第五章 茜の約束
第18話 緊急会議
夜の帳が降り、障子越しに映る灯籠の淡い光が広間を柔らかに照らしていた。畳に座した者たちの影が微かに揺れ、室内に漂う静寂をさらに引き締めている。
火鉢の中で赤々と燃える炭が、広間を温めていた。だが、座布団の上にかしこまっている真桜は小さく震える。膝にかけられた暁翔の羽織のおかげもあり、寒いということはない。この震えは、緊張からくるものだ。
(お腹が痛くなりそう……)
内心で呟きながら、真桜は視線をそっと巡らせる。広間に集まっている面々の放つ空気に圧倒され、指先はずっと冷たいままだ。
正面の上座には、東雲家の当主かつ伯爵の
濃紺の
その隣には、彼の長男だという
真桜から見て右手前方には、すでに見知った霧島家当主、
彼の隣には颯吾が折り目正しい姿勢で座っている。この場には、くろがねを連れてきていないようだった。
そして左前方には、退魔御三家のもう一つ――八坂家当主の
その隣には、八坂の長男である
当主たちは、真桜の父と同じくらいの年代ということであれば、四、五十代だろうか。
真桜は暁翔と共に、彼らの末席についていた。
なぜ、こんなことになっているかといえば、霧島が東雲家に『禍ツ神の封印が解かれた。早急に目通り願う』と式神を飛ばしたからだ。
帝都を守護する退魔御三家としては、それは悠長に先延ばしにできる案件ではなく、その日のうちに招集がかかったというわけだ。
もちろん、真桜と暁翔も同席が条件で。
隣に座っている暁翔はといえば、特に気分を害した様子もなく、泰然と構えている。
(暁翔様はやっぱり別格よね)
真桜は、自分の存在がひどく場違いに思えてならなかった。
「……では始めるとする」
東雲が低く落ち着いた声で口を開く。
「霧島殿の報告通り、この度、禍ツ神の封印が解かれた。祠を壊したのは白月真桜。そこにいる娘だ。そして、その隣にいるのが――当の禍ツ神
東雲が言うと、全員の視線がこちらに集まり、真桜はぐっと唇を引き結んだ。そうしていないと歯の根が合わなくなりそうだったからだ。
「禍ツ神殿は、その娘とことほぎの儀を結び、穢れを一部浄化したということだ」
「浄化……できるものですか。鬼人などは滅するしか魂を救う方法はなかったと思うのですが」
そう発言したのは八坂だ。
「できる、というのが彼らの持論だ。信じがたいがな」
返答したのは霧島だ。
「しかし、白月からは何も報告がなかった。事実を隠ぺいしていただけでなく、その神の力を使って帝都を支配すると息巻いていたとか。これは霧島颯吾が証人である」
東雲の言葉に、颯吾が同意の意味で軽く頭を下げる。
「そうであれば、これは重大な問題だ」
東雲が口を開いた。深く低い声が、静まり返った広間に響く。
「これは退魔師として許される行為ではない。厳罰に処す」
「どうなさるおつもりですか?」
八坂が静かに尋ねる。
東雲は目を伏せ、一瞬考え込むような素振りを見せた。
「白月家の当主を追放とし、以後の家督を取り上げる。さらに、白月家の名前は帝都の退魔師名簿から抹消する」
その一言に、場が張り詰めた。
「追放だけでは、生ぬるいのでは? 私はあやつのせいで殺されかけたのだぞ」
霧島が口を開く。
それはもともと、霧島がくろがねに無理強いをしたからではと真桜は思ったが、今はそれを言うべきではないだろう。颯吾も同じことを考えているのか、やや白けた顔で自分の父親の顔を見ている。
「白月は力を利用しようとした。その罪の重さを知らしめるためにも、家族全員を徹 底的に監視しよう。再び
「監視……確かにそれは必要かもしれませんね。その役目は我が家が負いましょう」
八坂が大きく頷く。
「では、そのように進める」
白月家の処分について議論が進む中、真桜はその一部始終を黙って聞いていた。
家名の剥奪、財産の没収、そして社会的影響力の完全なる排除――容赦ない決定に真桜はひたすら震えながら話を聞いていた。
(だけど、これで、お母さんも安心して長屋に戻れる……)
ふと、八坂がこちらを見ていることに気づく。彼の目にはどこか温かさがあり、その視線が真桜の緊張を和らげてくれるように感じた。
(もしかして暁翔様を研究対象にしようとしているとかではないわよね?)
それだけはさせないと真桜は、ぐっと腹に力を入れ視線を返す。
「では、禍ツ神殿の扱いだが……」
再び東雲が口を開いたので、彼女はそちらに目を移した。
「禍ツ神殿は、本来の役目を果たすことで穢れを浄化できる。それを世間に示すためにも、縁結びの神としての評判を広める活動が必要。そう霧島殿から聞いているが、違いないか?」
「そうだ。力を貸してもらえると助かる。穢れが消えたら真桜と祝言を挙げる約束をしているのでな」
生真面目な顔でさらりと答えた暁翔の言を聞いて、全員が神を凝視する。
(祝言……の、ためではないでしょう、暁翔様! その穢れは人間のせいだと妖さんたちが怒っているわけで、それを人間の手できちんと祓えば、きっと少しは歩み寄れるんじゃないかって、私は思うんですけど!)
そう言いたかったのに、緊張して顔をこわばらせ続けていたせいで、唇はパクパクするばかりで言葉がでてこない。
「……協力はできない」
氷のように冷たい声を発したのは、東雲の隣に座っている彼の息子、綾斗だった。
(え?」
真桜は軽く目を瞠って、綾斗の方を見た。
「穢れを払う方法がわかっているのであれば、勝手にすればいい。我らが手助けする意味はない」
眉一つ動かさず、淡々と言葉を紡ぐ様子に、真桜は青ざめた。
(どうして……?)
広間の空気がしんと静まり返り、誰もが次の言葉を待っている。
その沈黙の中、真桜は自分の心臓の音だけがやけに大きく響いている気がした。
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