第3話 なるほど、これが1000年後か


「あのね守人……千年の間に、男の人、絶滅しちゃったんだよね……」

「……ん?」


 病室を彷徨わせていた視線を彼女に固定して、聞き返した。

 彼女も、俺としっかり目線を合わせながら、語気を強めた。


「だからね、五〇〇年前に男の人が生まれなくなるウィルスが世界中に蔓延して、男の人は絶滅しちゃったの。当時の技術でも卵子同士で受精卵は作れたから今でも女の人は生き残っているけど、もう、男の人はいないのっ」


 どもらず詰まらず、滔々と言い切った奏美をしばし眺めてから、俺の口元には笑みが噴きこぼれた。そして、口先から噴き出した。


「あははははははは! 男が絶滅したって! なんだその設定。そういう設定のマンガとかラノベとかゲームあるよな。目が覚めたらそこは男の絶滅した超ハーレム世界でしたっていうの! 俺の友達も持っていたよ。でもさ奏美、それ、女子の口から言う設定じゃないだろ?」


 お腹に手を当てながらひとしきり笑って、俺はもう満足した。


 俺の質問攻めに追い詰められて、次々超設定出してきたかと思えば、最後は男の絶滅した世界か。傑作だな。


「まっ、俺は身内だからいいけど、こういうネタは他人にはしないほうがいいぞ。設定が長いとくどくなるし、ウザがられる。ていうか奏美って俺のなんなん? 従妹? 又従妹? それとも名前の時点でボケだったか?」


 初対面の相手に、「実は私は生き別れの妹なんです」というギャグをかましたなら、かなりの勇者だと認めざるを得ない。そんな勇気、俺にだってない。


「上層部の人の話だと、守人の妹さんの、二五世代先の子孫らしいよ」


「とうとう尻尾を出したな。あの馬鹿が結婚できるわけないだろ? ひゃくじゅうきゅう番て何番って聞いてくる奴だぞ?」


「え、わたしの遠いおばあちゃんてそんな感じなの?」


 奏美は渋い顔で固まった。


「そうだ。胸もそんなに大きくないしな」


 奏美の両腕が、脊髄反射級の敏捷性で、胸を抱き隠した。


「お、大きくないもん! 普通くらいだもん!」


 顔が真っ赤だ。


 女子のプロポーションに触れるのは失礼だから、無視しようと思っていたけど、あまりにネタがしつこいので、少し攻撃してみる。


 奏美が身にまとっているのは、グレーのブレザーに似た、どこかの学校の制服だった。


 そのブレザーは胸元が大きく膨らみ、合わせ目を左右に押し広げ、インナーの白いシャツが広々と見えている。


 いくらなんでも、そのナリで普通くらいはないだろう。

 それで普通なら、世の女性の大半が貧乳どころか無乳だ。

 あまりいじめるのは可哀そうなので、俺はまた、病室を眺めまわした。


 ――それにしても殺風景な部屋だな。


 椅子やテーブルはあるものの、壁には何も張っていないし、病院ではお馴染みの点滴やナースコールもない。


 これじゃ病室じゃなくて寝室だ。


「あ、それと守人は今日からわたしと同じスサノオ学園に通ってもらうから。はい、これ守人のデバイス」


 言いながら、奏美はポケットの中をまさぐった。


「スサノオって、日本神話に出てくる軍神か。さっきから設定に妙なリアリティ持たせるくせにちょいちょい雑だよな。超法規的措置とか男が絶滅したとか俺の妹の子孫だとか」


「デバイスの説明は、百聞は一見に如かずだからまず着けて。初期設定はすぐ終わるからね」


 ポケットから、半円に湾曲したプラスチック片を取り出した。

 耳掛け式の、クリップヘッドホンのクリップ部分のようにも見える。


「えい」


 彼女の手が伸びて、俺の耳の裏に、ソレをぺたりと付けた。


 素材はなんなのか、デバイスは皮膚に吸い付いて肌に馴染んで、違和感はまったくない。


 けれど、異常はすぐに起こった。

 俺の視界に、無数の光のライン、グリッド線が走った。


 病室中を駆け巡るグリッド線はあらゆる輪郭を描きながら、殺風景な部屋を彩っていく。


 白い壁はやわらかいアイボリー色に変わり、イベントや行事のポスターが浮かび上がる。


 プラスチックのような椅子とテーブルは、テクスチャが張られるようにウッド調に変わりながら、卓上にはウサギの置物が現れる。


 俺の寝ているベッドの枕元には、スマホやパソコンの画面部分だけが、立体映像のように浮かび上がっている。


 画面には、俺のバイタルなど、健康状態がリアルタイムで表示されていた。


 右手の壁には観音開きの窓が構築されて、外では明るい太陽の下、草原の草が風になびいている。


 極めつけは、視界の中央よりやや下の部分にも画面が開いて、『初期設定と最適化を開始します。しばらくお待ちください』と表示されたことだ。


 次々変容する世界を油断なく警戒して観察しながら、俺は体内で戦闘態勢を整え終える。


 だが、特に危険はないらしい。

 自分の置かれている状況をつぶさに冷静に観察してから、頭の中で消化する。


 波が引いていくように警戒心を解きながら、自然と理解して悟った。

 そして、目の前で肩を揺らしながら、大きな目を期待に輝かせている奏美に一言。


「なるほど、これが千年後か。お前には色々聞かないといけないらしいな」


 奏美の瞳から輝きが消えた。

 ぎこちない笑みで、奏美はわずかに首を傾げた。


「えっと……それだけ?」

「それだけって?」


 奏美はまるで、ゲーム会社が重大発表をすると言うから新作ソフトを期待してホームページにアクセスしたら、過去作のダウンロード版をリリースするだけだった、ぐらいの肩透かしを食らったように、肩をがっかりさせた。


「いや、だって、守人って千年前の人なんだよね? 旧近代産まれの」


 未来では、令和のことを旧近代と呼んでいるらしい。


「だったらもっとそれらしい反応があるんじゃないかなぁ。ほら、MR映像とかAR画面を見て『うわぁ、なんだこれはぁ!? 何もないところから置物が生えてきた! え!? なんで壁に窓が、さっきまで何もなかったのに!? が、画面が宙に浮いている!? これはどういう仕組みなんだ!?』とかさ……」


 一人で可愛く小芝居をしてから、俺の顔色をうかがってくる奏美。

 その芝居は、まるで現代にタイムスリップしてきたサムライのようだった。

 彼女の言わんとしていることを察して、俺は申し訳ない気持ちになった。


「えーっと、もしかしてだけど、この時代のタイムスリップものだと、そういうシーンは鉄板なのか?」

「う、うん」


 奏美は控えめに頷いた。


 やっぱり、そういうことらしい。


 俺は軽くため息をつきながら、説明した。


「悪いけど中世時代のサムライが現代、いや、二十一世紀にタイムスリップするのと、二十一世紀の人間が三十一世紀にタイムスリップするのはまったくの別物だぞ」


「何が違うの?」


 不思議そうに、俺の顔を覗き込んでくる。本人は無意識なんだろうけど、奏美は可愛いから、ちょっと得した気分になる。

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