第3話 私の勘ではそろそろ落ちます


 マルチアプリの電子ペットである熱帯魚を、AR――自分にしか見えない拡張現実――ではなく、MR――ウェアラブルデバイス使用者全員に見える複合現実――モードで侍らせながら、肩を竦めて語り出す。


「僕も少将はいい人だと思うし陰ながら応援もしている。上手くいけばいいなって思うよ。だけど巨大ロボの実用性についてはネットで議論が出尽くしているじゃないか。人型で高さのある巨大ロボはとにかく目立つから敵にすぐ見つかる。ホフク前進するなら最初から平べったい戦車でいいしね。しかも関節が多いせいで耐久性は低いし、正面やうしろの当たり面積、ゲームになぞらえて今は当たり判定って言い方をするよね、それが広すぎるから格好のマトだ」


 みるみる表情を沈ませる拓郎に、優馬は結論を告げる。


「見つかりやすい上に、攻撃を受けやすく、しかも耐久性が低い。それでも良ければ頼んでくれば?」


「か、神明、俺、やっぱやめとくわ、あはは」

「心配しなくてもお前を巻き込むつもりはねぇよ」

パイロットは美少女限定だし、と心の中で付け加えた。


「神明も死なないように気を付けてよ。君に死なれると夢見が悪い」

「ま、せいぜい頑張るさ」


 ミア姉の計画には批判的だけど、優馬なりに心配してくれているらしい。

 その友情を受け取りつつ、俺は愛希のクラスを目指した。


「よし優馬、こうなったら二人でナンパに行くぞ。キャサリン、ナンパスポットの検索だ」


 拓郎のすぐ傍に、身長二〇センチくらいの、爆乳爆尻ビキニスタイルの金髪美女型電子ペット、ならぬ電子パートナーのホログラムが現れた。


 自分の視界にのみ表示されるARモードではなく、周囲からも見えるMRモードで起動しているので、クラスの女子たちが身震いしながら去っていく。


 なのに、拓郎はそのことにまるで気づいていない。

 その様子を、優馬は他人事のように眺めている。


 俺は確信した。今日、あいつのナンパは失敗するだろう。

 そして、心の中で幸薄き拓郎の幸福を願った。


   ◆


 五分後、俺は一人で、基地の地下格納庫へと続く廊下を歩いていた。

 巨大ロボは、学園から近い格納庫に移動させたらしく、これからそこで試運転の予定だ。


 それと、俺が一人の理由だが……あれから皆恋のクラスへ赴くと、また昼間のように愛希が皆恋に抱き着き、肉体的な押し問答をしていた。


 正直、あそこに混ざる気はなかった。

 なので、一人で先に行っちまおうというわけだ。


「ん?」


 廊下の奥、格納庫のバカデカイ扉の前に、小さな女の子が立っていた。


 ふわふわの栗毛を、ワンサイドアップにまとめた頭の上では、電子ペットの、丸々としたリスがお昼寝をしている。


 誰だろう、と思って彼女の前に回り込むと驚かされた。


「た、立ったまま寝ている?」


 栗毛の少女は、長いまつげに縁どられたまぶたを下して、母親の膝の上かと錯覚するような穏やかな寝顔で、すやすやと眠っていた。静かな寝息が実に可愛い。


 あんまり可愛いので、このまま持って帰り家に飾って置きたくなるが、それは文明人の所業ではない。


 それにしても、本当に小さい。

 小柄な俺よりさらに小さく、制服は着ているけど、中一かと思ってしまう。


 が、彼女のバストがそれを許さなかった。

 前言撤回。この子絶対に中学生じゃねぇ。


 ロリ巨乳、と言うほど小柄ではないが、いわゆる、トランジスタグラマーだった。


 ちなみに、小柄でグラマーな女性を指す、トランジスタグラマーという単語は、今から一五〇年前に発売された、小型だけど高性能なラジオ、トランジスタラジオから派生した造語らしい。小柄だけど高性能、というわけだ。


 つまり、女性は巨乳のほうが高性能ということだ。異論は認める。

 などと頭の中で独り芝居をしている場合ではない。


「おい起きろ、変態という名の紳士や大きいお友達が来たら危ないぞ?」


 おりゃおりゃ、と彼女の頬を指で突ついてみる。

 なんてやわらかい、もちもちのほっぺだろう。


 あまり長く触っていると、クセになりそうだ。

文明人は欲望に屈しない。あと、三回でやめておこう。


 おりゃおりゃおりゃ…………おりゃ。


「んぅ?」

「ふどぅば!」


 変な声を上げながら指を引っ込めた。セーフセーフ、俺の文明人としての矜持は保たれた。四回目はぷにってないし、触れただけだし、三秒ルールだし。


 などと自分に言い訳をしていると、栗毛の少女は漫然とした動きで、まぶたを持ち上げた。とろん、とした目が、眠そうに二度、三度と瞬きをする。


 頭の上のリスも、目をパチクリさせながらあくびをした。

 どうやら、ユーザーの脳波に合わせて寝起きをするよう、設定されているらしい。


「ん?」


 そうして、眠そうな顔のまま、栗毛の少女は散々俺がぷにり尽くした左頬に手を当て、首を傾げた。


 不祥事がバレる前に、俺は文明人らしく事実の隠ぺい工作に走る。


「よう、どうしたんだお前こんなところで、お前も呼ばれたのか? 困るよなぁ、急に巨大ロボのパイロットになれとかさぁ」


 気を引けたらしく、彼女は頬から手を離して、俺のことを見上げてくる。


「ん、愛希に呼ばれた」

「愛希に?」

「なんと可愛い女子だ。名前はなんだい?」


 俺が聞き返した直後、コンマゼロ秒で何の前触れもなく、物音も立てずにミア姉が現れ、彼女を抱き上げる。俺とは反対に、右の頬を指で突っついている。


 愛希ほどではないが、ミア姉も結構な美少女好きである。


「その子は金森萌仲(かなもり・もなか)、私のクラスメイトで一番のお友達です♪」


 声をはずませながら、愛希が一人で現れる。

 当然だが、また、皆恋の勧誘には失敗したらしい。


「ほうそうか、それで、皆恋はどうだった?」

「ふふん、本番は明日です」


 愛希はにやりと笑い、ぎらりと目を光らせる。


「もう終わっているよ」


 俺は、さっき教室で目にした皆恋の拒否りっぷりを思い出しながらツッコんだ。


「私の勘ではそろそろ落ちます」

「その自信はどこから来るんだよ……」

「神は言っています、皆恋さんは私のモノだと」

「それ邪神だろ」


 脇を占め、両手を天井に向けた神様ポーズの愛希に言ってやる。

 それでも、めげることを知らない愛希は、嬉しそうに萌仲の両頬を同時に突っついた。

 さすがは愛希、俺やミア姉とはレベルが違うぜ。

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