第6話 女教官がかわいい


「男、本当に絶滅したんだな」

「まだ言ってる。軍人に『あるわけない』は禁物なんでしょ?」


 奏美が、ちょっとすねた声を出した。


「はは。悪い悪い。でも、それは根拠あっての話だからな。なんでもかんでも鵜呑みにするのと、現実を受け入れるのは別物だ。けど、特別儀仗隊の美女軍団に男のいない外の様子。奏美の言っていたことは本当だったよ。信じなくて悪い。今度埋め合わせをするよ」


 俺が顔の前で手の平を立てて謝罪すると、奏美は眉間のしわを、ほにゃりと緩めてくれた。


「じゃあちょっと、期待するね」


 落ち着いた声音でそう言われると、何をお願いされるんだろうと、こっちが期待してしまった。

 美人も過ぎれば威圧となり、相手を委縮させてしまう。

 けど、奏美は相手の心を優しく包んで落ち着かせる、そんなタイプの美少女だった。


 特別儀仗隊の人は美人で魅力的だけど、俺は、奏美のほうが好みだった。

 運転手の女生と奏美を見比べて、そんな下世話なことを考えてしまう。

 軽い罪悪感を誤魔化すように、俺は話題を振った。


「そういえば奏美。千年前の戦争で日本は勝ったのか?」

「歴史の授業だと、第三次世界大戦は引き分けって聞いているよ」

「引き分け? お互いに消耗して講和ってことか?」


「うん。戦いがどんどん泥沼化して、A国陣営もC国陣営も、互いに消耗しきって講和したって聞いているよ」

「……そうか」


 よくある話ではあるものの、流石に、色々と思うところがあって、俺は肩を落とし

た。


「……日本の領土は変わったのか?」


 奏美は首を、小さく横に振った。


「ううん。国境は今も昔も動いていないよ」


 その事実を緩衝材に、俺は平静を取り繕う。

 それでも、声が硬くなるのは避けられなかった。


「じゃあ今の話だ。世界VS日本らしいけど、ブレイルの専用機が多いからなんとか凌げているんだよな?」


「う、うん」

「俺は、いつ戦場に戻れるんだ?」


 昨日、奏美は一緒にスサノオ学園に通うと言っていた。

 でも、俺としては、一日も早く戦場に出て戦いたかった。


 そもそも、俺はプロ軍人として戦場で戦ってきた身だ。

 今さら学園生活なんて、無駄でしかない。


「それは、教官に訊いてみないとわからないけど、まずはブレイルの操縦に慣れないと」


 奏美の言葉に、俺は握りかけた拳を解いた。


「確認だけど、ブレイルってのは生身じゃ絶対勝てないぐらい強力なのか?」


 俺も、巨大ロボアニメやパワードスーツバトルアニメぐらい見たことはある。

 もしも、あんな超人バトルが現実のものになっているのだとすれば、俺が入り込む余地なんてないだろう。


「強力なんてもんじゃないよ。量産型ブレイル一機と、守人の時代の戦闘機一〇〇機がようやく互角って言われているんだから。そもそも、生身じゃブレイルを傷つける方法がないし」


 俺の質問に軽く驚く奏美。


 きっと、俺の質問は、サムライが現代人に『戦車というのは刀で斬れないのか?』と訊くぐらいあり得ないものだったんだろう。


 俺は肩を落とした。


「なら仕方ない。とりあえず、そのブレイルってやつの操縦方法を覚えないとな。いつ覚えられる?」


 俺は、制服の下に着たインナーを意識しながら質問した。


「今日中にはできるよ。ブレイルの戦闘授業は毎日あるもん」

「それはキャッチーだな」


 俺はニヤリと笑った。


   ◆


 スサノオ学園に到着した俺は、奏美の案内に従って、外のだだっ広い訓練場に連れてこられた。地面は、陸上競技場のような合成ゴムを思わせる素材で、広さはヘクタールで表現する必要があった。


 千年前もだけど、軍事基地や学校は、よくもまぁ街中にこれだけの土地を用意できたものだと感心させられる。


 遠くに見える団体マラソンランナーたちは、俺らのクラスメイトたちだろう。


 トラックの外側に仁王立ち、走り方に疲れの見える人影に、鋭い怒号を飛ばしているのが、俺らの教官だろう。


「ヒィヒィ喘ぐな! 貴様ら股間にバイブでも仕込んでいるのか!? アヘ顔晒しながら走りおって情けない! この盛りのついたメス犬どもが! いいか、貴様らは人間ではない! 人間の皮を被った犬畜生だ! 裸で首輪に繋がれた鎖で引っ張りまわされて四つん這いになっているのがお似合いのな! 後ろ足で走るだけで人間になれるなら猿や鳥も人間だ! しかし貴様らは猿や鳥以下だ! わかったか!?」


 数々の罵倒に、女子生徒たちは次々泣き言を漏らしていく。

 俺の隣を歩く奏美も、眉と口角をげんなりと下げた。


「うぅ、早百合(さゆり)教官、今日はまた一段と厳しいなぁ……」

「そうか? 軍事教官たるもの、かくあるべきだと思うぞ?」

「え? 守人、それ本気?」


 奏美の両眼が、ぎょっと見開いた。

 俺としては、この時代の訓練に不安があったけど、彼女が教官なら問題ないだろう。


「きょうかーん、守人、つれてきましたよー」


 奏美が、口に手を当てて呼びかけると、教官はくるりと振り返った。

 教官は栗毛でショートカットの、鋼のような美女だった。


 強い意志のこもった、凛とした眼差し。


 控えめな化粧でも、なお際立つ、戦女神のような美貌。

 一部の隙もない、洗練された姿勢の佇まい。


 そこから溢れる頼もしさと勇壮な雰囲気は、俺の時代の男性教官にも決して劣るものではない。美と強さを併せ持った彼女の存在感は、特別儀仗隊の美女軍団すら凌駕していた。


 この人が、今日から俺の新しい上官かと思うと、身も心も自然と引き締まる。

 俺は姿勢を正して、教官の前に立ち敬礼をしようとした。


 が、教官の動きはさらに早かった。


 俺としたことが、完全に機先を制されてしまう。

 男子並みの長身をくるりと翻し、俺と視線がかち合ったコンマ一秒後。


 教官は、荒野の早撃ちガンマンも真っ青の敏捷性で右手を閃かせ、声を大にした。


「お会いできて光栄です! 皆神守人殿! ワタクシはスサノオ学園二年二組担当教官! 龍崎早百合(りゅうさきさゆり)少佐であります! 以後、お見知りおきを!」


 一部の隙も無い敬礼に、俺も反射的に敬礼を返した。


 でも、なんと言えばいいのかわからず、軍人らしくもなく動揺してしまう。


 ――なんで俺に敬語? 俺が男だからか?


「はっ、自分は皆神守人曹長です。教官殿、自分は男とは言え生徒なのですから、かしこまらないでください。皆への示しがつきません」


 軍隊における上下関係は絶対だ。

 階級が一つでも違えば、そこには平民と貴族にも負けない服従関係が生まれる。


 まして、曹長と少佐では、階級が四つも違う。

 ここまでくると、下民と王族ほどの差があると言っても過言ではない。

 なのに教官は、わずかに声を硬くしながら言った。


「お言葉ですが、守人殿の所属していた特殊作戦群第十一小隊の方々は戦後、生死を問わず五階級特進となりました!」


「え?」

「なので、守人殿は現在、中佐であらせられます!」

「…………まじかぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る