第2ゲーム 新入生たちの実力(5)

 ミニマッチが終了し、勝ち点では結城と翡翠のペアがトップだったものの、個人得点では漆羽が圧倒的なリードを見せていた。結城は結果に満足げな笑みを浮かべ、いつの間にか新入生たちの輪の中心で盛り上がっていた。

 

「はー、すごいなあ。新入生うはうはだ」

 

 いおりはわざとらしく呟きながら、ちらりと三年生の先輩たちを見た。先程、結城たちと対戦したペアが悔しそうに結城を睨んでいる。その表情には、怒りと屈辱が滲んでいるのが分かる。


(これは…ちょっとまずいかも)

 

いおりは心の中で不安を感じつつも、口には出さずに視線をそらした。


「いおり〜、まだバテてんの?」

 

 振り向くと、翡翠が肩をすくめて笑っている。彼女はまだ試合の疲れが残っているのか、少し息を切らしながら近づいてきた。


「いや、なんかさっきのプレー見てると、余計に疲れたよ」

「うーん、でも、やっぱりああやって目立ってると、ちょっと怖いよね。新入生にもあんなに派手にやられて、先輩たち、どう思ってるんだろうね」

 

 翡翠が不安そうに周囲を見渡すと、いおりもちらりと周りを確認した。三年生の先輩たちの中には、特に結城に対して不満を漏らす者もちらほら見受けられる。

 

「まあ、あの性格だからね。本人は気にしてないんだろうけど……」

 

 いおりは肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。結城の性格は良くも悪くも奔放で、その明るさは同期たちには魅力的に映る一方、目立ちすぎる態度が先輩たちの反感を買うこともあるのだろう。


「でも、先輩たちが本気で怒ると厄介だよね」

 

 翡翠は小声で呟きながら、結城を囲む新入生たちの賑やかな様子に目を向けた。その中心で、結城が笑顔を振りまきながら話している姿は、まるでこの場を支配しているかのようだった。必然的に、彼が部活に入れば中心人物になることはまず間違いない。もしそうなれば、彼の影響力はどんな風に働くのだろう。

 それが何故か、あまり良いものでは無いような気がした。


「まあ、結城くんも試合の結果で文句を言われる筋合いはないだろうけど……」

「そうだね。でもウチ、あの子ちょっと苦手かも」

 

 翡翠が突然そう言い、いおりは驚いた。彼女が珍しく弱気な表情をしているのを見て、いおりは思わず声をかけた。


「珍しいね? あかりが人の悪口だなんて」

 

 いおりは冗談めかして言ったが、翡翠の表情は真剣だった。


「ま、アイツのお陰でウチも一応勝ってる感じにはなってるけどさ。アイツ、ウチをフォローしつつ完全に小馬鹿にしちゃってるんだよね」

 

 翡翠は不満そうに吐き捨てるように言った。その背後には微妙な感情が渦巻いているようだ。


「そうだったの?」

 

 いおりは少し意外そうに返す。結城の言動が目立つ中、翡翠があまり言わないようにしていた部分があるのだろう。


「うん。アイツ、ウチがちょっと足を引っ張ると、すぐに『ほら、できるじゃん』って感じでフォローしてくれるんだけど、そのフォローがなんか軽くてさ。別に見下してるわけじゃないんだろうけど、それがすごい気になっちゃって」

 

 翡翠は肩をすくめながら、言葉に迷いが見える。普段はあまり気にしないようなことでも、こうして言葉にするとどうしても気になってしまうのだろう。


「ふーん…でもあかり、けっこうポテンシャルあるしなぁ。それに、何だかんだ言って、結城くんとの相性は悪くなかったんじゃない?」

 

 いおりが少し言葉を選びながら言った。結城が目立つことが多かったが、翡翠もまた自分の実力を出しきれていないだけで、決して悪いペアではなかった。


「まぁ、それは否定しないけどさ。ちょっと気になるんだよね…ウチ、そんなふうに思うの、結城くんくらいかも」

 

 翡翠は少し苦笑して、最後にもう一度結城を見た。どこか冷静にそれを受け入れるかのような表情だったが、その裏には隠しきれない苛立ちも感じられる。


「なるほどね。結城くん、ちょっと調子に乗ってるっていうのも分かるけど、まぁそれがあの子の個性って感じもするし」

 

 いおりが静かに言うと、翡翠はため息をつきながら呆れたように首を振った。

 

「分かってないなぁいおり。ウチが言ってんのはもっと中身の話だよ」

「中身?」

 

 いおりが首を傾げると、翡翠は声を小さくしていおりの耳元で囁いた。

 

「さっきもだけど、会話が結構エグかったもん。多分アイツ、相当遊んでる」

「エグかったって?」

 

 いおりは興味津々で聞き返すと、翡翠は少し躊躇いながら答える。


「なんていうか、こう…恋愛的な?」

「…ああ」

 

 いおりはすぐに察したように肩を竦め、少しだけ深くため息をついた。


「やっぱりか――さっきの、彼女云々の会話で嫌な感じはしてたけど……なるほどね。ウチの部停中の元エースみたいな感じなのね、あの子」

「そーゆこと。昨日からずっと嫌な勘が働いてたんだけど、色々聞いて的中だよ。ねえ、イマドキの男子高校生って皆ああなの?ウチ、ちょっとしか聞こえなかったけど引いちゃったもん。セフ…やっぱ、これ以上はやめとく」

 

 翡翠は少し言葉を飲み込んで、顔を赤らめた。いおりは少し笑いながら言った。

 

「まあ、今どきの男子はそんな感じかもね。言葉に出してるのはあんまり良くないけど、どうしても盛り上がっちゃうのかな。でも、もうちょっと見守ってみよ。過剰に反応しても仕方ないし」

「そ、そうだね、今はまだ新入部員だからね」

 

 二人は軽く肩をすくめ、再び彼らに目を向けた。結城の動きは依然として目を引くものだったが、その背後に広がる少し不安な予感が、いおりの心に影を落としていた。そんな空気をよそに、結城は他の新入生たちに向けて声を上げた。


「よーし、せっかくだから誰か俺とラリーしようよ!」


 その明るい調子に、少し後ろで見守っていた女子新入生たちが笑顔を浮かべる。結城を取り囲む輪が広がり、体育館の中の空気がわずかにざわつく。それを遠目に見ていた鷲見が、明らかに不満げな表情を浮かべてラケットを握り直し、そのまま給水所へと向かって行った。


「遊びじゃないのにね」


 去り際の彼女の低い声は、近くにいたいおりにだけ届いた。体育館に響く結城の笑い声が、どこか遠く感じられた。 いおりは目を細めながら言葉を続けた。

 

「ただあの子の場合、態度が火に油を注いでるっていうか……試合のやり方が、良くなかったかもね」

「いや、良いふうに言い過ぎ。最悪だったでしょ、態度」

 

 翡翠の呆れたような目に、いおりは思わず視線を逸らした。確かに、結城を擁護しすぎな点は自分では否め無かったが、事実として、いおりにとって『態度が最悪な後輩』はたった一人。漆羽のみなのである。

 

「それに比べて漆羽くんは、全然目立とうとしないよね。圧倒的なプレーなのに、あんなに静かで落ち着いてて……」

 

 翡翠は遠くで黙々とシャトルの片付けをしている漆羽の姿に目をやった。その背中は、結城のように華やかではないが、逆に一種の威圧感を漂わせている。


「そーだね。ホント喋らない方が良いかもね、ヤツは」


 いおりは少し声を低くして言った。

 

「あいつのスキルと才能だけは確かに認めるよ。けどね、ホントそれだけって言うか。今回勝てたのも、鷲見さんがずっとペアのフォローで疲れてたのと、なるべくペアの子に打たせてあげようと動いてたからね。その点、漆羽くんなんて今回完全に独壇場だったよね。シングルスプレイヤーとしては凄いけど、ダブルスでそれはどうかなあ」

「いおり? なんか顔怖いよ?」

 

 翡翠に指摘され、いおりはハッとして表情を緩めた。


「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……まあ、元先輩として色々思うことがあるわけですよ」

「元って、今もだろ」

「まあ、なんか気になるんだよね、漆羽くんって。危なっかしくて」

「危なっかしい?」

 

 翡翠は首をかしげながら尋ねる。その視線の先には、相変わらず無言でシャトルを片付け続ける漆羽の姿があった。


「うーん……なんて言うか、漆羽くんて、色々と勝手に期待されるんだよね」

 

 いおりは腕を組みながらぼんやりと答えた。

 

「プレー自体は文句なしに凄い。でも、私生活とか人間関係への熱量を全部バドとか、試合に向けているっていうか――ああいう人が本気で動き出したら、ちょっと怖いなって思うんだよね」

「……それ、褒めてるのかディスってるのか分かんないんだけど。でもまあ確かに、あのプレー見てりゃ底知れなさみたいなのは嫌でも感じるよね」

「そう、そんな感じ」

 

 いおりは頷きながら続けた。

 

「だから逆に、結城くんみたいに分かりやすい奴の方がいっそ安心できるんだよね

「結城くんが安心できるって、いおりも随分と大人になったね」

 

 翡翠は苦笑しながら返す。

 

「なるほどねぇ、ウチの目線的には漆羽くんはめっちゃ礼儀正しい後輩に見えたけど、実は本性があると!そして、それを知っているのはいおりだってことね」

「……もう、何を聞いてたらその結論になるの」


 翡翠が笑いながらそう言うと、いおりもつられて苦笑した。

 すると、不意に体育館の隅で小さな物音がした。二人がそちらに目を向けると、漆羽が片付けを終えたシャトルのケースを静かに置き直しているところだった。彼は一瞬こちらに視線を向けたが、すぐに何事もなかったかのようにその場を立ち去った。


「……ねえ、漆羽くんって、こうして見ると結構孤立してるのかな」

 

翡翠が小声で呟いた。

 

「誰とも特に話さないし、新入生とも距離を置いてるよね」

 

 その時、突然結城の明るい声が体育館に響いた。


「漆羽ァ、そんなとこで一人で片付けてないで、みんなで話そうぜ! 楽しいぞ!」


 結城が笑顔で漆羽を誘うが、漆羽はちらりと彼を一瞥しただけで、無言のまま体育館を出た。水分補給に行ったようだ。その態度に一瞬、新入生たちの笑い声が止まり、微妙な空気が流れる。


「……ああいうとこだよね」

 

 いおりが小さな声で呟くと、翡翠は苦笑いしながら同意した。結城はしばらくその場に立ち尽くしていたが、すぐに取り直して新入生たちとの会話に戻った。その背中には、ほんの少しだけ気まずさが漂っているように見える。


「なんか、この二人が同じ部活にいるって、絶対いつか大変なことになるよね」


 翡翠がため息交じりに言うと、いおりも心の中で同じ予感を抱かずにはいられなかった。


「なあ、お前ら」


 振り向くと、先程結城たちと対戦していた三年生の先輩が、険しい顔つきでこちらに近づいてきた。その視線は明らかに結城ではなく、いおりたちに向けられている。


「ちょっと話があるんだけど、いいか?」


 その言葉に、いおりは内心の不安が現実になったことを悟りながら、軽く翡翠の袖を引いた。翡翠も状況を察したのか、緊張した面持ちで先輩を見上げた。


(面倒なことにならなきゃいいけど……)


 いおりは静かに息をつき、状況を見極めるため、先輩の言葉を待つことにした。先輩の険しい表情に、いおりと翡翠は無言のまま視線を合わせた。体育館の空気は一瞬で張り詰め、結城を囲んでいた新入生たちの笑い声も、どこか遠くに感じられる。


「お前ら、結城に一言言っとけ」

 

先輩の低い声には、苛立ちがにじんでいた。

 

「俺らがどれだけ我慢してると思ってんだ? あんな態度、他の下級生が真似したらどうなるか考えろよ」

「……すみません、でも結城くんは、まだ体験入部だし……」

 

 翡翠がおずおずと口を開くと、先輩は鋭い目で翡翠を睨んだ。


「そういう問題じゃないんだよ!」

 

 先輩の声が少し大きくなり、周囲の視線がこちらに集まる。いおりは翡翠をかばうように前に出た。


「すみません、先輩。後で結城にちゃんと言っておきますから。今日はこれ以上、場を荒らしたくないんです」

 

 いおりはできるだけ穏やかな声で応じたが、内心では冷や汗をかいていた。このままでは、結城への不満がさらに爆発するかもしれない。


「……まあいい。お前らが責任持ってあいつをちゃんと注意しろよ」

 

 先輩は苛立ちを抑えきれない様子で吐き捨てると、仲間の三年生たちを引き連れて去っていった。


「はぁ……」

 

 翡翠はその場にしゃがみ込むようにして小さくため息をついた。

 

「なんか、結城くんのせいで私たちまで巻き込まれてる気がする……」

「まあ、今回は、さすがに調子に乗りすぎたかも」

 

 いおりは結城の方をちらりと見やった。まだ新入生たちに囲まれて笑顔を見せている結城には、先輩たちの怒りなど微塵も感じられないようだった。

 その時、不意に背後から静かな声が響いた。


「結城に何か言ってたんですか?」


 振り向くと、そこには漆羽が立っていた。彼はいつもの無表情で、試合後とは思えないほど整然とした姿でいおりたちを見下ろしている。


「いや、結城くんが目立ちすぎて先輩たちがちょっと怒ってただけだよ」

 

 いおりは苦笑いを浮かべながら答えた。しかし、漆羽はその言葉を聞いても特に表情を変えることはなく、ただ冷静な目で結城の方を見やった。


「結城には注意した方がいいですね。あいつ、バドミントンなんてする気なさそうだし」


 漆羽の言葉に、いおりは一瞬言葉を失った。翡翠も同じく、漆羽の意外な言葉に驚いた表情を見せる。


「……そんなこと言うなんて、ちょっと意外だな」

 

 いおりは目を細めて漆羽を見た。しかし漆羽はそれ以上何も言わず、静かにその場を去っていった。

 

 彼の背中を見送りながら、いおりは何とも言えない不安感を覚えた。それは漆羽の冷静さが、まるで結城の行く末を予見しているように感じられた。


 翌日。いおりが部活の準備をしていると、部室前が普段より騒がしいことに気がついた。新入生たちの静かな談笑が日常の風景だったが、今日は様子が違う。多くの声が入り混じり、笑い声や喧騒が絶えず響いている。


「あれ、今日はやけに賑やかだね」


 翡翠が不思議そうに呟く。いおりも目を向けると、結城を中心にした輪ができていた。新入生たちが彼の周囲に集まり、見慣れない女子たちの姿もちらほら見える。彼女たちは笑顔で結城に話しかけ、彼の軽い返事や冗談に楽しそうに笑い声を上げていた。その光景は部活というより、まるで結城のファンクラブの集会のようだった。


「あれ、完全に結城くん目当てじゃない? これ、部活として大丈夫なのかな」


 翡翠が半ば呆れたように言う。いおりはラケットケースを肩にかけながら、眉をひそめた。


「うーん、鷲見さんがこれ見たら、確実に雷落ちるよね」


 翡翠の言葉に同調し、二人はその輪に近づかず体育館へ向かった。


 体育館では、すでに数人の部員が練習を始めていたが、どこか集中力を欠いた様子だった。原因は明らかだ。遅れてやってきた新入生たちはラケットを手に持ちながらも雑談を続け、練習に加わる気配を見せない。結城を囲む女子たちは体育館の隅でスマホをいじりながら笑い声を上げ、まるでここが遊び場のような振る舞いをしていた。


「これは……やばいね」


 翡翠が小声で漏らしたその時、鷲見が体育館に入ってきた。真剣な表情で部員たちを見渡し、結城を中心とした雑談の輪に目を向けると、鋭い声を響かせた。


「ちょっと! 何をしてるんですか! 練習始まってるのに固まって話してる暇なんてありませんよ!」


 その声に場が一瞬静まり返る。女子たちは気まずそうに散り、結城も軽く苦笑いを浮かべながら手を挙げた。


「すいませーん、先輩。みんなまだ緊張してるみたいで」


 軽い言い訳に、鷲見は一瞬言葉を飲み込んだが、その表情には明らかな苛立ちが浮かんでいた。


「緊張してるなら、なおさら手を動かしなさい!」


 一喝に押され、結城たちは渋々コートへ向かうものの、どこか不真面目な態度は変わらない。結城の後ろをついていく女子たちは相変わらず彼とのおしゃべりに夢中で、練習中も笑い声が絶えなかった。鷲見はそんな様子をじっと見つめていたが、その表情は険しさを増すばかりだった。


「本当はもっと厳しく言いたいんだろうね……でも、せっかくの新入生を失いたくないからあれでも我慢してる」

「うん……鷲見さん、すっごく悔しそう」


 いおりはラケットを握り直し、苦々しい表情を浮かべながら呟く。翡翠も悲しそうに呟いた。

 その後も練習はぎこちない空気のまま進行した。結城を中心とした新入生たちの散漫な態度は変わらず、真面目な部員たちの士気にも悪影響を及ぼしていた。鷲見が声を張り上げて指導しても、緊張感のない雰囲気に飲まれた部員たちはどこか動きが鈍く、空気を立て直すのは難しそうだった。


「――みんな、聞いて! 部活は遊びじゃないの。本気でやる気がないなら帰りなさい!」


 鷲見の怒声が響き、空気が一瞬凍りつく。しかし、それも長くは続かなかった。一部の新入生が冷ややかな態度を崩さず、小声で笑い合い、結城の取り巻きはさらに増長しているように見えた。


「すみませーん、まだ私たち体験入部なんでぇ」


 結城の後ろにいた女子の一人が皮肉めいた声で返し、他の部員たちは息を呑んだ。さらに結城も、


「まあまあ、最初から全力とか無理でしょ?無理すんなって」


 軽い調子で彼女に同調し、再び輪の中からクスクスと笑い声が上がる。その態度に鷲見は明らかに苛立ちを隠せず、深く息を吸ったが、何かを堪えたのか、言葉を飲み込んだ。いおりはそんな様子を見ながら、内心で危機感を募らせていた。この雰囲気が続けば、部の秩序が崩壊するのも時間の問題だ。


「どうするべきかな……」


 翡翠の呟きに、いおりは答えを出せないまま拳を小さく握った。

 

 帰り道、いおりと翡翠は並んで歩きながら、どちらともなく深いため息をついた。


「……が帰省から戻ってきたら、少しは空気が変わるのかな」

 

 翡翠がぽつりと呟いた。


「それが一番の希望だよね」

 

いおりが答えたその時、背後から新入生たちの話し声が聞こえ、二人の足が自然と止まった。

 

「なんだっけ、あの人――鷲見さん、だっけ。ほんとやりすぎでしょ。部活って、もっと楽しくやればいいのにね」

「てか、部員がいないのになんであんな偉そうでガチなわけ?ああいう人、マジで無理」

「つーか、むしろ辞めたのってあの人のせいなんじゃね? はは、確かにアレじゃ無理だなぁ」


 軽薄な声が風に乗って耳に届く。いおりと翡翠は思わず身をひそめた。角から見えたのは、体験入部の新入生たちの姿。結城を中心に、彼らは楽しそうに笑いながら話している。


「一個上の代は顔面偏差値高いって聞いたし、お前らがバド部入りたいって言うからそれ目当てで来たのに、なんかバカそうな女とうるせぇババアしかいねぇし」

「ババアって、ひっど! 2個しか変わらないじゃん!」

「てか結城くんがいれば、あんなの無視しても大丈夫でしょ。絶対一番強いし」

「ったり前じゃん。よゆーすぎ。つか普通、男女混合って聞いたら部活って思うくね?」

「言えてるー!じゃあさ、正式に入部したらあのババア追い出して、私たちが乗っ取ろ」

「いーねそれ」


 いおりの胸がぎゅっと締め付けられる。昨日、「むしろ安心できる」なんて思っていた自分が恥ずかしく、情けなかった。彼がこんな言葉を吐く連中と楽しげに笑い合う姿を見たくなかった。けれど、耳を塞ぐわけにもいかず、ただ立ち尽くしている自分にも苛立ちを覚えた。


「……行こう」

 

 新入生たちが通り過ぎた後、いおりは静かに口を開いた。


「……あいつら、新入生だからって何様のつもり?」

 

 怒りを隠せない翡翠の声に、いおりはそっと肩を叩いて歩き出す。


「言い返しても無駄だよ、今は」

 

 その一言に、翡翠は悔しそうに唇を噛みながら歩き出した。


「……言いたいことは山ほどあるけど」

「今は、ね。無駄に刺激を与えない方がいい」

「でも、あんなこと言われるのはやっぱりムカつくよ。何も知らないくせに」

「わかるけど……今は言うべきじゃない」


 いおりの言葉は冷静に聞こえるが、その奥には同じ怒りと後悔が渦巻いていた。結城の言動は決して許せるものではない。だが、同時に心のどこかで、「お前も同類じゃないのか」と囁く声があるように思えた。

 

 楽をしたい自分と、楽をしたい彼ら。

 その違いは、なんだろう。


 二人の背中に、結城たちの笑い声が夜風に乗って届く。それは、まるで二人を嘲笑うかのように響いていた。

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2024年12月12日 20:00

フライト・ゲーム 平成ソーダ割り @heysay_soda

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