第4話 悪いけど令和男子に未来無双は通じないんだ
不思議そうに、俺の顔を覗き込んでくる。本人は無意識なんだろうけど、奏美は可愛いから、ちょっと得した気分になる。
「中世時代には、テレビや電話なんて概念は存在しない。だからサムライにとって二十一世紀は驚天動地の連続だ。けど、二十一世紀にはSF作品が溢れかえっているからな。ていうか普及はしていないけど、脳波で機械を操作するブレインコンピュータもパワードスーツもARもMRもVRもSRも存在はしていたし、なんなら高周波ブレードもレーザー砲もレールガンもあったし人工知能搭載のロボットもいたぞ」
「え? そうなの?」
「そうだよ」
もっとも、令和のARとMRはゴーグル型だ。だからこそ、俺はここが未来だと信じた。
「これはどうせあれだろ? 耳につけたデバイスが俺の脳の視覚野に直接電気信号を送って、視界に補正をかけているんだろ?」
「え、そうだけど順応早っ!? 信じるの早すぎない?」
二年前の俺なら、絶対に信じなかったろう。でも、今の俺は軍人だ。
「歴史上、現実逃避の【あるわけない論】が国を滅ぼしてきた。目の前の現実を瞬時に呑み込むのは兵士の必須能力だ。このデバイスを俺の時代の技術で作るのは不可能だ。なら、とりあえずここは未来なんだろ?」
冷静に受け答えをしながら、首を左右に回す。
「最適化がどうのとか表示されている画面は、うん、俺が首を回しても視界についてくるから、これは拡張現実のARだな。テーブルの上の置物や壁のポスター、窓は視界から外せるから、複合現実のMRか。この病院のローカルネットとデバイスがオンラインで、ローカルネット上の室内設定が反映されるわけだ」
拡張現実のARと、複合現実のMRは似て非なる。
ちゃんと説明すると長くなるので、素人向けにざっくり言えば、自分にだけ見えていて、常に視界に表示されているのがAR。
デバイスを装着している人たち全員に見えていて、距離を詰めたりできるのがMRだ。デバイス装着者にだけ見える立体映像、と思ってもいい。
「それと、この時代で実現しているかは知らないけど、フィクションだけでいいなら物質の量子化とかワープとか惑星間移動とか軌道エレベーターとかイナーシャルキャンセラーとか重力装置とかタイムマシンとかアンドロイドとか遺伝子改造生物とかクローン人間とか巨大ロボとかもバンバン出ていたし、それらが普及した設定の実写映画もこっちは見飽きているんだよ」
「あ、そうなんだ……」
奏美の眉が、八の字にしょんぼりと下がった。
――あからさまにがっかりするなこいつ……。
まるで、日本には、もうニンジャとサムライはいないと知った外国人みたいだな。
俺は悪くないのに、ちょっと罪悪感を覚える。
視界の中に、パソコン画面のウィンドウのようなものが開いた。
『AIコン(アイコン)の設定をします。AIコンを選んでください』
と表示されている。
続けて、格闘ゲームのキャラクター選択画面みたいなものが開いて、奏美の顔を隠した。
可愛らしい犬や猫、二頭身の鎧騎士など、ゆるキャラみたいなものがずらりと並んでいる。
「おい、なんかAIコンを選べって出てきたぞ?」
奏美の顔を見ようとすると、自動的に選択画面が半透明になって、奏美の顔が見えた。高性能だな。
「AIコンはおすすめ情報を教えてくれたり、スケジュール管理をしてくれる、ライフサポートアプリだよ。電子メイドって呼ぶ人もいるけど。デバイスの複雑な操作や設定も、AIコンに頼めば一発なんだから」
「つまりはAIコンシェルジュだな」
「そういえばAIコンの語源てAIコンシェルジュの略だっけ? わたしのAIコンはこの子ね。AIコン、ARからMRへ」
奏美の呼び出しに応じるように、彼女の頭上にグリッド線が走り、犬小屋のようなものが構築された。
中からは、手のひらサイズの丸いアザラシが現れ、奏美の肩に飛びつく。
たぷん、とお腹だけでなく、ぷるぷるの背中を揺らしながら、アザラシは奏美の頬にキスをした。
『きゅーきゅー♪』
「わたしのAIコン、わーちゃんだよ。可愛いでしょ?」
そう言ってほほ笑む奏美のほうが可愛いのは、言わないでおこう。
某水族館で、丸すぎると話題になったワモンアザラシを彷彿とさせるフォルムに、思わず頬が緩んだ。
「確かにめんこいな。突っつきたくなる」
言いながら、俺は欲望のままに、わーちゃんの横っ腹を突っついた。
もちろん、MR映像に感触なんてないけど、わーちゃんの丸い体は、空中をころりころりと転がった。
人間の動きを認識して、それに合わせた動きをするのだろう。高性能だ。
正直、俺はどれでもいい。だから、奏美に尋ねた。
「奏美は、そのアザラシと何かで迷ったか?」
「うん、クマと随分迷ったんだけど、より球体に近いワモンアザラシにしたの」
――やっぱりそれ、ワモンアザラシだったんだな。
「じゃあ俺はクマにするよ」
俺がそう言うと、予想通り、奏美の表情がぱっと明るくなった。
その反応に、妹の真守を思い出す。
真守も、ふたつの選択肢で悩んで諦めたほうを俺が選ぶと、ジャーキーを貰った子犬のように喜んでくれた。
やっぱ子孫なのかなぁ、と思う。
クマのキャラクターを指でタップすると、クマのキャラクターと一緒に、確認ダイアログが表示された。
【はい】を選択すると、俺の目の前に犬小屋のMR映像が構築されていく。
中から、締まりのない呑気な顔で、手足の短い、ぽっちゃりボディのクマがころがり出てきて、俺に向かって手を挙げた。
『くま♪』
「かわいぃ」
深いため息をつきながら、奏美はもうクマのAIコンに首ったけだった。
アザラシのわーちゃんが、自分を忘れないで、とばかりに、奏美の頬にすり寄った。
「それで、ここが千年後っていうのは信じてもいいけど、男が絶滅したって証拠は?」
そこは、まだ半信半疑だ。
――それこそ、過去の人間を騙すドッキリじゃないのか?
すると、奏美はわーちゃんを両手でわしづかみ、もちもちと揉みこみながら、声をちょっとはずませた。
「あ、それなら明日のお昼に見られるよ。なにせ守人はVIPだもん」
「?」
「きゅー♪」
奏美の手の中で、わーちゃんはお腹をたぷたぷさせながら、嬉しそうに鳴いた。
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