第43話


 シアンの用意した代表選手は、聖剣に選ばれ、魔王を討ち倒し、世界を救い、次期皇帝陛下の勇者、マルスその人だった。


「やぁ、君が僕の相手だね? 一応勇者をやっているマルスって者なんだけど、知っているかな?」


 邪気の無い笑顔で、マルスは親し気に話しかけてくる。

 そして、やはり俺のことは覚えていないらしい。


 当然だ、こっちにとっては唯一無二の勇者でも、向こうからすれば何万人もいる兵士Aでしかない。


 俺は、何をがっかりしているんだと、自分を叱った。


「驚かせちゃったらごめん。混乱を避けるために、僕が今日出場するって情報は伏せて貰ったんだ。実は今、魔王軍残党の征伐作戦の打ち合わせの為に、大陸の主要国を渡り歩いているんだ。それで、先週からこの国に滞在しているんだけど、ビリジアンの会頭さんからどうしてもってお願いされちゃって。あの人とは魔王討伐の冒険でお世話になったから、断れなかったんだ。あ、でも大丈夫、もちろん聖剣は使わないよ。これはあくまでも、商品を宣伝するための演武なんだから」


 まるで友達のように語り掛けてくるマルス。

 この様子だと、たぶんシアンの企みを知らないんだろう。


 その能天気さが、なんとなく憎い。


 人を疑わない純真さは勇者らしい反面、迷惑でもある。


 でも次の瞬間、マルスの純真な瞳に、敵意が宿った。


「でもね、一つ確認しておきたいんだけど……君は、ヴァーミリオンに雇われただけの人? それとも、連中の仲間なのかな?」

「ッッ!?」


 放たれた殺意が、衝撃波のようにして肌を打ってきた。


「リラさんから聞いたよ。君らが、魔法剣のアイディアを盗んだり、シアンの魔法剣の悪評を広めて売れないようにしたって。だから、君がヴァーミリオンの連中の仲間なら、僕は君を許さない!」


 どうやら、リラに騙されているどころか、一種のマインドコントロールをされているらしい。


 魔王討伐の旅の中で、多くの可哀そうな力なき民草を救ってきた勇者様だ。

 マルスは疑うことなく、いつものように、正義感で動いているんだろう。


「一応、教えといてやるよ。俺はヴァーミリオンの経営者、アレクだ」

「なんだって!? じゃあ、君が全ての黒幕なのか!?」


 戦意を高めるマルスとは真逆に、俺は冷静に説明する。


「お前はリラに、シアン商会に利用されている。黒幕っていうならそれは向こうだ。元々マジックアイテムを発明したのはうちなのに、それを盗作して、裁判長を買収して罪を揉み消したんだ。今回の試合だってシアン側が持ちかけたものだし、こっちの代表選手はシアンに脅されて試合直前に逃げちまった。このままじゃうちの不戦敗だから、経営者の俺が出てきたんだ」


「そ、そんなバカな、だって……」


 試合開始のドラが鳴った。

 俺が剣を構えると、マルスも被りを振って、腰から剣を抜いた。


「僕はリラさんを信じる! あの人が流した涙は本物だった!」


 この場で証明する方法がない以上、水掛け論になるだけだ。

 俺は神経を研ぎ澄まして、作戦を立てる。


 このフリージングカリバーを手にしたとき、今ならマルスにも勝てそうな気がするとは思ったものの、本当に相手をするとは思わなかった。


 相手は魔王を倒した男。俺に勝算なんてあるのか?

 唯一の救いは、聖剣を持っていないことだ。


 

 目の前に刀身が迫る。



「はぁっ!?」


 脊髄反射で体をひねって、マルスの初撃を避けた。

 ふざけるなよ。マジで見えなかったぞ……。


 そのままサイドステップで距離を取ろうとする。

 そしてコンマ一秒後、空ぶった剣から爆炎が巻き起こり、さっきまで俺のいた空間が炎に喰われた。


 司会者が、メガホンを手に大音声をあげた。


『勇者マルス様が本日使用しているのは、来月新発売の、エクスプローダス。風と炎の魔法を同時に放つことで爆炎を放つ、爆炎剣でございます!』


 クレアのフリージングカリバーと同じかよ!

 アイディアだけは、シアンも負けていないらしい。


「君、いい勘しているね。でも、僕の攻撃はまだ終わっていないよ!」

「!?」


 そこから、勇者マルス様の地獄の剣撃乱舞が開演した。


 上下左右斜めと突き、八方向プラス一点、都合九種類の斬撃が矢継ぎ早に襲い掛かり、その全てに、ドラゴンの首を刎ねるような膂力がこもっていた。


 全神経を防御に、マルスの剣を受け流すことに集中して、なんとか致命傷を避けた。


 フリージングカリバーで斜めに受けてもなお、衝撃が剣を伝って手の平を襲い、徐々に手の感覚がなくなりつつも、腕の骨が軋みをあげた。


 これが勇者。魔王を倒した男の攻撃。

 聖剣が無いのが唯一の救いなんてとんでもない。

 その程度、なんの救いにもなっていない。


 まるで、必殺剣の乱れ打ちだった。

 次の斬撃が、大気に焦げ跡を残しそうな重さとスピードで迫ってくる。


 フリージングカリバーで斜めに受けて、受け流そうとするも、マルスの握るエクスプローダスの角度が変化して、受け流されることを拒否してきた。


「!?」


 横薙ぎの一撃が、フリージングカリバーごと俺の体を丸ごと刈り取った。

 視界が回る。

 上下の感覚を失う。


 たった一撃、まともに受けただけでこれかよ!


 しかも野郎、俺の防御パターンを学習してやがる。


 それは、あまりにも絶望的な戦力差だった。

 その上、マルスはまだ本気じゃない。


「いくよアレク! これが、エクスプローダスの力だ!」

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