海隠し
非常事態でまずすべきは事実確認。俺達が転移されたのかもしくは俺達以外が移転されたのか、それが分かるだけで事の重大さがはっきりとする。
「とりあえず館内を回ろう。もしかしたら俺達以外に人がいるかもだし......」
「幾ら大好きな空間だからって、閉じ込められるのは怖い」
「分かるぜ、その気持ち」
「幸い館内は明るい。目が使える程度に」
「おっしゃー! 館内散策開始ー!」
武蔵と二手に別れた。俺はあいつと違って運動神経があまり良くない、よって大まかな散策はあいつに一任してもらった。俺は武蔵が見落とした箇所の散策をあいつに託された。託された以上、成果出さないとな。
水槽周りはもちろん、ペンギン触れ合いコーナーや休憩スペース、お土産コーナーなどに目を通した。だが、ペンギンや魚等の健在確認だけで人の姿は一つも無かった。
諦めてお土産コーナーを後にしようとしたその時、何かが俺の服袖を引っ張った。力はそこまで強くなく、俺が多少強引にやれば引き剥がせそうなか弱い力だった。俺は抵抗せずに力の主へと視線を移した。
「えっ____」
なんと服袖を引っ張っていたのは俺の二回り程小さい女の子。
「どうしたの? 親御さんは?」
「..........」
俺の問いかけにも答えられないか....まぁ、仕方ないか、成人を迎えた俺達でも事体に気付いてあんだけ動揺していたんだ、こうなるのも理解出来る。むしろこんな非常事態に泣き叫ばないで臆せず赤の他人である俺の服袖を引っ張れる胆力は見た目に似合わず立派なもんだ。何も言わないが彼女の涙ぐんだ瞳と服袖を握って震える小さな手を見れば彼女の訴えが手に取るように分かる、親御さんに会いたい。それが彼女の訴えであり今の原動力なのだ。本来なら怖くて怖くて仕方ないであろう大の大人相手に力を示す事、それは彼女の瞳と手が教えてくれた。なら俺がすべき事は彼女に寄り添い、安心させる事。俺は膝を曲げ、目線を彼女と同じ位置まで落とした。
「合っているなら首を縦に。違うなら横に振ってね」
「ここまでは一人で来たのかい」
彼女は首を横に振って否定する。
「じゃあ誰かと来たのかい」
首を縦に振る彼女。当たりか......
「その人は親御さん?」
首を横に振る彼女。急にきな臭くなってきたな。
「知らない人?」
彼女は頷く。とても力強く、何度も何度も。俺は戦慄した、おそらく彼女がここに来るまでの経緯を想像して。
「じゃあさ、君を連れてきた人は俺みたいにデカかったかい? それとも君と同じくらい? 前者だったら縦、後者だったら横に振ってね」
彼女は悩む素振りも無く、首を縦に振った。途端、俺の背筋に悪寒が走った。これは明らかな誘拐事件だ! あの時の怯えは勇気なんかじゃない、本能からくるSOSだ! 仮に犯人がまだ
今すぐ彼女を連れて逃げ出すべきか? いや待て、俺はここを一通り目を通している、だが人影らしきものは無かった。犯人はここにはいない! 犯人は館内を徘徊しているに違いない、なら動くべきでは無いな。変に動いて犯人を刺激したくない......
「いやぁ〜助かったよ。君が何の疑問も抱かずに素直に答えてくれたおかげで相棒に聞く手間が省けた」
「君には悪いけど相棒が来るまでもう少しここにいてもらうよ」
俺の豹変ぶりに彼女は怯えていた。もし、もしも犯人がここに隠れているなら当然、俺の話に耳を傾ける。これは犯人への牽制兼
俺は、一人じゃ何も出来ない。運動神経も悪くて対話が苦手で特に同年代に関しては武蔵以外でロクに話したことが無い。強いて挙げるなら勉強ぐらい、俺が多少胸を張る事ができるのは。
しかし、彼女を見ていると些か蘇ってくるな......俺が彼女ぐらいの時には既に水槽を見ていた。確か、中には金魚がいた....綺麗だと思ったんだ、限られた水中を優雅に泳ぐ金魚が。思えばそれからだった、俺が海......いや、水中に夢中になったのは。
俺の夢は海洋学者。理由は、かつて魅せられた美しき世界で生きていきたいから。そんな、淡い想いが俺を今の今まで生かしてくれていた。俺の夢は間違いなく、
さて、思い出話に花を咲かすのはこのぐらいにしておこう。逃げたくなるような現実を目の当たりにするとついしてしまう俺の天性の悪癖だ。
状況を整理しよう。まず俺は人探しに館内を散策していた、お土産コーナーを後にしようとしたら彼女に服袖を引っ張られたんだ。彼女はおそらく大人と思わしき人間にここに連れてこられた。少し冷静になって見てみると手首ら辺に生傷が拝見できた。ほぼ誘拐と断定していいだろう。犯人の詳細が分からない以上、迂闊に動けない。だから俺は武蔵がここを通りかかるのを待っている、あいつなら絶対にここを通るはずだ。腐れ縁の俺の勘もそう言っている。
頼む武蔵......お前だけが頼りなんだ......!
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