第6話 病院にて
病院に着く頃には日は完全に沈み、病室の明かりが不気味なまでに爛々と輝いていた。
風が吹き、汗をかいた体をなで、少し肌寒さを感じさせる。泉の家からこの病院までは意外に遠く、想像以上の時間がかかってしまった。
当然、診察時間も面会時間も終了していて、入り口は奥に薄ぼんやりとした光が見えるだけで鍵がかかっている。
結局、泉とは会えなかった事に、少し落胆する。泉は、この病院で入院しているのだろうか、あるいは、お見舞いに来ているのだろうか。考えたくはないが、あの女性に適当を教えられたという可能性もある。
どちらにせよ、今日はもう帰るしかない。もしかすると、案外普通に泉は明日学校に来るかもしれない。
そう分かってはいるつもりなのだが、何となく病院の周りを歩き出す。
しばらく歩くと、『立ち入り禁止』と掲げられた看板が目に入った。一つじゃない。二つ、三つ……。
暗がりの中、無数の『立ち入り禁止』が真っ赤な光を放っていた。
息を吸い込む。妙に冷えた空気が入ってきた気がして、肺がキリッと痛む。一歩、足が後ろに下がったとき、カンカンカンと静かすぎる病院で甲高い音が、した。
反射的に上を見上げた。病院内じゃない、非常階段だ。誰かが、非常階段を駆け下りている。
カンカンカンと音は止まない。チカチカと目の前の真っ赤な光が音に合わせて明滅しているように見える。
気がつけば俺は『立ち入り禁止』の看板を避けながら、前へ、進んでいた。
カンカンカンカンカンカンと鳴る音に合わせるように、足取りが速くなる。冷静な頭が、何してんだ、と訴えかけ、心臓が張り裂けそうな程だが、足が、止まらない。
音が、止んだ。
途端、異常な程の静寂が、途方もない重圧と共に襲ってきた。しかし、それも束の間の事で、バンッと蹴破るように、扉を開く音がする。
少し先の扉から少女が出てきた。扉の灯に照らされた少女の顔は、必死で悲壮で、そして、とても見覚えがあった。
「泉……」
口から名前がこぼれ落ちる。こんな小さな呟きが聞こえたはずもないのに、泉がこっちを向いたように見えた。
泉の何かを訴えかけるような瞳から一筋の涙がこぼれ、その口から真っ赤な液体が流れた。
「きっと私たちを助けてね」
その顔を見て、そんな言葉を思い出した。
泉の後ろの扉から、真っ赤に染まったナイフが見える。それを一回、二回と泉に突き立て、そのまま動かなくなった泉を扉の中に引きずって、ガチャリと鍵の閉まる音がした。
それを最後に、病院からは何の音もしなくなった。
泉が……殺された?
現実感が追いついてこない。随分と遠くから自分を見ているような感覚になる。ふらふらと、元来た道を、まるで今の出来事をなかったことにするかのように歩いている。
どれくらい歩いたのか。車が道路を走る音がして、ようやく現実というものに立ち返る。振り返れば、不気味に光り輝く病院が見えた。どうやら、俺はちょうど病院の敷地を出るところらしかった。
瞬間、感情の奔流が襲ってきて、俺は病院の入り口めがけて駆け出した。
ようやく追いついてきた支離滅裂な言葉が、切れ切れの息の隙間から出てきそうになり……
「律、こんなとこで何してんの?」
足が止まった。はち切れる寸前だった言葉達は、深い深い息となって、口から漏れ出ていった。
「……い……ずみ……?」
そこには泉が立っていた。当たり前だが、生きている。当たり前じゃないのに、生きている。
「……お前……どうして?」
「あー、私はちょっと病院に用あって。悪いとこがある訳じゃないんだけど……、まあ、学校休んだのも、そんな感じ」
泉は言いにくそうに頭をかく。違う、そんな普通の事じゃない。お前は……、
「……どうして生きてるんだ、いずみ……」
「何言ってんの、律。病院、紹介しようか?」
冗談めかして、泉は笑う。俺は先程から、少しも表情を変える事ができなかった。泉は、一つ大きな溜息を吐き、身を翻す。
「とりあえず、律は帰って休みな。私は、病院に用事あるから、また今度」
泉が病院に向けて歩き出す。
「おい泉、待てッ」
思わず出てしまった言葉と一緒に、俺も泉に向けて一歩を踏み出す。泉は立ち止まって、振り返った。
「どうして、止めるの?」
丁度、陰になっていて泉がどんな表情をしているのか、見えない。それでも、俺の足は止まってしまった。その言葉には、それだけの意味があった。
泉は続ける。
「病院に行くだけだよ」
クスリ、と漏れ出た笑い声にも、小馬鹿にした笑いにも、自嘲的にも取れる音を残して、泉は病院の中へと消えていった。
俺は、その場に立ち尽くしたまま動くことができなかった。
転校してきた超がつくほどの美人が俺にだけ電波な件 憂木 秋平 @yuki-shuuhei
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