第2話 千年の間に、男の人、絶滅しちゃったんだよね

 それから、AC国間の戦争は世界中に飛び火して、第三次世界大戦に発展した。

俺は一年近く訓練して体力と根性と仲間ができて、一年近く戦場で戦って多くを学んで夢ができて、気が付いたら目の前に奏美がいた。


 うん、肝心な部分がまるでわからん。


 特に、彼女の言っている意味がわからない。西暦三〇三〇年? そんなわけがない。


「そのギャグ、女子でも言うんだな。俺らもやったよ。クラスメイトがうたた寝から起きたら『お前はコールドスリープで一〇〇年寝ていたんだ。いまお前が見ているお前は録画したホログラム映像なんだ』てな」


「え? ギャグじゃないし守人が寝ていたのは千年だよ?」


 奏美はきょとんと小首をかしげ、ワンサイドアップの房が揺れた。可愛い。


「なんか記憶が曖昧だな。それで、俺はなんで倒れたんだ? 脳震盪? 爆弾で吹っ飛ばされたか?」


 体が五体満足であることを確認しながら尋ねた。


 人間は、強い衝撃を受けて気絶すると、前後の記憶が曖昧になる。


 訓練や戦場で、一部の記憶がなくなるのはよくあることだ。


 病人が着るような、緑色のガウンに包まれた体は五体満足で、どこも欠損していない。


 ――これは脳震盪パターンかな?


「うん、記録だと、戦場で脳に金属片が刺さったんだって。当時の技術だと取り除くのが難しかったから、冷凍睡眠させたみたい」


 ――そのギャグまだ引っ張るのか?


 しょうがないから、少し付き合ってあげることにした。


「へぇ、それで、なんで千年も放置されたんだ?」


「権利関係がわからなかったみたい。存在を知られていない隠し財産の相続権と同じかな。国との契約で守人は冷凍病院に無償無期限で預けられることになっていたんだけど、一〇〇年も二〇〇年も経ったら、たくさんいる子孫の誰に権利があるかわからないし、解凍してもいいか親族全員の許可を取ろうにも連絡のつかない人もいるし、また何年か経ってほとぼりが冷めたら、そもそも冷凍睡眠状態の親族がいるってことを子供に伝えないまま死ぬ人もいるし、そのまま放置されちゃったみたい」


 ――ほほう。社会問題を絡めてくるとは、なかなか作りこんだ設定だな。


 今の日本では、持ち主不明の土地問題が深刻化している。


 所有者が自身の資産を親族に伝えないまま死に、親族も土地の存在を知らないまま時が流れ、土地を買い上げたい政府が調査する頃には、権利者不明で宙に浮いてしまうのだ。


 そんな土地を全て合わせると、九州と同じだけの面積があるというから、もったいない話だ。日本は狭いのに。


「それで、なんで千年も経ってから解凍できたんだ? 親族全員の許可は取ったのか?」


 ここまで設定を作りこんでいると、魔が差してくる。

 どんどんツッコんで、設定の矛盾を突きたくなる。

 俺は欲望のままに、ニヤニヤと口元を歪めながら問いかけた。


「超法規的措置だよ」


 ――うわ、ここでなんでもありのご都合主義かよ。超法規的措置は卑怯だろ。


 と、俺はテンションを下げた直後、奏美はちょっと真面目な顔で語り始めた。


「今、日本は全世界から宣戦布告されているからね。アダマントの鉱脈がある日本は専用機の数が多いからなんとか凌げているけど、戦場はどこも防戦一方だから、戦力は一人でも欲しいの。守人って軍人なんだよね?」


「ああそうだ。自衛軍特殊部隊、特殊作戦群第十一小隊だ。ていうか、なんで全世界から宣戦布告されているんだよ」


 なかなかにぶっ飛んだ設定だと思いながら、俺は病室を見回した。

 千年後に、なにそれがあるわけないだろ、みたいなツッコミをするためだ。


「日本には希少金属アダマントの半分が眠るって言われているからだよ。国連が、アダマントの鉱脈を国連の管理下に置くよう要求してきて、日本がそれを断ったら世界中の国に宣戦布告されたの」

「アダマント? なんだそれ?」


 設定多いなぁ……。

 窓が無い……地下室か?

 それに照明が無いのに明るい……。

 影は床にできている。天井そのものが光っているのか?


「あ、説明が下手でごめんね守人。順を追って説明するよ」


 申し訳なさそうに声のトーンを落としてから、奏美は声を引き締めた。


「いま、戦場の主力兵器は、脳波で操作するブレインコンピュータ搭載のパワードスーツ、ブレインメイル、通称ブレイルなの」


 ブレインコンピュータによるパワードスーツは、俺の時代にもすでにあった。

 一部の国では軍用化に成功して、僅かながら実践投入もされ始めていた。


 ――それが普及したって設定なのか。


 超法規的措置を除けば、設定がいちいちリアルだな。と、少し感心する。


「どこの国も、ブレイルを兵士の基本装備に採用しているけど、一騎当千の力を持つ専用機の製造には、希少金属アダマントが必要なの」

「そりゃアダマント争奪戦になるわな」


 ――なんだこのベッド?


 背もたれが大きく倒れて、寝ると座るの中間みたいなベッドは、素材が妙だった。


 ――やわらかいな、シリコンか?


 違和感は、他の家具も同様だった。

 椅子やテーブルに、金属の光沢が一切ない。そして、継ぎ目も見当たらない。

 まるで、3Dプリンタで、最初からその形状に形成されたように見える。


「でも、いくら戦争だからって超法規的措置を発動してまで俺を起こすか? コスパ悪いだろ?」


 奏美はぎゅっと拳を作ると、瞳を輝かせながら、前のめりに詰め寄ってきた。


「そんなことないよ。だって守人は男の子だもん。男の人って、わたしたちよりも強いんでしょ? 守人が専用機に乗ってくれたら、一騎当千どころか万夫不当だよ」


「……え? ちょっと言っている意味がわからないんだけど」

「専用機の戦力は、配備数が軍事力に直結するって言われているの。戦うことに特化している男の人なら、きっと日本を世界から守る要になるって、上層部は判断したみたい」


「なんだ? 戦争でそんなに男手が死んだのか?」


 かの第二次世界大戦では、若い男の多くを徴兵し過ぎて、労働力が足りなくなったと言われている。


 ――今度はそこから引っ張ってきたのか? いちいちリアリティにこだわる子だなぁ。


「あ、そうか、そうだよね。ごめん、大事なことを言い忘れていたよ」


 拳を解きながら、奏美は恥ずかしそうに、目の下をほんのりの紅潮させてうつむいた。


 一度、顔に手を当てて、冷静になるためだろう、軽く息を吐いてから、姿勢を正した。

 けど一瞬、気まずそうに視線を逸らしてから、遠慮がちにくちびるを開いた。


「あのね守人……千年の間に、男の人、絶滅しちゃったんだよね……」

「……ん?」


 病室を彷徨わせていた視線を彼女に固定して、聞き返した。

 彼女も、俺としっかり目線を合わせながら、語気を強めた。

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