氷海

PROJECT:DATE 公式

消費期限


インターホンを鳴らすと、

思っている以上にすぐさま扉が開いた。

まるで時間を予知して

その場で待っていたかのよう。

冬になったからか

それっぽく長袖を身につけている

一叶が立っていた。


一叶「ありがとう。どうぞ。」


蒼「出るのが早くないかしら。」


一叶「かくいう蒼だって時間ぴったりだよ。」


蒼「そうだけれど。」


一叶「まあまあ話は中でしようよ。」


蒼「そうね。」


つい昨日、11月が終わった。

それは11月まで更新した契約が

終了したことを意味する。

時間というものは

かけがえのないものと思うほど、

必死に生きるほどあっという間に過ぎては

2度と戻ってこない。


一叶の家はいつだか見た時は

植物の緑色があったのに、

今ではまたがらんとした

色味の少ない生活に戻っている。


一叶「そういえば、演劇の大会はどうだった?文化祭後にあったよね。」


蒼「知っているのね。話したかしら。」


一叶「話しても話していなくても知っているよ。」


蒼「…そうなのね。もう隠す気も取り繕う気もないと。」


一叶「無意味だからね。それで、大会はどうだったの。」


蒼「古夏にも出てもらって無事終えたわ。けれど一次の大会からの進出はできなかった。」


一叶「変わらず業務的だね。楽しかった?」


蒼「……えぇ、そうね。楽しかったわ。」


一叶「それならよかった。契約の更新を持ちかけて、延長期間に思い出ができたのなら本望だよ。」


蒼「…。」


文化祭が終わったあとと

全く同じような情緒で話す彼女は

やはり人間してみるならば

大切なものを落としているように見えた。


蒼「話に入る前に、少しいいかしら。」


一叶「もちろん。お茶でいい?」


蒼「話が終わればすぐ戻るからいらないわ。」


一叶「わかった。」


机の方へと促してくれたので、

そのひと席に腰をかける。

正面に一叶が姿勢を正して座る。

この人が…これが、

本当に人間ではないとは思いがたかった。


先月、槙悠里がTwitterで

津森一叶は犯人側の立ち位置におり、

その上でアンドロイドであると暴露した。

ネットで近況については

ざっくりと見ていたのだが、

ひとまず手出しすることもせず

…というよりかはできないに近く、

杏も含め様子見をしているらしい。


一叶「蒼が持ち出すんだ。さぞ重要な話なんだろうね。」


蒼「えぇ、必要な話ね。」


一叶「内容は?」


蒼「単刀直入に聞くわ。槙さんの言ったこと…殺人やあなたが人間ではない件は事実なのかしら。」


一叶「うん。」


笑むこともなく、

頷いて自らの行ったことを

悪びれもせず認めたのだ。

そもそもとして

法を犯すようなことを

するとは思っておらず、

何故ここまで正しくない行動を

しているのかがわからない。

…けれど、一叶にとっては

人間の正しさなど世界の中の

一存でしかないのだ。


蒼「…認めるのね。」


一叶「否定したって蒼は信じないよ。」


蒼「それもそうね。人を殺めているのなら何故捕まらないのかしら。」


一叶「簡単にいうと、現在の法の適応外だからさ。」


蒼「…未来から来たからということ?」


一叶「鋭い。向こうの人間は向こうの方では裁かれる。人間もある程度意思疎通の可能な機械でもね。」


蒼「ならば一叶は壊されるべきではないのかしら。」


一叶「私の所属する機関はとても大きなところなんだ。世界的発明を実現させたがため、この機関の実験は有意義なものであるとし、特別に許されている。…とはいえ、この実験に関してはほぼ個人の独断だけれど。」


蒼「そんなの間違ってるわ。」


一叶「そう思うよね。それがあるべき正義の考え方だ。君は正しい人間。」


蒼「…人が死んだという事実は残るわよね。」


一叶「未来の人間である以上、現代には残らない。さて、本題に入ろうか。」


一叶は近くに立てかけていた

タブレットを手に取り、

その画面をつけた。

思わず息を呑む。

リラックスして臨めばいいのに、

どうしても緊張して

肩に力が入ってしまった。


一叶「契約期間の延長が終わった。今後、蒼はどうしたい?」


蒼「私の意向なんて関係ないわ。ある事実を言ってちょうだい。」


一叶「わかった。蒼の契約は、12月下旬までの延長が可能ということになった。」


蒼「……12月まで。」


一叶「ただし、次が重要。」


蒼「…。」


一叶「今度は賞味期限じゃない、消費期限だ。長くても君の「それ」の話…契約は、来年度以降は使い物にならない。」


蒼「…卒業後の展望はないと言っていたもの。元々は夏で終わるはずだったのに、今も生活が続いているのは奇跡のようなものね。」


一叶「それでも延長する?」


延長したとしても

終わる未来が見えている幸せに

いつまでも縋り付いてしまうことになる。

だとしても、私はまだ

ここに立っていたいと

思ってしまっている。

自分の価値を見出したいと思ってしまう。

浅ましい。


古夏の演劇も見れてなお

何を望むというのだろう。

無意味に生きる1ヶ月に

何の意味があるのだろう。

そこに意味を見つけるのが一番いいのだろうが、

生憎私にはそれが難しい。


蒼「たまに思うのよ。誰にも望まれてない、いなかったことにされている自分が、こんなものまで偽造して作成して…何の価値があるのかって。」


一叶「そんなの、尊ぶべき命である以上、価値は無限にある。でも、蒼の場合は両親の大切な宝であるという大きな価値がある。」


蒼「その条件は満たしていない。」


小さい頃は、親がいた。

確かそのはずだ。

劇場に連れて行ってもらって

お芝居を見た記憶がある。

けれど、いつからかいなくなってしまった。

誰1人残さず煙のように消えた。


蒼「私がここに存在している以上、少なくとも親はいたはずよ。しかし、両親も兄弟も…家族どころか親戚すらいない。」


一叶「そうだね。」


蒼「会えないのかしら。」


一叶「会えない。」


蒼「…断言するならそうなのでしょうね。」


一叶「全てを信じてしまってもいいの?」


蒼「あなたのそういう性格、面倒だわ。」


一叶「言ってくれるね。もし両親に会えるとしても、それはまだ先の話だ。」


蒼「……もう亡くなっているのね。伝え方の趣味が悪いわ。」


一叶「何も亡くなったとは言っていないのに。とにかく、蒼は両親に大切にされていた。だからここに来ている。」


蒼「話したことがあるの?」


一叶「少しね。」


蒼「…。」


一叶「何の話をしたかは聞かなくていいのかい?」


蒼「あなたなら覚えているのでしょうね。」


一叶「もちろん。」


蒼「…聞かない。」


一叶「知ってた。」


蒼「この1ヶ月で親に会える可能性は。」


一叶「それは、正しさから聞いているんじゃないね。答えを知って生きる目標にして、悔いがなかったと思い込ませるためだけの機械的な考えだ。」


蒼「…これまでそうしてきたのよ。他の方法はわからないわ。」


一叶「ならこの1ヶ月弱、無意味に生きればいいよ。」


蒼「無責任よ。」


一叶「元からそう。契約は責任を持って行う。けれど、個人の精神的ケアまでは組み込まれていないからね。」


蒼「……。」


人でなし。

そう言おうとしたけれど、

感情論を削いで話すのは

私も同じようなものだ。

タブレットを操作する音がする。

そして再度12月下旬までで

良いかどうかを問われ、

たった今、突如生活が

終わることも覚悟していたのに、

まるで思考回路が途中で途切れ

判断能力が欠けてしまったかのように

ひとつ頷いていた。


無意味なのは元からだ。

そこに意味を作ろうと

勉強をひとつの基準として、

目標をクリアしていくことだけに

注力して生きてきた。

全て得たとしても

終わりは呆気ないものなのに、

こうももがいている自分が

1番人間臭くて嫌になる。


一叶「じゃあ、確かに。」


蒼「一叶は、この実験が終わったらどうなるの。」


一叶「また次の実験のデータを取る。それだけだよ。」


一叶は何とでもないことのように

平然と言葉にした。












氷海 終

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