装飾品
オリウス
装飾品
1・
「吉見。お、俺と付き合ってくれ……!」
「いいや、吉見さん、どうか僕とお付き合いしてほしい」
放課後の教室から聞こえる男子二人の真剣味を帯びた声。部活終わりに教室に寄ったら、告白の場面に遭遇してしまったらしい。
僅かに開いた引き戸の隙間から、中を窺う。告白した男子二人には見覚えがあった。他クラスの生徒だが、いつも一緒にいるのを見掛ける。友人同士なのだろう。おおかた、友人同士で同じ女を好きになってしまい、関係を壊さない為に二人で告白といったところか。どちらが上手くいっても、恨みっこ無しってな具合に。
告白された女子は吉見真香(よしみまなか)だ。彼女であれば、男二人を虜にしてしまうのも頷ける。
とりあえず、教室へは入らずその場で待機することにした。せっかく勇気を振り絞って告白したのだろうし、邪魔だてしてしまうのは申し訳ない。
それに俺は、彼女がどう答えるのかを知っている。だから尚の事、中に入るのは躊躇われた。
「ごめんね。私、野球部の多喜本君と付き合ってるの。だから、二人とは付き合えない」
躊躇う様子もなく、吉見は二人を振った。付け入る隙は微塵もないのだと二人に理解させるように。
彼女が彼らの告白など、受けるはずがない。吉見真香には彼氏がいる。それも、つい最近付き合い始めたばかりの彼氏が。
俺はその場を離れる。傷心した彼らと鉢合わせては、流石に気まずい。トイレかどこかでしばらく時間を潰すことにしよう。
時間を置いて教室へ戻ると既に男子二人の姿は無く、中には吉見真香だけが残っていた。彼女は俺を見ると、少々不満そうに頬を膨らませる。
「遅かったね。練習、結構前に終わってたみたいだったのに」
化粧を施しているわけではないが、男心を鷲掴みにする顔立ち。艶めきのある黒髪は肩の辺りで内側に巻かれている。あどけなさの残る仕草、聞いた者を虜にする声音の持ち主である彼女は学校中の男子から絶大な人気を得ている。
さっきの男子二人のように、吉見真香に告白する連中は少なくない。そうして、撃沈していくのが通例だ。だが、俺は違う。俺は彼女を攻略した。彼女を身に着けるのは俺以外に有り得ない。どんな男が彼女を口説こうが、俺に勝るはずなどないのだ。吉見真香は俺の価値を高める、まさしくブランド物の装飾品であろう。
とりあえず、先程ここへ来ていたことは伝えなければならない。俺はおもむろに口を開く。
「いや、一度席を外したんだよ」
それで、真香には全て伝わったようだった。一瞬、バツの悪そうな表情を見せるが、それもすぐに不満げに変わる。
「見てたんなら助けてよ。……こいつと付き合ってるのは俺だって、入って来てくれれば良かったのに」
言われてみればもっともかもしれない。彼女が他の男に迫られている場面に遭遇した場合、彼氏というのはそれを阻止しようと動くのではなかろうか。だったら俺は何故、あの場を離れたのか。答えは明白。俺は吉見真香を、装飾品としか見ていないからだろう。
だが、流石にそんなことを本人に対して言うのは愚の骨頂。ここは言葉を選び、彼女を宥めなければ。
「そう言わないでくれ。俺は真香を信じてたんだ。絶対に俺を選んでくれるって。……だが、俺も悪かった。止めるべきだったな、俺は」
素直に頭を下げておく。だが、真香は尚も不満を口にする。
「私はちゃんと断ったよ。でも、ああいう時に光流が助けに来てくれたら、もっと好きになっちゃうのにな」
こんな風に拗ねて甘えてくるところは可愛らしい。
最初、真香にアプローチしたのは、俺の価値を高める為の装飾品として最適だと判断したからだが、こうして近くに置いてみると、心が揺さぶられるのも事実だった。
もしかすると、このまま一緒にいれば俺は本当に真香を好きになってしまうかもしれない。そうなったらそうなったで別に構わないのだが。真香が俺のそばにいることに変わりはない。
「ごめん。……次は絶対に助ける。他の男にお前はやらない。
そうだ。俺たちが付き合ってること、バラしちまおう。そうすりゃ、他の男は手を引くだろう。お前は俺の彼女だって言ってやる」
「うん、わかった。ありがとう、光流」
こういう適度な甘え方は煩わしくない。一緒にいて疲れないだろうなと思う。真香以上の女が現れなければ、俺はきっとこいつを大切に扱うだろう。
不意に、最終下校のチャイムが鳴り響いた。これ以降は、学校に残ることが許されていない。外は下校を始める生徒達の影響か、騒がしさが増している。
「遅くなっちゃったし、私たちも帰ろっか」
真香に促され、二人で教室を出る。
未来は明るい。俺は全てにおいて成功を収めるだろう。野球でも、女においても。悩むことなど決してない。
外へ出ると、既に日は傾きかけていた。遠くの空に目をやると、分厚く黒ずんだ雲が見える。
あの雲はこれから雨を連れてくるだろうか。明日辺りは雨で室内練習になるかもしれない。一応、天気予報を確認しておこう。
校門を出た後、真香と手を繋ぎ帰路に着く。雲の流れは思ったよりも早いようだった。
2・
多喜本光流は人気者だった。野球部のエースで四番。おまけにキャプテン。強豪犇めくこの地区で好成績を収めている野球部のキャプテンだ。プロのスカウトも視察にやってくる程のプレイヤーだった。ルックスも良く、表面上は愛想の良い好青年でもあった。
そんな彼だから、女子達からの人気は異様に高かった。だから私も、彼からのアプローチに答えてしまったのだと思う。
だが、多喜本光流には欠点があった。
彼は私のことを、自分の価値を高める装飾品のようにしか考えていなかった。付き合っているうちに、だんだんと私のことを意識するようにはなったみたいだけれど、最初は間違いなく、私を好きではなかった。
それはこの際どうでもいい。彼は私のことを好きではなかったかもしれないが、それは私も同じことだったから。
唯一、彼を憐れむとしたら、今でも私が自分のことを好きでいると思い込んでいるところだろうか。身に着けた宝石が本物だと信じて。――それはとても愚かなことだ。結局彼は、偽物の宝石を掴まされたに過ぎない。
私が多喜本光流に近づいたのは彼が私の価値を高める最適な装飾品だったからに他ならない。所詮彼は、私を更に彩ってくれる存在でしかなかった。
結局、私も多喜本光流と同類だったのだ。だから、見抜くことができた。多喜本光流という人間の本質を。彼が私の本質を見抜けなかったのは、偽物かもしれないという疑いを持たなかったからだ。
そして、多喜本光流は惨めで憐れな結末を迎えるだろう。
彼が輝いていたのはもう過去の話。装飾品がいつまでも美しいままであるはずがない。いつかは錆びて、身に着けるには耐え難い物へと変わってしまう。彼はそうなってしまった。
ある日の下校中、数時間だけ猛烈な豪雨に見舞われた時があった。私を家まで送り届けた彼は、そのまま走って家まで帰ろうとした。私は傘を貸してあげたのだけれど、あってもなくても変わらない程の豪雨だったのであまり意味はなかったのかもしれない。
彼はその帰り道で交通事故に遭い、野球選手としては死んだ。なんと不幸なことだろう。
だが、もう私には関係ない。彼に装飾品としての価値はもうないのだから。野球選手として死んだ彼は、同時に装飾品としても死んでしまったのだ。
駅からこちらへ向かってくる男の姿を見つける。新しい装飾品のお出ましだ。
ポーチからスマホを取り出す。アドレスブックから多喜本光流を探し出し、通話ボタンを押す。数秒程で彼は電話に出た。久しぶりに耳にする彼の声には、思っていたよりも悲壮感はなかった。退院して時間も空いているから、少し立ち直ったのかもしれない。だが、すぐにまた地獄を見ることになるだろう。
その審判を下すのは私だ。
「今夜、一緒に出掛けよ。相談したいことがあるの」
返事をした彼の声には、喜びが満ちていた。やがてそれも、すぐに消える。
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装飾品 オリウス @orius0
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