第2ゲーム 新入生たちの実力(4)
試合は進み、結城のコートでは徐々に緊張感が高まっていった。相手は3年生のペアで、経験値では結城たちよりも上だ。結城のペアを組む翡翠は少し気後れしていたが、結城は余裕の表情を崩さない。
「おっと、これくらいかな?」
結城は相手の先輩が放った鋭いスマッシュを、余裕たっぷりにネット際でポンと返した。わざと力を抜いた返球に、先輩が少し苛立ちを見せる。
「……結城、ちょっと遊んでる?」
「えー、そんなことないっすよ~」
結城はにやりと笑いながら、再びネット際にシャトルを落とす。その様子を見た先輩が一瞬動揺した隙に、結城は今度は力強いスマッシュを決めてみせた。
「やった!ナイスー!」
翡翠が声を上げる中、結城は余裕たっぷりにラケットを肩に担ぎ、軽く一礼する。その仕草に、観客席の女子たちが再びざわついた。
「カッコいい……」
「え、もしかして結城って実はすっごく強いのかな?」
いおりはそんな様子を横目で見つつ、内心では少し苦々しい気持ちを抱いていた。
「大丈夫かな、あれ……」
いおりのコートでは、ペアの後輩が徐々に緊張を解き、少しずつ力を発揮し始めていた。いおりのフォローもあり、後輩の動きは格段に良くなり、観客からも応援の声が飛び始める。
その頃、結城はまた先輩をおちょくるようなトリッキーなショットを繰り出し、ついに先輩が苛立ち気味に声を上げた。
「おい、結城!ちゃんと真面目にやれ!」
「えー、ちゃんとやってますって。これも戦術っすよ」
結城の軽口に体育館中が笑いに包まれるが、観客の視線が結城にばかり向かっていることに気づいた鷲見は、軽く手を叩いて全体の注目を他のコートにも向けるよう促した。
「みんな、それぞれのペアが頑張ってますよ!視線は一つのコートに絞らず、全体を見てくださいね!」
その言葉に場の雰囲気が少し変わり、結城のコートへの集中も薄れていく。いおりは鷲見のその対応に感心しつつ、自分のプレーに集中し直した。
「じゃあ、私たちももう少し頑張ろうか」
「はい!」
後輩の力強い返事を聞き、いおりは再びラケットを構えた。試合はまだまだ続くが、いおりの中には少しずつ手応えと充実感が芽生え始めていた。
また、漆羽のコートでも激しい展開が繰り広げられていた。相手は副主将の鷲見であり、その存在感から結城とはまた別の形で注目を集めていた。
「来い」
鷲見のスマッシュが漆羽のコートに鋭く飛び込むと、観客が息を呑む。その瞬間、漆羽の目が鋭く光り、一歩前に踏み出してシャトルを捉えた。その動きは一瞬で、まるで軌道を完全に見切っていたかのようだ。シャトルを正確にとらえた漆羽の返球は、弾丸のような速さで相手コートのネット際に突き刺さった。
「すごい……!」
観客席から驚きの声が漏れる。鷲見の反応が一瞬遅れたのが分かった。漆羽のスマッシュはそのスピードが桁違いで、相手を後退させる力を持っている。それは彼の最大の武器だった。
「ナイスショット!」
ギャラリーの歓声が上がるが、漆羽は無表情のまま、一歩後ろに下がって冷静に次のプレーに備えた。その動きには無駄が一切なく、攻守の切り替えも非常に迅速。まるで精密機械のように正確だ。
「あと二点」
漆羽が静かに呟くと、鷲見の顔に焦りの色が見え始める。漆羽の俊敏さと力強さに、鷲見ですら対抗が難しくなっていた。しかも鷲見にはペアのフォローがあり、それがさらに彼の優位を確固たるものにしていた。事実上、この試合は鷲見と漆羽のシングルス戦のような様相を呈していたが、それこそ漆羽の得意とする展開だった。
「早すぎませんか……漆羽くんのスマッシュ」
隣の後輩が思わずつぶやく。それを聞いたいおりが苦笑しながら答えた。
「まぁね、あれがあの子の本領発揮だよ。スピードと瞬発力だけなら、あいつは私が知ってる選手の中でもトップクラスだし」
再び、漆羽がシャトルを捉えた。鷲見はディフェンスを固め、ネット際でプレッシャーをかけようとするが、漆羽はその隙を見逃さない。力強いスマッシュが相手コートの隅を正確に射抜き、鷲見が手を伸ばしてもわずかに届かない。
「終わりだな」
漆羽は一度深呼吸し、冷静にラケットを構え直す。次のポイントで勝負を決めるつもりなのだ。その姿勢は観客をさらに引き込み、試合の緊張感を一段と高めていた。
そして迎えた最後のポイント。鷲見が強引にスマッシュを繰り出すが、それを漆羽は完璧に返す。次の瞬間、漆羽のスマッシュが鋭くコートを切り裂き、シャトルが鷲見のコートの端へと落ちた。
漆羽とペアの勝利が決定的となった瞬間、場内に歓声が沸き起こる。漆羽は冷静に一歩前に出て、ラケットを肩に担ぎながら無表情で相手に軽く一礼した。その姿に観客からは驚きと賞賛の声が次々と上がる。
「やっぱり漆羽は別格だ……」
いおりはその光景を目の当たりにし、改めて漆羽の圧倒的なプレーに息を呑んだ。その俊敏さと力強さ、そして桁外れのスマッシュスピードは、他の選手を完全に凌駕していた。
「いや、むしろ中学の頃よりも遥かに速い……」
いおりの呟きは、漆羽を賞賛する歓声と拍手の中に消えていったが、ふと漆羽がこちらを見つめていることに気がついた。そして、まるでいおりの声が届いたかのように彼は笑うと、その場を去った。
「………復讐、ね」
いおりはポツリと呟くと、かつてのペアへと思いを馳せた。
(
帰ってくるはずのない返答を、その時いおりはただ、待つしかできなかった。
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