第29話『英雄による蹂躙』

「コスミックさーん、これってなんでしょうか」

「――はいはーい。何かしらね」


 破壊活動を続けるマリーとコスミックは、最後の一部屋の片隅に記憶媒体を発見。

 慎重に近づいて、ちょいと摘まんで拾い上げる。


「あ、それ私にちょうだい」

「はーい」

「これね、パソコンに接続して情報を行ったり来たり――ごめんなさい、たぶん見てもらった方がわかるかも」

「今のところぜーんぜんわからないから、それでっ」

「しかも壊れやすいから注意なんだよ」

「危ないところでした。ボク、知らず知らずに壊しちゃうところでした」

「私たちはこれで役割は終わりかな」

「え? 敵とは戦わないんですか?」

「うーん……私以外のところから音は聞こえないからね。あと、敵がいるならもう出てきていると思うの。そして情報を手に入れたのなら、持ち帰ることが最優先事項なの」

「たしかにー。これだけ音を出して敵が出てこないってことは、ハズレってことか~」

「さあ戻りましょ。面白そうなメッセージも届いているし」

「ん?」


 マリーとコスミックもまた、手に入れた情報を持ち帰るため華音かのんたちの元へ撤退――。


「――お」

「な、なんだ」


 秋兎あきとが辺りを探索していると、なんの変哲もない場所にあった石を動かすと地下へ繋がる階段が出現し始めた。


「どうやら階段みたいですね」

「階段、だな」

「どうしますか?」

「行くしかないな」


 秋兎あきととクリムゾンは、地面がズレて出現した石造りの階段を降り始める。

 足を進めていく最中、連絡に気付いたクリムゾンは秋兎へ報告。


「なあ、もう既に他のメンバーは情報を手に入れて撤退しているそうだ」

「わかりました。やはり、ここはもぬけの殻だったというわけですね」

「だが情報を微かでも残していくなんて、随分と不注意だがな」

「本当にその通りですね」

「んで、だ。この流れだと空振りに終わりそうだが、あちら側からの提案が出ていてな」

「なんですか?」

「中継してほしい、だとさ。情報収集の意味もあるんだろうが、君の技量を全体に共有したいらしい」

「別に問題はありませんが、俺の技量も力量も映像などのデータで把握済みなのでは?」

「まあな。だがまあ、たぶんだが。クロッカスが原因なんじゃかと思うんだ」

「あの……紫色の髪色をした、俺たちと年齢が近そうな人でしたっけ」

「そうそう、というより完全に同い年だけどな」


 そうこう話をしていると、階段が終わり、地上にあった工場内の広場より広い場所へ辿り着く。


 こちらの広場は、地上と違って光源となるライトが天井から垂れており、辺りをしっかりと見渡せるようになっていた。


「クリムゾンさん、中継の件は許諾します」

「ああ助かる。早速、だしな」


 2人が辿り着いた地下広場は、地上と同じくはない。

 しかし、代わりに侵入者を拒むべく配置されているモンスターの数々が待ち受けていた。


「中継って、クリムゾンさんも俺の近くに居ないといけないんですか?」

「いや、テレビみないなもんだから動かなくても大丈夫だ」

「なら俺が全部倒します」

「そうしてもらえると、俺が楽できるからいいけど。あの数、大丈夫か?」

「ええ、問題ありません」


 クリムゾンが心配しているのには理由があり、クロッカスが仲間だというのに疑いの目を向けているのにも理由がある。

 基本的には華音かのんが把握している情報は、ほとんど特殊部隊員も把握していて、見知っている映像もまた同じく。

 ちなみに秋兎たちが不良たちを蹴散らした際、結界を張ったり対峙した人間の記憶を消したりしたものの、残念ながら監視カメラに情報が残っていた。

 それらは学園長並びに関係者によって情報を差し替えられていて、そのときの流れも部隊員把握している。


 だから、だからこそ疑問視している人間も出てきた。


 自分たちでも、1対複数人数の近接格闘戦など幾度と経験してきているし、それぐらいの技量と力量で組織から『丁重に扱え』との命令が下っている。

 本当にそれだけの価値があるのか、逆らわない方が身のためと思わせるだけの力があるのかどうか、実際に確認せずにはいられない。


「30体ぐらいか。どうしてこんなところにモンスターが居るのか疑問で仕方がないが――こっちの準備はオッケーだから、いつでも始めてくれ」

「わかりました」


 クリムゾンの疑問通り、こんな地上でモンスターがこれだけ居るというのは幻の様。

 そして、モンスターの頭部にチップのようなものが張り付いている。


「あれが報告にあったものだとすれば、1体ぐらいは残した方がよさそうですか?」

「いや、回収はあの機械みたいなのだけでいいだろう。こちら側としてもモンスターを収容できる用意はないからな」

「わかりました」


 秋兎は腰から漆黒の短剣を抜剣し足を進め、クリムゾンは出入り口で腕を組みながら待機。

 映像は、別所で待機しているメンバーに中継されており、共有されている側のメンバーはそれぞれの目の前に出ている画面で視聴する。


 広場に待機しているモンスターたちの種類は統一されていない。

 ゴブリン、ゴリラ、ウルフ、バット――と、いう感じに。


 それらを再確認したクリムゾンは、さすがに観測よりも心配が勝り、いつでも駆け出す心構えを整える。

 なんせ、待機しているモンスターは戦闘素人の不良たちではなく、ダンジョン上層に生息しているモンスターでもないのだから。


「さすがに、危なそうだったら俺も行くからな」


 と、クリムゾンは別所に待機しているメンバーへ向けて助力を示唆する。


 クロッカス、コスミック、エメラルドはその未来が訪れることを少しだけ予見していた。

 それほどに待機しているモンスターは決して弱くはなく、それらモンスターを単身で討伐するのは無謀というもの。

 いくら特殊部隊のメンバーも人間離れしている集まりとはいえ、さすがに単騎撃破を試みることはない。


 しかし、アキト一行は誰1人として心配などするはずもなく。

 アキトの勝利を疑う者はおらず、逆にクリムゾンが判断を見誤って駆け出して行かないか心配の眼差しを向けていた。


「わたくしの言葉をお伝えください」

「ん?」

「間違っても、その場を動かないでください。アキト様の勝利は揺るぎないものですので。と」

「そ、そう。伝えるわ」


 クロッカスはクリムゾンへ、セシルからの言葉をそのまま伝えた。


「なんだよそれ。もしものことがあっても俺は責任を取らないからな」


 アキトが広場中央へ踏み込むと。


『ガウガウ!』

『グオー!』

『ピシュッ』

『ダウダッ』


 モンスターの群れは、それぞれが敵であるアキトを認知し咆哮を上げる。

 右から左から聞こえるそれら音は、次第に大きくなり壁などから反響して広場全体へ届く。


 しかしアキトは何一つ怯むことなく足を進める。


 後方で待機しているクリムゾンは、待機を命令されているものの、やはり飛び出していこうと前傾姿勢になったときだった。


「射程圏内――準備完了」


 一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。


「5体」


 アキトは、手前に居るモンスターの急所である頭部や胸部を剣で突き刺し、討伐。


「5体」


 一度だけ、たった一度だけ視界に捉えられたと思ったら、瞬く間にモンスターが討伐されていく。


 当然、その光景を目の当たりにしているクリムゾン含む特殊部隊のメンバーは状況を理解できず、ただ過ぎていく出来事を追うことしかできていない。


「5体」


 モンスターたちもまた同じく。

 自身らが討伐されていくことを気づくことなく、いつ隣に居る同類が消えたのかも把握できず、次は自分の番となる。


「5体」


 セシルとマリーは誇らしげに尊敬の眼差しを向けられ、フォルとエグザからは当然の結果が起きているだけと鼻を鳴らし、オルテからは感心の意を向けられる。

 華音かのんも状況を理解できていない1人ではあるが、口をがっぽり開けながら内心では「やっぱりアキト様はヤバい人だ」と再認識していた。


「もっと速く――10体」

「う、嘘だろ……」


 全てを置き去りとする速さの跡には、ただモンスターが消滅した後に残る魔石とチップ型の機械だけが残されていた。


 クリムゾンは、目の前で信じられない光景が繰り広げられ驚愕を露にしているが、同視聴メンバーも瓜二つの反応を見せる。

 1人の青年は目をかっぴらいて首を前に着き出し、1人の女性は恐怖の色を表情に出し、疑いの眼差しを向けていた少女は言葉を失う。


「し、信じられねえ。たったの数秒ぐらいで全滅かよ……」


 事が全て終わったのにもかかわらず、未だに状況を理解できないクリムゾン。

 いや、今のは全て幻想だったのでは、と別方向に考え始めてしまう始末。


 だが、アキトが1人で地面に落ちている物を拾い始め、ハッと我に返る。


「い、いけねえ。おーい、俺が全部持つぞーっ」


 急いで駆け出し、アキトと合流。


「この魔石はどうしますか?」

「あー、どうするか。さすがにこっちを全部持ち帰ると手に空きはないからな」

「じゃあ、空きがあるなら回収はした方が良さそうですか?」

「まあな。できるだけ痕跡は消しておきたいから」

「任せてください。こういうのがありますので」

「ん?」


 アキトは魔石を拾い、空間へ手を伸ばすと手から先が消える。


「うわ、なんじゃそりゃ」

「これ便利なんですよ。別空間に収納用の場所がありまして」

「便利すぎるだろ」

「ですよね。これ、神様から貰ったんです。正しくは与えられた? 的な」

「どっちも同じだって。てか異次元すぎるだろ」

「ですよね、俺もそう思います」

「ったく。上はとんでもねえ人材をスカウトしたもんだ」

「これからもよろしくお願いします」

「お、おう」


 もはや冷や汗が止まらないクリムゾン。


 話しながら回収をしていたということもあり、すぐ作業が終了し、結果的にチップ型の機械を半分ずつ抱えながら帰路に就いた。

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異世界の英雄は美少女達と現実世界へと帰還するも、ダンジョン配信してバズったり特殊部隊として活躍するようです。~現実世界に戻ってこられても、あんまりやることは変わっていない件について~ 椿紅 颯 @Tsubai_Hayato

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