第21話 本質を映す鏡(二)
「たとえば、最近作ったこちらの
八坂が手に取ったのは、巫女の舞などに使われる神楽鈴のように見えた。
「これは鈴の一つ一つに『霊力』を込めています。微弱な霊力しか持たない者でも、この鈴を使えば妖を退ける手助けになる……と思って作ったのです。白月家に伝わる霊力を分け与える指輪があるでしょう?」
「は、い……」
真桜は低く呟き、同時に胃が重くなるような感覚に陥った。
あれのおかげで幾年もの間、力を搾取され続けてきたのだ。
「先祖が作ったあの指輪に着想を得たのですよ。最初から鈴の中に霊力を蓄えることで、強い術者がそばにいなくとも霊力の少ない者が対応できるようにと」
八坂はそう言って鈴を高く掲げた。その瞬間、鈴の中で微かな音が鳴り響くと空気が一変するのが肌で感じられた。
徐々に音が大きくなっていくと、その音が部屋全体に広がり、空気が軽くなっていくようだ。
八坂が鈴を振り終えると、真桜は鈴の余韻を感じながら、ゆっくりと瞬きをする。
「空気がとても綺麗になった気がします。暁翔様はいかがですか?」
真桜がそう尋ねると、暁翔は装身具を外してみる。
「……残念ながら、これには効果がないらしい」
痣の濃さや範囲は変わっていなかった。
「最初からうまくいくとは思っておりませんので、いろいろ試してみましょう」
八坂は机の上に鈴を置いて、にこりと笑みを浮かべる。
「
そう言ったのは礼司だった。
「和鏡?」
真桜は首をかしげる。
「本質を映す鏡、とも言われています」
礼司が
布をそっと外すと静かに机の上に置く。鏡は、長い年月を経たような黒ずんだ縁取りに、不思議な風合いの金属が使われており、中心の鏡面は何も映さないように曇っていた。
「これも神具なのですか?」
真桜は思わず首を傾げた。
「ええ、この鏡は先祖から伝わるもので、現在これほどのものを作れる技術はありません」
今度は八坂がゆっくりと説明する。
「普通の鏡とは違い、これに映るのは外見ではなく、内なる本質。たとえ妖が巧妙に人間の姿に化けていてもこれを通せば、本性を暴くことができるのです」
八坂が暁翔に視線を向ける。
「これで暁翔様を見てみましょう」
真桜もその鏡を覗きに、おずおずと彼らのそばに近づく。
すると、鏡から光が溢れだした。いや、これは鏡面が光っているのではなく、そこに映った暁翔から発せられる光のようだ。
美しいかんばせはそのままだが、一層輝いて見える。瞳はどこまでも澄み、底の見えない湖のようにどこか遠くの世界を見つめているかのような静かな深さがあった。
身に着けている衣装は、袖口や襟に金糸が織り込まれた純白の狩衣のような服装で、眩い威厳を感じさせる。
だが、その神々しい姿にも関わらず、彼の体には無数の黒い霧がまとわりついていた。それは肘から先がない人の手のように見え、真桜は思わず口元に手を当てて悲鳴を飲み込む。
禍々しいそれらは、深い因果や業を感じさせた。
「こんな……どうして、私、気がつかなかったの?」
封印が解けてからずっとそばにいたのに。こんな状態でいたのに、彼は苦しいの一言も言わなかった。
「人ならば穢れに飲まれ、鬼人と化してもおかしくないほどの穢れですね……耐え、抑え込んでいるのはさすが神の力としか言いようがありません」
八坂と礼司も息を呑むのがわかった。
暁翔は周囲に影響を及ぼさないように、自身の力を使って穢れを自分に引きつけているのだ。
「暁翔様……絶対に、絶対に助けますからね」
真桜は両手をぎゅっと握り、潤んだ瞳の奥に力を入れて涙をこらえた。
「ありがとう、真桜。その言葉だけでも心強い」
暁翔は真桜を見つめ、穏やかな声で言う。
「これは簡単なことではありませんね」
八坂は少し困ったような顔をしたが、諦める素振りはなかった。
「真桜さんは? たしか神と縁を結ぶことほぎの儀を経て、半身が神と同化しているのですよね?」
そう言った礼司が鏡を真桜の方に向ける。
そこから漏れる淡い桃色の光に、真桜は目を瞠った。
「これは……」
三人が鏡を凝視して口をつぐんだので真桜は不安になる。
「あ、あの、もしかして、私にも穢れが……?」
我慢できずに問いかけると、礼司が首を横に振って、笑いかけてきた。
「そのままでも充分お綺麗なのですが、凛とした清廉さというのでしょうか……神秘的で触れれば消えてしまいそうな儚い夢のように繊細で美しいです」
礼司の言葉に、真桜は面食らってしまう。
彼曰く、着物まで変わっているという。
まるで春そのものを身にまとったかのような着物で、一面に咲き誇る桜の花を織り込んだような華やかな模様が施されているらしい。
「薄い桃色から淡い白へ徐々に色が変わり、着物の裾には散りゆく桜の花びらが風に舞っていますよ」
八坂も柔らかく微笑み、頷いている。
「心の芯の強さと柔らかさが調和している。それは誰かのために散りながらも、また花を咲かせる桜のような……優しさと生命力、いや、それ以上だ」
暁翔まで称賛してくるので、真桜はすっかり顔を真っ赤に染めた。
「あ、あの、私のことはもういいですからっ」
あわあわとうろたえながら、礼司の手から鏡を取り上げ、胸に抱き込む。
「桜……なるほど。生命力と穢れを浄化する力を持つ桜が、真桜さんの本質なのですね。これほど鮮やかに映し出されるのは、本当に特別なことです」
八坂は感嘆の息を漏らしながら言った。
「八坂様と礼司様は、変化がありませんね?」
真桜が鏡越しに二人を覗きながら問いかける。
「はは、裏表のない面白みのない親子でしょう?」
八坂がくつくつと笑い、礼司も肩をすくめて苦笑する。
「面白みがないなんて――」
真桜がそう言いかけたところで、入り口の扉が開いた。
「八坂殿。至急、神具の修理を頼みたいのだが――」
入室するなり、手に何か道具を載せてやってきたのは、昨夜会ったばかりの綾斗だった。
「な……なぜ、禍ツ神たちがここにいる!?」
そこで真桜たちの存在に初めて気づいた綾斗は、足を止めて
「穢れの浄化に協力しようと思いまして」
八坂が笑顔で答える。
「申し訳ありません。お邪魔していました……」
鏡を持ったままの真桜は、ふいにその鏡越しに綾斗の方を向き、そこに映し出された姿に目を瞠った。
「え……?」
彼女は、二度三度と本人と鏡の中の姿を見比べる。
(どういうこと……?)
鏡を通して真桜が目にしたのは、長い髪を背に流し、華やかな花模様の着物を纏った女性の姿だった。
夜明けの空を閉じ込めたかのような薄桃色から橙色、そして淡い紫色に変化していく絹地は、朝露が陽の光を受けてきらめく
「その鏡は――!」
真桜の方を向いた綾斗の顔に驚きの色が浮かんだ。目を細め、深く息をついてから少し距離を取るように後退する。
「おまえ……見たな?」
彼の声は震えていた。
鏡に映る姿をまだ理解できずにいる真桜を横目に、綾斗はこちらに急ぎ足でやってくると真桜から鏡を奪い取った。
「綾斗、どうしたんだい?」
礼司が声をかけると、綾斗はキッと睨んだだけで何も答えなかった。
「……話がある。ついてこい」
突然、綾斗に手首を掴まれ、真桜はびくりと肩を震わせる。だが、それよりも彼の方が小さく震えていることに気づいて、彼女は肯首し、手を引かれるまま離れを後にした。
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