第5話 何てことない平日
次の日、泉は学校を休み、NARUちゃんに関しても痕跡すら見つからず、そしてクラスの話題の中心が転校生から、終末思想に移った。
泉のいない一日は、想像以上に退屈だった。そんな事を学校の屋上から見える空っぽの泉の席を見ながら思った。
昼休み、屋上の手すりにもたれて、泉がいつも食べていたパンを食べてみる。それは、別に特別美味しいわけでもなく、ただただ安いだけであった。
パンを食べ終わり、ぼーっと窓から見える切り取られたクラスを見つめていると、ちりぢりだった生徒達が席に着き始め、チャイムが鳴った。
先生が教室に入ってくる。
ぽっかりと空いた泉の席と、その隣の席、そしてもう一つの空席を特に気にした様子もなく、先生は黒板にチョークで何事かを書き始める。
「屋上に、サボり、とても学生らしいわね」
背後から声がする。きっと来るだろう、とそんな予感はやはり当たっていた。
「俺たちは付き合ってるみたいだな。毎日のように授業抜け出して、逢瀬とか」
振り返ると、面白くもない俺の冗談にニコリと微笑んだ霞が立っていた。
「何しに来た?」
「超能力者は見つかった?」
馴染んだ言葉のように、霞はスラスラと超能力者と発音する。俺はそれに黙って首を横に振った。
「そう、見つかってないのね」
「……昨日、NARUちゃんが消えた。それも超能力の仕業か?」
霞は何も言わない。
「……霞、お前が超能力者なのか?」
やはり、何も言わない。
「……泉は、超能力と何か関係しているのか?」
「ねえ律君、本当に聞きたいのはそんな事じゃないでしょ?」
それは、あまりに正しすぎる言葉で、俺の頭の中にここ数日の事が溢れかえる。実在を問う書き込み、巨大な彗星、消えた霞、消えたNARUちゃん、そして泉の言葉……。
最後に、霞の奥にそびえ立った大きな電波塔が目に入った。
「俺は……俺は、この街で正しい道を歩めてるのか?」
「ええ、もちろん。あなたが、投げ出さない限り、信じ続ける限り、それは揺らがないわ」
霞は電波塔を背負いながら、ニコリと口の端を吊り上げる。その言葉は、魔法の電波のようで、ようやく俺に届いたような気がした。
ピンポーン、と甲高い音が響く。もう一度、ピンポーンと虚しく響き、チュッチュッとどこからか小鳥の鳴く声が聞こえた。
目の前の家を見上げてみる。大きくもなく、小さくもない。表札はかかっておらず、庭には三つ葉のクローバーが生い茂っていた。
先生に教えて貰った泉の住所がここであった。思い返せば、俺は泉の家の事を何も知らない。当然、何処に住んでいるのかも知らなかったし、どのような家族構成なのかも知らない。泉は、そういう話をしなかったし、俺もまた聞きたいと思った事はなかった。
太陽は沈みかけ、夕焼け色で住宅街を照らしている。その中で、長い影を伸ばし、俺は一人ポツンと立っていた。
もう一度、チャイムのボタンに手を伸ばそうとしたところで、ガチャと扉の開く音がした。
「お友達?」
隣の家から顔を覗かせた女性に尋ねられ、「そう、です」と歯切れ悪く返答する。
「ここの家、最近はあそこの総合病院に通ってるみたいよ」
チェーンの隙間から、人差し指を夕焼けの方に向ける。それを目で追ってみたが、眩しくてよく見えなかった。
再び、ガチャと扉の音がする。見てみれば、扉はもう閉まっていた。「ありがとうございます」と言うと、チュチュッと小鳥の鳴く声がした。
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