第16話 災厄の果てに

 デモサリウスは呆然と辺りを見渡す。巨大なクレーターを中心に草木は薙ぎ払われ、生命の存在は一切感じられない。

 荒廃した地に一人残されたデモサリウスは心が真っ白になりそうになる。


「ユーナ……ユーナは……!」


 デモサリウスの意識を保ったのはユーナの存在だった。せめて彼女だけでも無事でいてくれ……。


「ユーナ! 返事をしてくれ!」


 この男が死んだことで、テレパシーも使用可能になっているはずだ。それなのに、何の反応もない。祈るような気持ちで転移魔法を展開し、トレイル王城へと転移する。


 ユーナに連れられて何度か訪れたことがある優美な王城は跡形もなく、ここにも巨大なクレーターがあるだけだった。

 デモサリウスは絶望を抱きながら、生きているものがいないかと、フラフラと飛行する。


 しばらく飛び回るが、やはり誰もいない。クレーターからかなり離れたところまで来ても、家は崩れ、通りがあったと思われる場所には人の死体が転がっていた。


 デモサリウスが動きを止めようとした時、彼方に小ぶりな砦があるのに気づく。ユーナは帝国への反抗作戦準備のため、王城を離れていたかもしれない。

 都合のいい見込みだと分かりつつ、一縷の望みを胸にデモサリウスは砦を目指す。


 遠くからだと外観は残っているように見えたが、近づいてみるとそこら中に穴が開き、砦は今にも崩壊しそうだ。瓦礫をかき分け、慎重に中を探る。


「ユーナ! ユーナ! いたら返事をしてくれ……! 頼むっ……!」


 デモサリウスの悲痛な声が空しく反響する。


 コツ、コツ、コツ


 どこかから小石をぶつけるような音が聞こえる。


「ユーナなのかっ! 誰かいるのか!?」


 コツ、コツ


 音がする方へ走り寄り、大きな瓦礫を片腕でどけていく。


「デモ、サリウス……」

「ユーナっ!!」


 そこには身体中が傷だらけで、息も絶え絶えな最愛の人の姿があった。


「今、回復魔法をかける!」


 デモサリウスが魔法をかけると傷口は塞がり、綺麗な顔が戻ってくる。しかしユーナの息は荒いままだ。

 致命傷を負った場合、見た目は回復したように見えても、生きる体力が残っていないことも多い。


「ダメだっ、ユーナ! 死ぬなっ……!」

「愛しい貴方……ねえ、ここは暗いわ……あそこに連れていって……」


 弱弱しくデモサリウスの頬に手を伸ばすユーナ。


「分かった……」


 張り裂けそうな胸の痛みをこらえながら、デモサリウスはユーナを抱え、二人で何度も過ごした野原へと転移する。


 色とりどりの花が咲き乱れ、優しい風が吹き抜けた野原は荒れ果てた荒野へと変わっていた。

 あの日、初めて唇を重ねた時に身を預けた小ぶりの木も、葉は全て吹き飛び大きく傾いている。


「他のみんなは……国はどうなったの……?」

 

 ユーナの問いにデモサリウスは答えることができない。デモサリウスの様子を見て、ユーナは全てを悟る。


「そう……私は国を、民を守れなかったのね……」


 ユーナの頬を涙が伝っていき、息もさらに荒くなっていく。


「すまない……俺はユーナを守れなかった……」

「いいのよ、デモサリウス。貴方は大丈夫……? 腕が……」

「こんなもの、なんてことはない」


 今なお、傷口からは血がしたたっている。大量の出血でデモサリウス自身も意識が朦朧としてくるが、ここで意識を失うわけにはいかない。


「いったい何が起きたの……?」

「帝国の神官が全ての元凶だ。でももういいんだ、ユーナ。奴は俺の親父が倒した。もう終わったんだ」

「良かった……これ以上の被害は出ないのね……」

「そうだ、だから、死ぬんじゃない、ユーナ!」


 デモサリウスの腕の中で、ユーナの体は徐々に温もりを失っていく。


「人間の姿の貴方も素敵だったけど、その姿もクールで惚れ直しちゃうわ……」

「これからもいくらでも見せてやる! ユーナの望みは俺が何でも叶える!」


 口角が上がり、普段の天真爛漫な女性の顔を見せるユーナ。


「もっと貴方と一緒にいたかった……貴方と共に、世界の平和を見届けたかった……」

「俺もだ、頼む、逝かないでくれっ……!」


 冷たくなったユーナの手がデモサリウスの頬を撫でる。


「ありがとう……愛して……る……」


 ユーナの手は力を失い、重力に従い地面へと落下する。


「ユーナぁぁぁぁ!!」


 デモサリウスの慟哭が荒野にこだまする。抱きしめたユーナの体は冷え切っており、全身の筋肉が弛緩し、だらんと垂れ下がる。

 ユーナは、デモサリウスが愛した女性は、死んだ。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 デモサリウスは生まれて初めて涙を流す。止めどなく溢れる涙、震える身体。胸にぽっかりと穴が開いたような感覚。

 この惨い現実を受け入れるのにどれだけの時間が経っただろうか。


 いっそこのまま俺もここで朽ち果てようか……そんな思いさえよぎる。

 しかし……! 俺にはユーナと共に夢見た世界平和を実現する義務がある。それに、命を懸けた父に報いるためにも魔王としての責務が待っている。


 デモサリウスは周囲に魔法をかける。剝き出しになった土から草が生え、花が息吹を宿す。周囲全てを復元するだけの力は残っていないが、二人を中心に在りし日の風景が蘇る。あの思い出の木も傾きが直り、緑の葉を揺らしている。


 最後の力を振り絞って木の根元に穴を掘る。ユーナを穴の中に寝かせ、デモサリウスは一輪の花をたむける。

 ユーナの綺麗なターコイズグリーンの目と同じ、スターチスの花を。


「愛している、ユーナ。いつかまた、会える日まで」


 ユーナの体に土をかけていく。最後に見たユーナの顔は、苦しみではなく、優しい微笑を湛えていた。

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魔王は世界平和を所望する ~チートスキルは滅びの力 それでも彼女は殺せない~ 黄金米 @koganemai_novel

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