第40話
剣は駅前の広場を見た。移動開催のサーカス団が空き地に巨大なテントを設営し興行を催していたが、一年の予定が数年間居座っている。それほど盛況なようにも見受けられない。
今日はよく晴れている。川向こうの街並みまでよく見渡せた。バラック小屋に毛が生えたような家々が並んでいる。ゴミ溜めのようだと剣は思う。貧民窟だ。実際そこで暮らす者の多くは日々食うや食わずの生活を送っている。Z市の急激な成長から零落した不運の民。
剣の家もあの中にあった。父が清貧を良しとしていた人であり、市井のための弁護人であるならば市井の中で暮らさねばと云っていた。
今の自分はどうだ。剣は事務所を見る。
高層ビルの一角に事務所を構え、父が愛した地べたでの暮らしを日々見下ろしている。心根に嘘はない。華美な暮らしに憧憬の念を抱いているのでもない。ここからは街がすべて見渡せる、ただそれだけだ。父を尊敬している。ただ父の在り方と自分の在り方、法への向き合い方、市民との触れ合い方が違う。
正義を行使するには力が必要だ。それが職権に基づいたものでも、地位に基づいたものでも、財力でも腕力でも、なにかしら人を超えたものが要る。それは歴史が証明している事実。だから剣は、自分の正義を貫くために手に入れられる力はものにしてきた。寸暇を惜しんで身体の鍛練もしている。
午後六時。剣はボクシングジムに向かった。
その途中でパトカーが数台、赤色灯だけ回して静かに急いでいるのが目に入った。なにかあったようだと剣は乗っていたビエントの前輪をパトカーの進行方向に向けた。警察車両を追いかけている数台の車、隙間を縫うように走る原動機付自転車はマスコミかもしれない。
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黒夜叉 ダンゴムシ @cryvenom
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