第42話
それは、いつだって俺が頭の片隅に置いていた想いだった。
クレアは常に最高の商品を作り続けた。
一方で俺は、ドルセントの企みに気付けず魔法式を盗作されて、結果的には難を逃れたものの宣伝方法で後塵を拝し、今はこうしてシアンの罠にかかっている。
こんな状態で、クレアと一緒に世界を変えたなんて、言えるわけがない。
唇を押さえられているクレアは、俺の手首を握って、無理に口を開いた。
「そんなことないわ。そんなことを言う奴にはあたしが言ってやるわよ! あたしらの商品を世界に広めたのは、アレクだって!」
「……ありがとな。でも、他の誰でもない、俺自身が胸を張れないんだ。俺カッコ悪いなって。ドルセントの時も建国祭のときも今回も、いつも失敗してばかりだなって」
クレアの瞳が、悲しそうに涙で濡れる。
「アレク……」
胸が苦しくなる。
そんな顔をして欲しくなくて、俺は、わざと笑顔を作って見せた。
「まぁ、何が言いたいかっていうと……さ、カッコつけさせろよ。お前の前で」
クレアの瞳から溢れそうな涙が、寸前のところで留まった。
「じゃ、俺行ってくるわ」
「待って!」
俺を呼び止めてから、クレアは自分の荷物に駆け寄った。
俺に背を向けて、ジョイントソードを入れているはずのケースを開けると、そこから見慣れない剣を手にして振り返る。
「これ、本当は今日の試合に勝ったらお祝いでプレゼントしようと思っていたんだけど」
左右で色が違う、青と白のデュアルカラーのロングソードを、俺に差し出して言った。
「氷魔法の魔法式じゃなくて、水魔法と冷気魔法の魔法式を別々に組み込んだ、混合魔法剣、フリージングカリバーよ。デザインは、勝手だけど、アレクが好きだった、あの聖剣を参考にしたわ。性能は、ジョイントソードの比じゃないわ」
クレアの言う通り、それは俺が抜くことのできなかった聖剣を彷彿とさせるデザインだった。
自然と瞼が持ち上がって、俺はその剣を凝視した。
俺のために、これを用意してくれたのか……。
「勝負の条件はお互いの商品だから、ジョイントソードじゃなくてもいいでしょ? ちょっと卑怯だけど、向こうの方がずっと卑怯なんだし、これぐらい……」
顔を上げると、クレアが控えめな照れ顔で視線を泳がせていた。
「あたしが作った偽物の聖剣で悪いけど、使ってくれたら……嬉しい、かな……」
「…………」
こんな時に不謹慎だが、俺は童心に返っていた。
十歳の誕生日。
神都で聖剣の柄を握りしめて、引き抜こうとしたんだ。そう、こんな風に。
フリージングカリバーの柄は俺の手に吸い付くようで、ケースの中から引き寄せれば、俺に身を委ねてくれた。
気持ちが冴え渡るのが分かる。
大人になる過程で、忘れようとした童心が満たされていくのが分かる。
相手があの勇者マルスでも負ける気がしないほどの気力が全身に充溢していくようで、俺は一筋の涙をこぼした。
「ありがとうな、クレア。今ならマルスにも勝てそうだよ。じゃ、ひとつ勝ってくるぜ」
「あ、待って」
俺が背を向けようとすると、またクレアが呼び止めた。
「実は……もう一つ、試作品があるんだけど……」
クレアは、恥ずかしそうにそう言った。
◆
アリーナへ続く入場通路は暗く、近づいてくる出口が眩しかった。
切り取られた世界に広がる光景は、俺の人生には縁遠い歓声と熱気に包まれていた。
「んっ……」
まばゆい光が、俺を包み込む。
万雷の拍手と熱い声援の津波が俺を呑み込んだ。
それでも、俺は平静でいられた。
右手に握る、俺だけの聖剣が力をくれる。
フリージングカリバーが、その名前の通り、俺の思考をクールに冷ましてくれるようだった。
バトルフィールドの下は地面で、周囲を高い壁に囲まれ、階段状の客席はその上に設えられている。
収容人数三万人の客席は満員だ。
今日はマジックアイテムメーカー二社の試合ということもあり、客の多くはマジックアイテムユーザーか、興味を持っている人だろう。
ここで勝利すれば、どれ程のアピールになるか。
一応、背中にはヴァーミリオン社のロゴが入ったマントを身に着けている。
これで、俺が勝てばいい宣伝になるだろう。
そう考えていると、選手入場のドラが鳴り響き、シアン側の選手入場口に人影が現れた。
大手武器メーカーのシアンが用意した代表選手だ。生半可な相手じゃないだろう。
超一流の傭兵か、軍の剣術指南役か。
そうこうしているうちに、相手選手の全身が入場口を潜り抜けて、その姿を白日の下に曝け出した。
会場が鎮まる。そのすぐ後に、俺は愕然として、客席は瞬間的に沸騰した。
『ゆ! 勇者マルス!?』
「まじか……」
見間違えようもない。
兵役時代に何度も見た、あの金髪碧眼に穏やかで優し気な、ちょっと童顔とも言える美形顔。そんな容姿からは想像もできない、覇気漲る佇まい。
シアンの用意した代表選手は、聖剣に選ばれ、魔王を討ち倒し、世界を救い、次期皇帝陛下の勇者、マルスその人だった。
「やぁ、君が僕の相手だね? 一応勇者をやっているマルスって者なんだけど、知っているかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます