第44話
それは、あまりにも絶望的な戦力差だった。
その上、マルスはまだ本気じゃない。
「いくよアレク! これが、エクスプローダスの力だ!」
マルスが踏み込んできた。俺はバックステップで身を退いてかわすも、それは悪手だった。
空ぶった刀身が地面を打つと、真下から爆炎が噴き上がったことを視認した瞬間、俺の視界はブラックアウトした。
全身を襲う衝撃と浮遊感。
背中と頭を地面に叩きつけられた勢いで、肺が限界まで収縮して、呼吸が止まった。
「ッッ~~!」
運動エネルギーが炸裂し終わると、支えの無い俺の体はずるりと地面に落ちた。どうやら、地面ではなく、フィールドの壁面に叩きつけられていたらしい。
そんなことを、遅れて理解した。
これがシアンの新商品、エクスプローダスの威力か……いや、違う、これが勇者マルスの実力だ。
マジックアイテムは、魔力を流して魔法を発動させる。
言い換えれば、流す魔力の量で、魔法の威力は変わる。
勇者マルスが使えばこその、この威力だろう。
マルスの足音が近づいてくる。
それが、まるで死神の足音に聞こえた。
無理だ。勝てるわけがない。
相手は勇者。世界を揺るがす魔王よりも強い男なんだ。
そうやって俺が挫けかけていると、選手入場口に立つクレアの姿に目が止まった。
クレアは、らしくもない、泣きそうな顔で震えていた。
俺って最低だな。
あんな大見得を切っておいてこれかよ。
相手が勇者だったから、なんて言い訳はしたくない。
結局俺は、クレアの足を引っ張ったのだ。自分の失態を拭うこともできやしない。
いつだって、クレアは最高の逸品を生み出しているのに……………………あ。
視線を逸らすと、右手に握るフリージングカリバーが視界に入った。
途端に頭が冴え渡る。
そうだ、あったじゃないか、たった一つだけ、勝算がよ!
全身に漲る力で跳ね起きて、俺はフリージングカリバーを振るった。
武器性能は、俺の方が上だ!
俺の魔力が魔法に変換され、真正面に津波を生じさせて、マルスへ襲い掛かる。
「!?」
マルスは反射的に爆炎で防ごうとするも、絶対零度の水は爆炎を打ち消し、余波がマルスの足元に食らいつく。
絶対零度の水は、マルスに触れた途端に氷結して、絶対零度の氷へと変わった。
「これは? 水魔法じゃないのか?」
「水魔法と、冷気魔法の混合魔法だよ。水と冷気と氷が俺の意思に合わせて自由自在。自由度の高い絶対零度の水を出して好きなタイミングで凍らせることもできる」
かつてない闘志に燃え、敢然と勇者様を睨みつける俺の言葉に、マルスは動揺した。
「意思に合わせて、自由自在? そんな、マジックアイテムは魔力を流したら魔法が発動する。それだけのはずだ。なのに、それじゃあまるで、レガリアじゃないか!?」
「ああそうだ。こいつは、世界最高の天才魔法使いにして世界を変える革命者、クレア・ヴァーミリオンが作った、人工レガリア、フリージングカリバーだ! そんじょそこらのレガリアモドキと一緒にしてんじゃねぇ!」
「ぐっ、悪党が、偉そうなことを言うなぁ!」
マルスは爆炎を利用して足元の氷を溶かすと、すぐさま斬りかかってきた。
でも、俺とマルスじゃあ装備の性能が違い過ぎた。
「氷結!」
フリージングカリバーを地面に突き刺すと、マルスの足元に氷が走った。マルスは跳躍して避けた。俺の足元から氷が盛り上がり、盛り上がりが波のように地面を走って俺を高速移動させてくれた。まるで、サーファーのように。
「なにぃ!?」
マルスの真下に潜った俺は、頭上目掛けて水柱を上げた。当然、何かに触れた途端に氷結する、絶対零度の水だ。
「ぐぁあああああああああああ!」
巨大な水蒸気爆発が起こる。
特大の爆炎で防いだんだろうけど、確実に余波のダメージを受けているだろう。
濃い霧が晴れると、マルスは息を切らしていた。
「な、なんでだ……なんで君が、これほどの大魔法を……まさか君は、無名の英雄?」
「いや、俺はただの歩兵Aだよ。今のは、このフリージングカリバーの性能だ。俺の魔力を超高速で魔石に伝えて、魔法式を最高速で処理しつつ、魔力を全て無駄なく魔法に変換する。世界最高の【伝導効率】と【処理速度】、それに【変換効率】を実現させた、世界最高の逸品だ!」
胸に誇りを、声に自信を込めて、俺は笑顔で断言した。
視線の先、マルスの遥か後方で、クレアが涙を拭って、ガッツポーズを作ってくれた。
「そんな……そんな凄いものを作れるなら、どうしてシアン商会を貶めるような卑怯な真似をしたんだ……君たちなら真っ向勝負で勝てるじゃないか……」
悟りかけた現実を否定しながら、マルスは揺れるように被りを振って絶望していた。
「その通りだ。俺らの商品は世界最高品質。まともに売れば絶対勝てる。だからシアン商会はお前を騙して、俺らを陥れようとしたんだよ。弱者のフリをすればほいほい信じてくれる、都合のいい勇者様を利用してなぁ!」
「そんな、そんなの僕は信じないぞ! 喰らえ、これが僕の全魔力を込めた一撃だ!」
俺は地面に水を走らせて、マルスの前に、高さ一メートル程度の氷柱を生やした。
マルスが上段から振り下ろしたエクスプローダスは、振り抜く前に、柄頭を氷柱にぶつけて動きを止めた。
「え?」
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