巨大ロボが戦車より強い3つの理由!

鏡銀鉢

第1話 姉が巨大ロボマニア過ぎる!

「君、巨大ロボのパイロットにならないか?」


 日本軍の基地に併設されている軍事学校、クロガネ学園の食堂で、あり得ないスカウトを受けた。


 巨大ロボって……戦車の間違いじゃねえの?


 でも、俺の気持ちとは裏腹に、目の前のスカウトマン、ていうか、俺、希編神明(きあみ・かみあき)の姉ちゃんである希編美秋(きあみ・みあき)少将は、一点の曇りもない瞳を輝かせている。


 これは自慢だが、うちの姉ちゃんは凄い。

 飛び級して十四歳の時に防衛大学を主席で卒業。


 軍に入ってからはあり得ないほど活躍の場に恵まれ、その全てで空前絶後の武勇伝を打ち立て十五歳で少将、つまりは将軍にまでなった。


 年は俺の一つ上で、誕生日がくれば十七歳だが、その美貌とルックスは大人顔負けだ。


 腰まで伸びた髪は艶に富み過ぎて、日本における理想美である青みがかった黒、【濡羽色】に光っているし、凛とした勇ましさと自信に溢れ切った顔立ちには、どんな好色家も縮み上がってしまうらしい。らしいというのは、弟の俺には実感がないからだ。


 豊満過ぎるバストは、巨乳と呼ぶにはあまりにも大き過ぎるが、背が高く(俺より)足がすらりと長いから、【恵体】、という印象は受けても、決して不格好には感じない。

 

 紳士からおっぱい星人を経由して百合女子まで、あらゆる人を惹きつける。

だがでもしかし、だ。


 これほどの美点を、全て帳消しにするだけの欠点が、この人には二つある。

 その一つ目が……。


「パイロットって、何で俺が?」

「決まっている。君が乗ってくれないと、アニメみたいに巨大ロボを戦場で実用化するという私の野望が叶わないからだ!」

「握り拳を作って言うなよな……」


 そう、うちの姉は、超がつく巨大ロボオタクなのだ。部屋には巨大ロボのプラモやアクションフィギュアがずらりと並んでいる。


 そしてこの、十人が聞けば十人誰もが失笑を漏らすであろう妄言。けれど、それを実現してしまうのがこの人だ。


 十五歳で将軍となったミア姉は、十六歳のときに軍の技術開発局内に、巨大ロボ部門を創設した。


 それから一年、どうやらマジで巨大ロボを完成させてしまったらしい。

 夢は諦めなければ叶う、とは教育者が口にする戯言だが、ミア姉の前では笑えない。


 我が姉の無茶苦茶ぶりに、俺は昼食のとんかつ定食を食べる手を休め、ついへの字口になる。


「つうか、俺はいまだに巨大ロボ部門を作れたことが信じられねえよ。いくら少将だからって、そんな権限ないだろ。どうやったんだよ?」


「そこはほら、裏技でちょちょっとね♪」


「スポーツマンスマイルで言うセリフかよ。まさか書類の偽造なんてしていないだろうな?」

「ふっ、安心したまえ、この希編美秋、裏技は使っても不正はしない」


 白い歯を輝かせながら、ぐっと親指を立ててきた。

 不安しかないセリフだけど、この人が言うと安心できて、そのせいで不安になる。

 つまりまわりまわって結局不安しかないのである。俺の姉はそういう姉だった。


「それにこれも日本の為だ。君も、このパシフィック大戦における日本の戦況は知っているだろう?」

「それは、まあな……」


 二十二世紀に突入した現在、日本は太平洋の利権を巡る戦争に巻き込まれている。


 アメリカとカナダ率いる極西連合と、A国B国率いるAB同盟との争いだ。

 日本は中立を表明したのだが、【日本は兵器にも使える電子機器部品をアメリカへ輸出している】という理由でA国とB国が日本を攻撃し始めたので、流石に極西連合側として参戦せざるを得なかった。


 けれど、日本は野党の妨害で兵士と兵器の数が少なく国防力に劣り、さらに軍事大国であるA国とB国から同時に攻め込まれ、北海道の北半分をA国に、九州の南半分と沖縄県をB国に占領されているのが実情だ。


 ちなみに野党は、この大敗は与党が不甲斐ないからであり、責任を取って解散総選挙しろと声高に叫んでいる。


 政治に興味のない俺だが、人生で初めて総理に同情したくなった。


「今の日本に必要なのは現状を打破する新兵器だ。それも生半可な兵器ではない。戦争の在り方そのものを変えるような、革命が必要なのだ!」


 握り拳を二つも作る辺りから、ミア姉の熱意を感じる。

 でも、それが巨大ロボ作り、となると口角が下がる。

 

「けど、それでどうして俺がパイロットにならないといけないんだよ?」

 

 俺が疑問符を浮かべると、ミア姉は、よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに豊乳の下で両腕を組み、あごを上げてから得意げに語り始めた。


「前々から言っている通り、巨大ロボ製造は非難の的でね、戦車に比べて、やれ当たり判定がデカイだの、見つかりやすいだの、操縦が複雑過ぎるだの、関節が多く耐久性が低いだの、構造が複雑で製造コストがかかるだの、まあ出る杭は打たれるというやつだ」


「だからなんでそんなに自信たっぷりなんだよ」

「全て解決、またはデメリットを補って余りあるメリットがあるからだ!」


 のけ反り、組んだ腕の上で豊乳がはずんだ。

 育っている。去年よりも確実に。


 我が姉ながら、見事なふくらみだと、揺れが収まった後も三秒間、視線を固定した。


 その俺の視線を、ミア姉は良く通る声で強引に引き上げた。


「そして! このワタシのリンカーン大統領にも負けない弁舌により、四機の試作機を戦場に投入し、戦果を挙げれば正式採用するという約束を取り付けたのだ! だが、テストパイロットを務めていたワタシは将軍だからと前線で戦う許可が下りなくてね、代わりのパイロットを探しているのだよ」


「……なら大人の、現役兵士に頼めばいいだろ?」


「フフン、それが評論家気取りのネット民達のお祭り騒ぎが止まらなくてね。見つかりやすい、当たり判定が大きい、耐久性が低い、という指摘からパイロット殺し、自殺者専用マシンなどと言われたい放題なんだ」


 半開きになった俺の口から、暗い声が漏れ出た。


「まさか、みんなビビッて逃げていった……とか?」

「ビンゴ! 流石は我が弟だ」


 ミア姉の両手が拳銃の形を作り、ビシッと俺の心臓を指してくる。

 何がそんなに嬉しいんだか。


 決まってますよね、この人には、成功のロードしか見えていない。

 それも、物心ついた頃から、ずっとだ。


「そこで君に白羽の矢ならぬ白銀の弾丸が立ったと言うわけさバキューン♪」

 子供っぽく、両手の銃で俺の心臓を射抜くジェスチャーをするミア姉。撃鉄を現した親指をしっかり倒すあたり、芸が細かい。


「白羽の矢じゃなくてお鉢が回ってきたの間違いだろ?」


 本来はどちらも選ばれる、という意味だが、昨今では、前者はいい意味で、後者は悪い意味で使われる。


「ていうか、俺がミア姉の統括する巨大ロボ部門に入れば仕事中も一緒にいられるからってのが本音だろ?」


 俺がジト目で見つめると、ミア姉の頬が赤らむ。


「えっ、一日中お姉ちゃんと一緒にいたい? 君はとんだシスコン君だなぁ、ふふふ♡」


「言ってない言ってない」


 俺が顔の前で手を横に振ると、ミア姉はその手をぎゅっと握ってくる。


「無論、そんな私情だけでは選ばないよ。この希編美秋、私情で弟と寮やベッドやお風呂を共にしても、日本の命運を賭けた巨大ロボパイロットを贔屓で選ぶような女ではない!」


 声高らかに叫んだ。

 今日も、我が姉は全力で周囲の視線を集めていた。

 それでも誰も注意しないのは、これが平常運転だと誰もが知っているからだ。

 けれど、機密情報の自覚があるのか、今度は急に声を潜めた。


「実はコックピットが狭くて大柄な男よりも女子や君のように可愛い男の子のほうが都合がいい」

「悪かったな、チビでっ」


 いわゆる、苦虫を噛み潰したような顔で言ってやる。


 ぶっちゃけ俺は背が低い。女子並だ。そのせいで、姉さんと一緒に歩いていると十中八九、妹だと勘違いされる。


 確かに未だヒゲの生えない俺だけど、女子と間違えられるのは心外だ。


 ていうか、苦虫って虫は実在するのか?


 そこへ、自問する俺の思考をぶった切るようにして、元気な声が飛び出した。


「やりましょう兄さん!」


 ふにゅん、とやわらかい感触が頭にのしかかってくる。


「愛希(あき)?」


 俺の妹で、頭にのしかかるのは愛希の巨乳だ。


 結構な質量があるはずだけど、みずみずしく張りがあるので自重をしっかりと支え、俺の頭にかかる負荷は優しかった。そう優しかった。過去形なのは、愛希がわざと体を沈めて、俺の頭に重さを加えて来ているからだ。


 姉さんに対抗しているつもりらしく、愛希はよく俺にこういうことをしてくる。

ふっ、悪いな愛希、俺はこの程度じゃなびかないぜ。


 などと思いつつ、俺は巨乳の感触をしっかり楽しんでおく。


 女子のおっぱいにうつつを抜かすのは文明人にあるまじき蛮行だけど、姉や妹相手ならばただのスキンシップ。俺は知的で紳士的な文明人の矜持を保っていられる。


 愛希は、俺を十分楽しませてからおっぱいを下ろして、俺のすぐ隣に座り、ランチセットをテーブルに乗せた。


「新兵器のパイロット。これで普段兄さんのことを馬鹿にしている奴らを見返せます♪」


 正直、愛希の期待に、首の後ろが重たくなる。ブラコンの愛希は、俺のことを過大評価してくる傾向があるので、ちょっと申し訳なく思う。親の、うちの子はやればできる子理論である。


「姉さん、もちろん残り三機のパイロットに私も入れますよね♪」


 大きな瞳に星を散りばめる愛希に、ミア姉は大きく頷く。


「もちろんさ我が妹よ。本音を言うと、イメージ戦略の都合上、弟者(おとじゃ)以外は全員女子で固めたい」

「イメージ戦略?」


 俺が首を傾げると、ミア姉は顔を寄せてくる。


「ワタシの目的は、巨大ロボの実用化だ。頭の固い上層部を説得するには、戦果の他に、もう一つ、世論も味方につけたい」


「分かりました姉さん。つまりむさくるしいゴリマッチョたちではなく、私のような美少女がパイロットのほうがウケが良いと♪」


 この子、自分で言ったよ。


「その通りだ。軍の広報誌や会誌で我が愛する巨大ロボ達を紹介する時、おっさんと愛希、どちらが人々の賛同を得られると思う? むしろおっさんを選ぶ理由がどこにある!? いやない! あるわけがない‼」


 再びボルテージを上げるミア姉に、周囲から、またブラシスコン将軍が何か騒いでいるぞ、という視線が集まる。


 繰り返すが、ミア姉は顔もスタイルも実力も人類最高峰の超人だ。


 けれど、あらゆる美点を台無しにする二つ目の欠点、それが、重度のブラコンかつシスコンという点だ。


 以前、軍内部でも指折りの美形兵士がミア姉に告白したときのことだ。



「断る! 何故なら弟者以外の男とデートする意味が解らないからだ! 何? 弟と結婚する気かだと? 貴君は何を言っている? 確かに現代日本では同性婚に続き兄弟姉妹婚も認められるようになった。だがワタシは嫁の上位互換である姉だぞ? 結婚なんてして嫁になったら格下げではないか‼」



 流石に狂気を感じたね……。


 以来、ミア姉に告白する奴はおろか、狙う奴もいなくなった。


 愛希も、ミア姉の妹だけあって超がつくほど可愛いけど、限りなく同類なので誰も声をかけない。


 そう、愛希もトップアイドルが自信喪失するほど愛らしい顔立ちとサラサラのショートヘア、そしてグラビアモデルも脱帽するプロポーションの持ち主だけど、あらゆる美点を台無しにする欠点が二つある。


 一つはミア姉顔負けのブラコンで、もう一つは……。


「というわけで弟者、あらためて聞くが、巨大ロボのパイロットにならないか?」


 その声にハッとして顔を上げると、ミア姉が白い歯を光らせ微笑んでいた。


 それで俺は、ようやく真面目に検討し始めた。


 俺が軍に入ったのは、特にやりたい事もないし、ミア姉が軍人だからじゃあ俺も、という酷くいい加減な理由だ。


 このままだと、俺は陸軍歩兵科に配属されてライフル片手に戦場を駆け回ることになる。


 それが嫌なわけじゃないけど、夢ってわけでもない。

 なら、弟として困っている姉を助けるのも悪くないだろう。


「OK。やるよパイロット」

「兄さん♪」


 俺の了承を受けて、愛希は声をはずませ、ミア姉はガッツポーズを作る。


「よし、これであと二人だ」

「姉さん、それなら私に心当たりがあります。ついてきてください」


 ランチセットに手を付けず、愛希は立ち上がると軽い足取りで食堂の奥を目指した。

 俺とミア姉も、迷わずそのうしろについていく。

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