦っている。


 あれから、国中のコロッセオからも注文が殺到するようになり、うちは大繁盛だ。

 相変わらず生産力には問題があるものの、その希少性が逆にレアリティとなり、ヴァーミリオンはマジックアイテム業界における憧れの存在、最高のブランドと化した。


 【誰もがヒーローになれる】をキャッチコピーに、需要は国中に広がっている。


 神話の再現試合が終わると、今度は通常の試合が始まるも、選手たちのリングネームは、どれも実在の英雄をもじったもので、みんなうちの魔法剣を装備している。


 まるで、大人のヒーローごっこだ。でも、みんな嬉しそうに戦っている。

 英雄に憧れた子供経験者の夢を叶えたクレアは、本当に偉いと思う。


「クレアって、まるで、遅れてやってきたサンタクロースだな。ほんとすげぇよ」

「何言っているのよ。この光景を作ったのはあたしじゃなくて、あたし達、でしょ?」


 笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。

 相変わらず、可愛い笑顔だと思う。


 俺は、クレアの笑顔が好きだ。笑顔の可愛いクレアが好きだ。クレアが好きだ。


 今にして思えば、この前の試合は、世界を変えるためとかそんな大それた戦いじゃなくて、ただ好きな女の子ために頑張っただけのような気がする。


 そのくせして、試合に勝った後も告白し損ねた。


 俺って要領悪いなぁ。


 こんなんじゃあ、いつか他の男にクレアを持っていかれるんじゃないか。

 そんな不安で切なくなって、肩が重くなってきた。


 すると、クレアが思い出したように手を叩いた。


「あ、そうだアレク、ちょっと聞きたい事あるんだけど」

「ん、なんだ?」


 俺はため息をつきながら、力なく返事をした。

 クレアは、あっけらかんと言った。


「告白、いつになったらしてくれるの?」


 息を止めて頬を引きつらせた。顔全体に熱が広がっていく俺を眺めながら、クレアはいたずらっぽく笑う。


 あぁ、俺は一生、こいつに勝てないんだろうなぁ。

 幸せな気分で、顔を手で半分照れ隠しながら、俺は彼女に向かって口を開いた。

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マジックアイテム無き異世界で勇者になれなかった俺は魔道具商人として成功します! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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