第5話 美少女部隊
特別儀杖隊。
それは国賓の来日や天皇即位礼などの際に出動する部隊だ。
隊員は、身長一七〇センチから一八〇センチ、体重六〇キロから七五キロ、眼鏡着用不可で【精悍な顔立ちの男子】と定められている。
ありていに言えば、VIPをお迎えするために編成された、外見重視のイケメン部隊だ。
妹からは『お兄ちゃんは入れないの?』と訊かれたので、俺は性に合わないから、あえて試験を受けなかったと【正直】に言った。
『本当にぃ?』と食い下がってきたので『決して、落ちたら恥ずかしいからじゃないぞ、あえて受けなかったんだぞ』と言ったのも、今では良い思い出だ。
で、どうして俺がそんなことを思い出しているのかと言うとだ。
奏美が帰ってから色々な検査を受けて、翌日の昼前に退院許可が下りると、身元引受人らしい奏美が迎えに来てくれた。
そうして、俺用に仕立てられたとあるインナーと、学園の制服とズボン――奏美はミニスカート――に体を通して、ふたりで病院の玄関を出ると……。
「皆神どのにぃいいいいいいいいっ、礼!」
玄関から正門までの道の左右には、軍の礼装に身を包んだ美女たちがずらりと立ち並んでいた。それも、背筋を伸ばして胸を張った、直立不動の姿勢で。
女性たちの表情は凛と引き締まり、まばたきすらせず、覇気漲る視線で俺を迎えてくれた。
その女性たちが、一斉に右手を上げて、礼のポーズを取ってきた。左手はライフル――きっとレールガンかビームガン――の銃床を抱え、銃身は左肩に立てかけている。
俺の時代と同じ、【抱え銃】のポーズだ。
「なんだ? この人たち?」
やや気圧されてまばたきをする俺に、奏美は上機嫌に口を開いた。
「特別儀仗隊の人たちだよ。身長一六〇センチから一七〇センチ、体重五〇キロから六五キロ、ウエスト六五センチ以下でバストとヒップが九〇センチ以上で眉目秀麗な人しか入隊できない特別部隊だよ。かっこいいよねぇ」
確かに、女性たちは背が高く、一人の例外もなく美女ぞろいだし、バストとヒップは、制服越しでも存在感を自己主張している。でも。
「身長以外はお前も条件満たしているんじゃないのか?」
奏美の眼が丸く固まって、顔が耳まで赤くなった。
「いや、ほらわたしは、むっ、胸が足りないからさ。いやぁ、残念だなぁ」
変な汗を流しつつ両腕で胸を抱き隠しながら、俺に背中を向ける奏美。
その背中に、俺は両目から最大出力で疑念を注いだ。
「とにかく、学校に行こ」
話題を変えて誤魔化すように、でも気さくに俺の手を握ると、奏美は歩き出した。
――親戚って言ってもほとんど初対面なのに、奏美って人なつっこい子だな。
「捧げぇえええええ銃!」
隊長らしき人の掛け声で、美女たちは一糸乱れぬ動きで、ライフルの中央をつかみ、体の前に掲げ、銃口を空に向けた。
その姿に、俺はちょっと癒された。
「なんだかなつかしい動きだな。戦場に出てからはやる機会も少なかったし」
「この動きって千年前からあったの?」
不思議そうな顔で、奏美が見上げてくる。
「ああ。入隊後の基本教練で徹底的にやらされたよ。一度失敗するごとにノルマの腕立て伏せが十回ずつ増えていくから、もう死に物狂いだよ」
「うわぁ、流石千年前。厳しいなぁ……」
奏美は口をへの字にして、声のトーンを落とした。
――逆に今ってそんなに訓練甘くなってんのか?
この時代の兵士のレベルに、一抹の不安を覚えた。
「それにしても、本当に男がいないんだな」
「だから言ったでしょ。男の人はみんな絶滅しちゃったんだよ」
特別儀仗隊は、男だけの部隊だ。女性自衛官は、入隊できない。
なのに、その特別儀仗隊が全員女性。
これは、信じざるを得ないかもしれない。
病院の玄関には、カーキ色の装甲車両が待っていた。
俺らが近づくと、MR映像の開閉ダイアログが表示される。
奏美が【開く】をタップすると、ドアが自動的に開く。
「守人はVIPだから先に乗って」
「ん、おう」
奏美に背中を押されながら、俺はシートへと体を滑り込ませた。
「車の内装は昔とあまり変わらないんだな」
シートの材質や、細かい違いはあるものの、大きな違いはなかった。
「そうなの? それだけ早い段階で製品として完成されていたってことだね」
言いながら、奏美もシートに滑り込む。続けて、座席の前に表示されている開閉ダイアログの【閉める】をタップすると、装甲車両のドアは自動的に閉じた。
「えへへ」
奏美の肩が、ぎゅっと俺に寄せられた。ばかに人なつっこい。
「昨日から機嫌いいな」
「うん、わたし一人っ子だから、ずっと姉妹に憧れていたんだ」
「男でも姉妹っていうのかなぁ」
俺が苦笑いを浮かべると、運転席の美女が、セクシーな厚めのくちびるを開いた。たぶん、彼女も特別儀仗隊のメンバーだろう。
「スサノオ学園へ向かってもよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
奏美の返事を受けるも、運転手の女性はハンドルを握らない。
代わりに、手元の画面を操作した。
一秒後、外の景色がゆっくりと背後へ流れ始めて、車が動いてくることに気づく。
なんて滑らかな加速だろう。
車は自動運転。ただし非常時に備えて手動運転ができる人を乗せている、そんなところか。
「へぇ……」
窓の外を眺める俺は、殺到してくるAR情報とMR情報に、図らずもテンションが上がるのを感じた。
道路を走る、他の車の頭上には赤い矢印が表示され、さらに予想進行ルートが、赤い光のレールとして、地面に表示されて見える。
英語の看板に視点を合わせると、すぐ近くに和訳が表示される。
空にはMR映像の宣伝用のアドバルーンや看板が浮かび、信号機の上では、デフォルメされた犬のおまわりさんが、通行人に指示を出している。
今、赤信号なのに渡ろうとしたスーツ姿の女性に、怒っているところだ。
出会いがしらの事故を防ぐためだろう。曲がり角はすべて半透明で、塀や建物の向こう側が透けて見えている。
これらの映像はすべて、耳の裏に装着したデバイスが、皮膚を通して脳髄へと直接電気信号を送り込み、脳に見せているというから驚きだ。
――俺の時代にもこれがあれば、交通事故なんて起きないんだけどな。
続けて、街を行き交う人々に注目してみた。
服装は、思ったほどの変化が無い。
流石に、一部のSFアニメのように全身ぴったりスーツを着た未来、なんてものは来なかったらしい。
ただ一部、ゲームやアニメのキャラクターみたいに派手で凝った服装の人や、ゴスロリや和装を着ている人がいる。
マイナーな服装は、時代と共に一般化する傾向があるのは知っているけど、千年の間に、めでたく市民権を得たらしい。
そして、やはり全員が女性だった。
男の姿は、一切見当たらない。
「男、本当に絶滅したんだな」
「まだ言ってる。軍人に『あるわけない』は禁物なんでしょ?」
奏美が、ちょっとすねた声を出した。
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