第2話 ハニートラップがなくならない理由

 ランチセットに手を付けず、愛希は立ち上がると軽い足取りで食堂の奥を目指した。


 俺とミア姉も、迷わずそのうしろについていく。


「いやぁ、実はあの航空機メーカー粉道(こなみち)カンパニーのお嬢様で可愛くて射撃の得意な女の子がいるんですよ」


「へぇ、そんな奴がいんのか」


 俺と愛希は男女の双子だ。

 けれどクラスは別々で、お互いの交友関係には詳しくない。


 愛希は性格には難があるものの、成績優秀な優等生だ。そうした生徒と繋がりがあっても不思議じゃない。


「あ、いましたよ、ほら」


 笑顔の愛希が、手を伸ばしてとある人物を指し示した。


「あの食堂の一番奥のトイレの横の日の当たらない暗くて壁に向かって座る席で独りで食べているのが粉道カンパニーのご令嬢、粉道皆恋(こなみち・みなこ)さんです」

「ボ、ボッチ飯!?」


 皆恋は、ロングツーサイドアップの綺麗な金髪で、後ろ姿だけでプロポーションの良さが分かる。なのに、その背中は酷く寂しそうだった。


「お前あの子と友達なのか? て、あれ愛希は?」

「皆恋さぁ~ん♪」


 いつの間にか、愛希は皆恋に飛び掛かり、ためらいなく背後から抱き着いた。


「ひぃっ、また来たわね! なんでアンタはいつもいつもアタシにつきまとうのよ!」


「え~、そんなの皆恋さんが可愛いからに決まっているじゃないですかぁ~、仲良くしましょうよう♪」


「や、やめなさい。アタシにそっちの気はないんだから!」

「そっちの気ってどっちの気ですか? ちゃんとその可愛いお口で言ってくれないと分かりませんねぇ、ん~?」


「ひえええ!」


 皆恋に抱き着き頬ずりをしながら、愛希はみるみるテンションを上げていく。


 これが、超絶美少女愛希の美点全てを台無しにする欠点の二つ目だ。


 愛希は、超がつく美少女好きなのだ。


 ブラコンなのに美少女好き。もう、何がなんだか分からないし、ミア姉は巨大ロボマニアで妹の愛希は美少女好き、お前らそろいもそろって性別間違っているだろ。


「もう、照れちゃってぇ♪ ところで皆恋さん、今、私たち、巨大ロボのパイロットを探しているんですけど、興味ありませんか?」


「ないわよ。アタシは来年、二年生になったら空軍コースに入るのよ。巨大ロボになんて乗っている暇ないわよ!」


 目を吊り上げて声を荒らげる皆恋に、愛希は食い下がる。


「来年からなら今年ぐらい巨大ロボの操縦をしてもいいじゃないですかぁ」

「一年生の今のうちからシミュレーターで慣れておいてライバルと差をつけるのよ!」


 そう言って、皆恋は愛希を振りほどくと、親の仇のように睨みつけながら手で、しっしっ、と追い払う。


 その仕草をリアルでやる人、初めて見たぜ。


 しかし、けんもほろろに追い返された愛希は、大漁旗を掲げる漁師のように得意満面だった。


「ふふふ、勝負は放課後ですね」


 ミア姉とは違い、ぎらり、と妖しく目を光らせる愛希。


「お前にどんな勝算があるんだよ?」

「甘いですね兄さん、説得とは断られるところから始まるものですよ。つまり! 現段階ではまだ勝算しかないのです!」


「ミア姉、愛希は軍人にしちゃ駄目だと思うんだが?」

「そうか、ワタシも勝算は十分にあると思うぞ?」


 純真な瞳を光らせるミア姉に、俺は血の気が引くのを感じた。

 そういえばミア姉も同類でしたねはい。

 こんなことで、本当にメンバーなんて集まるのか?


 能天気姉妹の間に挟まれ育ったが故、逆に常識人となった俺の肩には、ずっしりと重たい不安がのしかかるのだった。


   ◆


「おい神明、街にナンパ行こうぜ!」


 その日の放課後、悪友もとい馬鹿友の田山拓郎から声をかけられた。


 ミア姉といい、何で俺はこう、突飛な提案をされるんだ?

「ナンパって、何で急にそんな話になるんだよ?」

「何でって決まってんだろ。この四月で俺らはクロガネ学園高等部、つまりは高校生だ。彼女の一人もいなくてどうするんだよ」


 うきうきしながらにやにやと笑い、拓郎は持ち前の不気味さを加速させていく。


「俺が何のために軍事学校に入ったと思っているんだよ、ずばりモテるためだろ? 古今東西戦時中は兵士がモテる、これが宇宙の法則だぜっ」


 腰に手を当て馬鹿な自論を展開する姿には、一種の同情すら湧いてくる。


「あのな拓郎、それはいわゆる、ただしイケメンに限るの法則だと思うんだ。つうか、お前中等部の頃モテてたっけ?」

「ぬぐっ!」


 拓郎は吐血を我慢するようなうめき声を漏らしてから、がくがくと膝を震わせた。


「ちゅ、中等部の頃は、そもそも彼女なんて作ろうともしていなかったし、負けてねぇし、戦ってもいねぇし……」


「モテない奴はみんなそう言うんだぞ?」

「うるせぇ、お前のせいでちょっと泣いちゃったじゃないかちくしょう! 高等部に行けば何かが変わる、そう期待して何が悪いんだ!」


「こんなことで涙を流す兵士になびく女はいないと思うぞ」


「ええい黙れ黙れぇ、とにかく今日はナンパに行くぞ! お前みたいに人畜無害そうな奴がいれば女子の警戒心だって解けるだろうしな!」


「いや、ここまで引っ張っておいて悪いけどパス。今日から放課後は巨大ロボの操縦訓練をしないといけないんだ」


 途端に、拓郎の涙が引っ込んだ。


「んあ? 巨大ロボって、確かお前の姉ちゃんの美秋少将が推し進めている新兵器計画だよな? あれって完成してんの?」


「まぁな、それで実戦投入のために、今日から俺がパイロット役だ」


「え~いいなぁ~。新兵器のテストパイロットなんて超面白そうじゃねぇか。女の子にもモテそうだし。俺、新兵器のパイロットなんだよね、新兵器の話、聞きたくないかい? とかなんとか言っちゃったりして」


「お前に軍の機密は握らせられないな……」


 ついへの字口になってしまうが、これは古今東西あらゆる軍隊が抱える問題だ。

 男という生き物は、とにかく女性の前でいい恰好をしたがる。

 男性軍人は、美女の前ではとにかく口が軽い。


 だからこそ、古来からハニートラップという、美人スパイはなくならないのだ。


「なぁ神明ぃ、少将に頼んで俺もパイロットになれないかなぁ?」

「やめたほうがいいよ」


 拓郎の猫なで声を遮ったのは、俺らの友人、藤野優馬だ。


 マルチアプリの電子ペットである熱帯魚を、AR――自分にしか見えない拡張現実――ではなく、MR――ウェアラブルデバイス使用者全員に見える複合現実――モードで侍らせながら、肩を竦めて語り出す。

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