第41話


「くそっ、シアンの連中!」


 感情的になり、思わずテーブルを叩いてしまう。

 同僚さんの話だと、一緒にトイレに行く途中、人混みに紛れて消えてしまったらしい。


 シアンに誘拐された。

 そう考えるのが自然だけど、剣の達人である教官が、そう簡単に誘拐されるものなのか?


 しかも、すぐ近くには同僚さんたちがいたのに。

 俺が頭を悩ませていると、クレアが控室に飛び込んできた。


「大変よアレク! 今、家族の人が来たんだけど、教官、家に帰っているって!」

「はっ!? なんだよそれ!? 家!?」


 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 でも、そうせずにはいられない異常事態だった。


「それで教官からの伝言なんだけど、アレクに『情けない俺を恨んでくれ』って」

「そういうことか……」


 俺は全てを悟った。


「どういうことよアレク」


「きっと、教官はシアンに脅されているんだ。病欠じゃ、俺らが代役を用意しちまうから、当日にコロッセオまでは行って、俺らを安心させて、試合時間が近づいてからこっそりコロッセオを抜け出せって」


「でも変よ。シアンていうか、リラは客の前であたしらの代表選手を倒して、商品の性能差を見せつけるのが目的なんでしょ? じゃあ、戦わないとダメじゃない? 教官にわざと負けるよう脅すなら分かるけど、試合をボイコットさせるなんて……」


 動揺を隠しきれず、言い淀むクレアに、俺は説明した。


「リラの攻撃対象は、うちの商品じゃない、俺ら自身だ」

「っ、まさか、あいつ」


 クレアも気が付いたらしい。


「ああそうだ。リラも、俺らのジョイントソードの性能は知っている。戦って、万が一にも負けたり、勝てたとしても、商品の性能差じゃなくて、代表選手の技量の差だと思う人もいる」


 悔し過ぎて、そこから先は、絞り出すようにしないと、声が出なかった。


「だけど、ヴァーミリオンのアクシデントのせいで試合中止、なんてことになれば、ヴァーミリオンのイメージダウンは避けられない。確実に、俺らにダメージを与えられるんだ」


「ッッ~~、ふざけんじゃないわよ!」


 怒りのあまり、クレアは控室の壁を殴りつけた。

 俺も同じ気持ちだった。


 リラが、シアン側が何か秘策を用意しているとは思っていた。

 大人のやることだから、毒を盛ったり、事前に襲撃を仕掛けて選手にケガをさせてコンディションを落としたり、代役で二流選手を出さなくてはいけないようなことをしてくるかもしれないとは思っていた。


 でもまさか、選手を脅して、試合直前にボイコットさせて、代役の選手すらも用意させないようにして、向こうから持ちかけてきた試合を潰すようなことをするとは思っていなかった。


 俺の考えが甘かった。

 ドルセントに、魔法式を盗作された時、以上の悔しさと情けなさで息が詰まった。

 テーブルに手を突いて、動けなくなる。


「仕方ないわアレク。こうなったら、同僚の人たちに頼みましょう。教官ほどじゃないにしても護衛代わりなんだから強いんでしょ?」


「その同僚さんたちも帰って来ない。シアンの目的が試合を潰す事なら、護衛にも同じことをするだろうな」


 クレアの表情から血の気が失せて、愕然とする。


「何よそれ……じゃあ、もう本当にどうしようもないっていうの……?」


 らしくもない、彼女の弱々しい表情に、焦燥感が募る。

 俺の考えが甘かったから。


 ドルセントにしてやられた時、大人の汚さに限界はないって学んだはずなのに、また俺は同じ失敗を繰り返してしまった。


 俺のせいでクレアの夢が遠ざかる。


 そう思うだけで、頭が鉛のように重たくなり、背筋が石のように硬くなっていくようだった。


 今すぐ打開策を考えろ。

 今すぐ用意できる代役の選手。合法的に試合を延期にする方法。何かないのか?


 この会場から兵士時代の仲間を探す? 試合までは残り一〇分もない。間に合わない。


 なら、残された方法は……。


「俺が出る……」

「なっ!?」


 クレアが顔を上げた。


「俺が、教官の代わりに出るよ」

「なに言っているのよ!? 向こうはすっごく強い選手を用意しているに決まっているんでしょ!? あんたが出ていってなんかあったらどうするのよ!?」


 俺の胸倉をつかみ上げて、クレアは必死に声を張り上げてくる。

 そんなことをされると、戦う恐怖感よりも、彼女が俺のことを心配してくれる嬉しさのほうが勝って、俺は穏やかに笑うことができた。


 俺の胸倉をつかんでくるその手を包み込んで、俺はゆっくりと押し下げた。


「他に方法がないだろ? このまま試合放棄をしたら、俺らのヴァーミリオンのイメージダウンは避けられない。どんなにいい商品を作っても、宣伝方法を誤れば売れない。それはこの前、勉強したばかりじゃないか」

「でも!」


 二本の指で、彼女の唇を押さえた。


「それにさ、実のところを言うと、俺、ちょっと後ろめたいんだよ。このままじゃ、クレアと一緒に世界を変えたなんて言えないんじゃないかって。クレアは俺のアイディアのおかげって言ってくれるけど、きっと世間はそう見ない。世界を変えた天才クリエイター、クレア・ヴァーミリオン、その商品の宣伝広報係のアレクが関の山だ」


 それは、いつだって俺が頭の片隅に置いていた想いだった。

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