令和アンラッキーボーイ、目が覚めたら女しかいない世界が戦争しています!

鏡銀鉢

第1話 アンラッキーボーイに訪れた幸運

「わたしの名前は皆神奏美(みなかみかなみ)。君の新しい家族だよ」


 夢から覚めたように目を開けると、知らない少女が立っていた。


 花がほころぶような笑顔を見せながら、好意的に握手を求めてきた少女は、信じられないぐらい可愛いかった。


 どれだけ警戒心の強い男でも、彼女に声を掛けられれば心が緩んでしまいそうな、甘い顔立ちだ。


 柔和なたれ目は大きくて吸い込まれそうだし、ミルク色の頬はみずみずしくて、生命力にあふれた健康美を感じさせてくれる。


 やわらかそうな髪は、日本人には珍しい、キャラメルのような亜麻色で目を惹かれる。右側だけ、オレンジ色のリボンでまとめて、いわゆるワンサイドアップにしているから、その髪の房とリボンが印象的だった。


「はじめまして。皆神守人(みなかみかみと)だ。苗字が同じだけど、俺の親戚?」

「うん、そうだよ」


 彼女は明るい声で頷いた。


 ワンサイドアップがふわりと揺れて、思わず目で追ってしまう。


 俺は、背もたれを倒した椅子に座っていたらしい。上半身を持ち上げてから手を伸ばして、彼女の握手に応えた。


 やわらかくて暖かい、気持ちの良い手だった。

新しい家族、という言葉の意味はわからないけど、こんなにも可愛らしい子と一緒に住めるなら大歓迎だ。


 なんて、俺がドキドキとテンションを上げていると、彼女はウェルカムな声で言った。


「それと、遠い時代からようこそになるのかな。この、西暦三〇三〇年の未来に」


 ……………………………………………………は?


 俺は言葉を失った。


    ◆


 二〇二九年三月のとある日曜日。


 徐々に寒さが溶けて、春の接近を感じる今日。


 世間ではA国とC国の貿易戦争が激化して、このままでは本当の戦争に突入するのではないかと騒がれているけど、中学三年生の俺にはどうでもいい。


 大事なのは世界よりも、自分の進路だ。


 家族が見守る中、俺はリビングのソファに座り、スマホを睨みつけていた。


 今日は、志望校の合格発表日だ。


 一昔前なら、合格発表は高校の用意した掲示板に張り出され、受験者はエサを求める池の鯉のように群がりながら、血眼になって自分の番号を探したらしい。


 でも、今は合格者のスマホに合否メールが送信される時代だ。


 便利は便利だけど、こうしてまた日本の風物詩がひとつ消えるのだ。


 小学校時代、俺も一度くらい『山田の給食費を盗んだのは誰だ!?』というイベントに遭遇したかった。


 給食費の銀行自動引き落としシステムが憎い。あとなんで盗まれるのはいつも山田なんだ? 佐藤と鈴木も頑張れよ。頑張るって何を? それは知らないしどうでもいい。


 暇つぶしにくだらない独り相撲というか、独り千秋楽を頭の中で繰り広げていると、スマホから、今期覇権アニメのオープニング曲が流れた。俺の着メロだ。


 母さんと二歳下の妹と、今日のために会社を休んだ親父が、猫のような俊敏さで跳躍してきた。相変わらず落ち着きのない家族だ。


 けど、ツッコんでいる余裕はない。

 流石の俺も、緊張で心臓がドキドキのバクバクだ。


 俺が受験した正春学園は、制服がおしゃれで学校行事は毎年大盛り上がり、カップル誕生率日本最多とも言われる青春特異点だ。


 そのブランド力たるや、日本中の青春ハンターたちが、血で血を洗うような努力を結集して、カンニングや裏口入学を敢行するほどだ。昨年の検挙数は三桁にのぼった。


 一生に一度しかない高校生活のすべては、このメールにかかっている。

 そう思うと、自然とスマホを握る両手に力が入り、汗で滑りそうになった。


 ――神よ! 俺に一生に一度の慈悲を!


 かつてないほど真剣に願いながら、俺はメールを開いた。

 スマホの小さな画面に表示されていたのは――合格――の二文字だった。


「いやったぁああああああああああああああああああ!」


 両手で握るスマホを天井に突き上げ、俺は勝利の雄叫びを上げた。


 家族も、万歳三唱で喜んでくれた。


 正春学園は、日本中のむっつりガリ勉たちのせいで、年々無駄に合格ラインが上がり続ける超難関校だ。


 馬鹿に青春を送る資格はないのかと誰もが絶望する中、俺はめげず、諦めず、挫けずに勉強を続けた。


 雨の日も風の日も、クラスのアイドルが不良生徒とコンドームを買う現場を目撃した日も、アニメの推しヒロインが三話目で死んだ日も、実の妹がバレンタインにチョコをくれなかった時も、毎日勉強に励んだ努力が、いま、ここに報われたのだ。


 万感の思いを込めて涙を流す俺のわき腹に、妹が抱き着いてきた。


「お兄ちゃんおめでとう♪ あとこれ、恥ずかしくて渡せなかったバレンタインチョコ、遅くなってごめんね。でも手作りだよ♪」

「え!? マジで!?」


 スマホにラインのメッセージが届く。


『おい守人。俺らのアイドルの〇〇さんだけど、あの不良とは苗字は違うけど従兄弟同士で、しかもコンドームは〇〇さんの姉ちゃんに頼まれて買ったものらしいぞ』

「えぇ!? マジでぇ!?」


 テレビのニュースキャスターが原稿を読み上げる。


『人気アニメ、●●の最新話の内容が、ネット上にリークされるという事件が起こり、関係者は抗議文を発表しました。第三話で死んだヒロインが実は生きていたという重要な情報のリークに、監督は憤りを隠せないようです』


「えぇえええ!? マジでぇえええええええええええええ!?」


 なんという大逆転劇。

 なんという大番狂わせ。

 なんという大どんでん返し。

 最後の最後で、まさかまさかの怒涛の幸運ラッシュ。

 断言できる。

 俺はいま、世界一のラッキーボーイなのだ!


『緊急ニュースです。A国との貿易戦争が激化するC国が、正式にA国へと宣戦布告しました』


 あーはいそうですか。外国のことなんてどうでもいい。

あぁ、来月からは俺も青春特異点、正春学園の一員だ。


 胸はウキウキのワクワク、足は雲を踏んでいるようにふわふわと浮かぶような心地だった。


『また、続けて、A国の同盟国である日本にも宣戦布告し、え? なんですか? !?』


 ニュースキャスターが絶句した途端、テレビからミサイルの発射を警告するJアラートが鳴り響いた。


 まるで、怨霊のうめき声を電子音に変換したような、不気味な音に寒気が走った。


 テレビ画面上部に、地震速報のようなテロップが流れた。


『C国より、大陸間弾道ミサイルが発射されました。建物の中、または地下へ避難してください。繰り返します。C国より、大陸間弾道ミサイルが発射されました。建物の中、または地下へと避難してください』


「「「「えぇええええええええええええええええええええ!?」」」」


 俺ら家族は同時に悲鳴を上げた。


「うぉおおおお地下室はどこだぁ!」

「うちにそんなものはないでしょ!」


 一家の大黒柱と母さんは大混乱、妹の真守(まもり)はテーブルの下に頭から突っ込んだ。完全に地震と間違えている。


「落ち着くんだみんな! こういうときは落ち着いて対処法をググるんだ!」


 すぐさま【ミサイル 対処法】で検索して、最初にヒットしたサイトをタップする。


 すると画面は真っ白、中央では読み込み中を示すグルグルがいつまで経ってもグルグルしていた。


「駄目だぁ! アクセスが集中し過ぎて開けねぇ!」


『ミサイルは本州上陸で落下をはじめ、このままでは東京に落ちるとの予測です! 皆さん、すぐに避難してください!』


「うえーん、お兄ちゃーん、ひゃくじゅうきゅうばんって何番だっけぇ!?」

「ひゃくじゅうきゅう番だよ! あと消防隊員を呼んでどうする気だ!?」

「水でミサイルの火を消してもらうんだよぉ!」

「焼け石に水どころじゃねぇぞそれぇ!」


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 遥か彼方から、地響きのような音がして、俺らはビデオの一時停止を押したように動きを止めた。


 ――今のは?


 ちゅどーん、でも、ドカーン、でもない地味な音に、俺らは頭上に疑問符を浮かべた。


 答えを求めるように、家族四人で顔を見合わせてから、一斉にテレビのほうを振り向いた。


『情報が入りました。C国の発射した弾道ミサイルは、東京〇×区〇〇に着弾。ミサイルは核ミサイルではありませんでした。しかし、ミサイルの爆発で、東京〇×区〇〇の被害は計り知れません』


 母さんと、テーブルの下から顔を出した妹が、ぎりぎりと音が鳴りそうなぎこちない動きで首を回した。


「お兄ちゃん……たしか、そこって正春学園のあるところじゃなかったっけ?」

「あなた、たしか、あなたの会社も、あそこじゃなかった」

「「…………うん」」


 父さんの体が、劇的に崩れ落ちた。


 一瞬遅れて俺も意識が遠のき、視界がブラックアウトした。


   ◆


 結局、更地となった正春学園は自然消滅自然廃校。滑り止めで受けた高校もすぐ近くにあったため、俺は中学浪人生となった。


 しかし、そのタイミングで日本政府が自衛隊を自衛軍へと正式に変更し、軍事高校を開校。


 高校でありながら学費はタダどころか、給料が発生するとあっては、行かないわけにはいかない。


 俺が中学浪人生なら、父さんは中年失業者だ。

 母さんと妹のためにも、俺が稼がないと。


 可愛い妹のため、大事な母さんのため、俺は覚悟を決めた。決めたけど、一言だけ言わせて欲しい、いや、叫ばせて欲しい………………。



 とある山中で、迷彩服と鉄帽に身を包む俺は、重たい六四式小銃を抱え、息を切らせながら、仲間たちと斜面を駆け上がっていた。


 背後からは、一台のジープが土煙を蹴立てながら迫ってくる。

 ジープの荷台に仁王立つ教官は、柔道体型の肩を怒らせ、クマのようなひげ面から野太い声で俺らを罵倒してくる。


「休むなクソ共! いいか、貴様らは人間ではない! クソにたかるウジ虫がさらにヒリ出したウジのクソだ! この宇宙でもっとも劣った最下等汚物だ! ティッシュについたザーメンの成れの果てだ! 俺が憎いか? 俺もお前らが憎い! 俺の仕事は貴様らウジクソ共をいじめ抜いて切り捨て戦場に送り出すことだ! 貴様らが無様に命乞いをしながら死ぬ様を想像しながらファックするのが至上の喜びだ! せいぜいイイ声で鳴いて俺を楽しませろわかったかウジクソ共! わかったらレンジャーと叫べ!」

『レンジャー!』


「貴様らはなんだ!?」

『レンジャー!』


「楽しいか!?」

『レンジャー!』


「背中を撃つぞ!」

『レンジャー!?』


 俺の隣を走る男子の背中と尻に、プラスチック弾がめり込んだ。


 男子は飼い主に虐待を受ける子犬のように弱々しい声を上げて、列の先頭へと走り出した。


 続けて、俺の背中と尻にも、ムチで叩かれたような衝撃と激痛が走った。


「ぎゃあああ!」


 脊髄反射で全力疾走をする俺の背後で、教官はジープのエンジン音を唸らせながら高笑った。


「オラオラぁ! 最後尾の奴は漏れなくアナル処女喪失だ! 楽しいかぁ!?」

『レンジャアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 心の中で、俺は腹の底から感情を込めて叫んだ。

 神様! あんた絶対俺のこと嫌いだろ!?

 パーン!

 ぎゃあああああああ!


   ◆


 それから、AC国間の戦争は世界中に飛び火して、第三次世界大戦に発展した。


 俺は一年近く訓練して体力と根性と仲間ができて、一年近く戦場で戦って多くを学んで夢ができて、気が付いたら目の前に奏美がいた。


 うん、肝心な部分がまるでわからん。

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