第7話 え、俺、出世してんの?
「なので、守人殿は現在、中佐であらせられます!」
「…………まじかぁ」
急にそんなことを言われても実感が無くて、まるで他人事のようにしか思えない。
けれど、軍人なので信じざるを得ない。
実際、世界最多狙撃数を持つ、フィンランドの白い死神ことシモ・ヘイヘは戦後、五階級特進している。
たぶん、俺らも同じ扱いになっているんだろう。
実感はないけど、一応、敬語はやめてみる。
「でも俺ら、五階級特進するほど活躍してないと思うんだけど?」
「第三次世界大戦の英雄がご謙遜を。守人中佐たちの活躍をまとめた【イレブンス・フォース】は、私のバイブルです!」
龍崎教官の声には、わずかに興奮の響きが滲んでいた。
「そんな本があるのか?」
その問いには、奏美が答えてくれる。
「一週間前からみんな読んでいるよ。あとでわたしのデバイスから読ませてあげるね」
「う~ん、自分たちの戦果が高く評価されるのは嬉しいけど、なんか恥ずかしいな」
ていうか、変な脚色とかされていないかが不安だ。
歴史は、後世の都合で脚色されるのが常だ。
不名誉なことが載っていたら、びしっと抗議してやりたい。
ちなみに、千円札の肖像画にもなった野口英世は、自分で自分の伝記本を読んで
「この本は嘘を書いている」と言ったらしい。
「それに第十一小隊のことは、史上最強の少年兵部隊として、戦史の授業で扱います。差し支えなければ、あとでサインを頂いてもよいでしょうか?」
真面目な顔を紅潮させながら、龍崎教官は興奮気味に要求してきた。
――脚色されている。絶対にこれ、めちゃくちゃ脚色されている。
「ねぇ、あれって守人君じゃない?」
「あ、本当だ。行こ、みんな」
「うそ、本物!?」
あちこちから黄色い声がして、トラックを走っていた女子たちが、走るのをやめて、次々集まってくる。
それはいいのだが、彼女たちの格好に、俺はやや気圧された。
女子たちは、みんな、ダイビング用のドライスーツのような、もっと言えば、巨大ロボアニメに出てくるパイロットスーツのようなものを着ていた。
そのせいで、みんなのボディラインが丸見えで、かなり眺めが良い。
みんな美人ぞろいだから尚更だ。けど、ちょっと気になる。
「きゃー、背ぇたかぁい!」
「肩幅広ぉい!」
「やっぱり男の子って、男の子なんだね、たくましい」
生で男を見るのは初めてであろう女子たちが、まずは外見の差に次々興奮し始める。
俺は中肉中背なので、こういう扱いはちょっと新鮮だった。
「勝手に集まるな! そしてはしゃぐな! 中佐殿は見世物ではないぞ!」
龍崎教官が、ファンからアイドルを守る警備員のように、両手を広げて女子の前に立ちはだかってくれる。
一応、女子たちは手前で足を止めるも、できるだけ前のめりになって、黄色い声を上げながら俺を注視してくる。
難民たちから感謝された時と違って、なんだか恥ずかしい。まぁ、それは置いといて。
「龍崎教官、このクラスは特別儀仗隊の候補者クラスなのか?」
肩越しに振り向いた龍崎教官は、一瞬、間を置いてから、毅然と答えた。
「? いえ、普通クラスです。何か気になる点がありましたか?」
「いや、これだけの綺麗どころがそろっていたら、なぁ」
女子たちが、嬉しそうに頬を染め始める。
「きゃっ、守人君てばキレイどころだって」
「守人くんわかってるぅ」
「やっぱり異性にはあたしの魅力がわかっちゃうかぁ♪」
キャーキャー色めき立つ女子たちに俺が戸惑うと、龍崎教官は振り返りながら、淡々と説明し始めた。
「失礼ですが、人間は時代の流れと共に美形化する傾向があるので、そのせいかと。彼女たちのルックスは、この時代では普通です」
「これで普通? 俺の時代なら全員アイドルやグラビアモデルになれるぞ?」
お世辞ではなく、三〇人以上いる女子たちは、全員タイプの違う美人で、アイドル番組の野外収録現場に見える。
――まぁ、奏美はその中でも特別可愛い部類に入るんだけど、と思うのは、身内のひいき目かな。
「専門的な遺伝子の話になると説明が長くなるので割愛させていただきますが、簡潔に説明すると、美形のほうが結婚できる確率が高いため、必然的に美形遺伝子のほうが後世に残りやすいのです」
「抜群の説得力だな……」
――つまり、非リアたちの遺伝子が淘汰され、リア充たちの子孫が繁栄した結果か。
千年の間に散った青春戦士たちに、俺は心の中で黙祷を捧げた。
「プロポーションも同じです。そもそも好印象を与える容姿の遺伝子は決まっています。長い脚は高い走力と狩猟能力の証。大きな尻は広く安産に適した骨盤の証。くびれたウエストは妊娠していないフリーの証。豊かな胸は高い授乳力の証。所詮、人も動物。本能には逆らえないのです」
「なんだかな~」
まぁ、所詮は人も動物って点には同意するけどな。俺は戦場で、それをいいだけ見てきた。
そして、げんなりと肩を落としながらも、俺の意識は一瞬、龍崎教官の胸元に向いた。
龍崎教官の胸は、スイカをふたつ詰め込んだような大きさで、軍の制服が内側からはち切れそうだった。
なんの役にも立たない脂肪のかたまりとわかっていながら、大きな胸には無条件で好感を持つ。俺も、所詮は一匹のケダモノということか。
なんて、俺が自嘲気味に苦笑すると、龍崎教官は息を呑んで、声を硬くした。
「中佐殿、そろそろ皆に、貴方と男性について紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ん、そうだな、頼む」
「はいっ」
わずかに息を荒くしながら、龍崎教官は頷いた。
さっきから伸ばしっぱなしの背筋をさらに伸ばそうとしてむしろ逸らし、対の爆乳が大きく揺れた。でかい……。
「よし、では全員集まっているな……いや」
グラウンドを見回した龍崎教官の瞳が、一点に留まった。
その先では、誰もが俺の元へ集まる中で、ただひとり、勤勉にトラックを走り続ける女子の姿があった。
長い黒髪を風になびかせながら、美しいフォームを保ったまま一定のリズムで走る彼女へ、龍崎教官が呼びかけた。
「明恋(めいこ)! 全員集合だ! 集まれ!」
令和アンラッキーボーイ、目が覚めたら女しかいない世界が戦争しています! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
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