第24話 結びゆく心模様(一)

 水鏡池を通って現世うつしよに戻ってきた真桜たちは、綾斗に帝都の賑わう通りに案内され、目を丸くした。


 見上げるような高い建物の並びや、その中にある硝子ガラス越しに灯る照明の柔らかな輝き。洒落た看板が掲げられた店々からはおいしそうな匂いが漂い、行き交う人々の楽しげな声が混ざり合っている。


 どこか異国の空気を感じさせる華やかさに、真桜は少し圧倒されながらも胸を高鳴らせた。


「ここが、現世の新しい街並みか」

 暁翔は立ち止まり、周囲を見回している。その瞳には微かな驚きが浮かんでいた。


「こんなに賑やかなのですね」

 真桜が目を輝かせて店の中を覗き込み、隣に立つ暁翔も一緒になって興味深そうに中で飲食をしている人々を眺める。


「三百年という時の流れはこれほどか。俺の知る都とは、まるで別の場所のようだ」

 その声には純粋に感嘆と敬意が込められていた。


 覗き込まれた店内の客が視線に気づいて、気まずそうな顔をする。


「ええと……二人とも、帝都の中心部へ来るのは初めてか?」

 綾斗が小さく咳払いをして、急かすように手招きする。


「あっ、申し訳ありません。外でお食事なんて考えたこともなかったものですから……」


「見たことのないものばかりで、おもしろい」


 慌ててついてくる真桜と悠然と微笑する暁翔を先導しながら、綾斗は呆れ気味に苦笑した。


「なんだか似た者同士だな、あなたたちは」

 真桜が小走りで追いつくと、綾斗はそう言って「羨ましい」と小さく呟く。


「……と。着いたぞ、ここが甘味処だ。食べたことがないなら、楽しみにしていてくれ」

 綾斗が足を止めたのは『浪漫ろまんてい』と看板の出ている店だった。


 入口にかけられた暖簾をくぐると、漂う蜜や茶の香りに真桜は思わず息を呑む。


 奥にはテーブル席が並び、和風の落ち着いた装飾と洋風の椅子が上品に調和していた。忙しく働く女給の姿や、賑やかに談笑する客たちの様子に胸がときめく。


「す、素敵な所ですね」

 真桜が緊張気味に言うと、暁翔も大きく頷いた。


「こちらへどうぞ」

 女給の案内で席についた三人は、それぞれの前に置かれたおしながきを開いた。


 綾斗は目を輝かせながらページをめくり、真桜もその様子につられておしながきに視線を落とす。


「わあ、こんなにたくさんあるんですね」

 抹茶や小豆を使った甘味、洋風のパフェやクリームたっぷりのケーキ。想像するしかないが、名前だけでおいしさを感じさせる品々の名が並んでいる。


「これが現世の“甘味”か……。どれも見慣れぬものばかりだ」

 暁翔は眉間に軽く皺を寄せながら、おしながきを覗き込んでいた。その真剣な表情が少しかわいらしくて、真桜はこっそり笑みを浮かべる。


「暁翔様、こちらの『白玉ぜんざい』なんてどうです? あんことお団子が入っているそうですよ」

 真桜が指差すと、暁翔はちらりと彼女を見た後、頷いた。


「では、それにしよう」


「私はショートケーキを」

 綾斗が軽快に注文を告げ、真桜は「私は抹茶パフェというのを」と続けた。


 女給が去ると、綾斗は笑みを浮かべて二人を見た。


「誰も私のことを気にも留めていないらしい……よかった」


「綾斗様。とてもお綺麗ですよ」

 真桜がにっこりと笑うと、綾斗は少し照れたように笑った。


 やがて女給が運んできたのは、湯気の立つ白玉ぜんざい、鮮やかな緑が目を引く抹茶パフェ、そして真っ白な生クリームに苺が乗ったショートケーキだ。

 

「これが白玉ぜんざい、というものか。香ばしい香りがするな……」

 暁翔は、目の前のぜんざいをじっと見つめていた。ゆっくりと蓮華れんげを手に取り、小豆あずきの甘さともちもちの白玉を口に運ぶ。その瞬間、暁翔の眉がわずかに上がる。


「ふむ……。思っていた以上に甘く、体が温まるな」

 その冷静な感想に、綾斗がわずかに口元を緩める。


「暁翔様には甘さ控えめなものをお勧めしようかとも思ったのですが、口に合ってよかったです!」


 一方、真桜は目の前の抹茶パフェに目を輝かせていた。


「抹茶の色がとてもきれい……! それに、この冷たくて甘いのも寒天もいろいろ入っているなんて贅沢ですね」


「その冷たいものはアイスというものだ。今の時期には少し寒いかもしれないが、暖房も効いているからちょうどいいかもしれないな」

 綾斗に言われて、真桜はうんうんと頷きながら、もう一口、アイスと寒天を一緒にすくって頬張る。


「ん……! 抹茶の苦さと甘いアイスが絶妙です。こんな味、初めてです!」

 その様子に、暁翔が少し驚いたように目を細めた。


「そこまで感動してもらえると、安心する」

 綾斗はそんな二人の様子を見ながら、自分のショートケーキを味わう。


 フォークで苺をすくい、生クリームと一緒に口に運ぶと、淡い満足感が顔に浮かんだ。


「やはり、これが一番だ。甘すぎず、苺の酸味が引き立つ。真桜さん、今度機会があれば君も試してみるといい」


「はい! 綾斗様のおすすめならぜひ食べてみたいです」


 すると暁翔が不意に口を開く。


「しかし、この“ショートケーキ”というものは和の甘味ではないのだな。綾斗、なぜこれを頼んだのだ?」


「帝都では近年、外国の文化も普及しているのだ。甘味処といっても洋菓子が出る店も珍しくない」

 そう言いながら、綾斗は静かに笑った。


 その後も三人は穏やかな時間を過ごし、それぞれの甘味を堪能した。真桜は満足そうに空になったグラスを見つめる。


「久しぶりに甘いものを堪能できて、嬉しい。もしよかったら、またついてきてはくれないだろうか?」


「……いいですよ。私たちの方こそ、こんな素敵なお店に連れてきていただいて本当に嬉しいです」


「ああ。真桜の喜ぶ顔が見られるなら何度でも来よう」

 その暁翔の言葉に真桜は少し照れたように目を伏せるが、綾斗が穏やかにそのやり取りを眺めていた。


夫婦めおとなのに距離感が……もどかしいな、あなたたちは」

 目を細め、ぼそりと呟いた彼の言葉は、真桜と暁翔の耳には届かない。



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