〈第15話〉『ハンバーグは涙の味』〈前編〉

 クロフォード学園―――E組女子寮 放課後


 うちは座学後、走って寮へ戻り着慣れた修練服に着替え修練所へ向かうことにした。

 いつもだったら座学・修練が終わるとしばらく雑談をして食堂へ向かい夕食を摂るのだが、この日は周りに構わず、まずは自主練のメニューをこなすことで頭がいっぱいだった。


 「ちょっと、てぃ、ティファ!夕飯どうするの!?」

 勢いよく寮の部屋から出てきたうちに、エリノアが驚きながら声をかけてくる。


 「あぁ!後で食べに行くわ!今日は2人で行ってくれ!」

 うちは駆け足気味消えていくうちを見て、エリノアとヴィオラは顔を見合わせ遠ざかって行くうちを見送る。


 「あ、あぁ!悪い!もし忘れんかったら厨房長に食堂を閉めるのを待っちょってくれって伝えちょってもらえるか!?」

 曲がり角から顔だけだし、2人に両手を合わせ頼みごとをする。

 学園内の食堂は座学・実技修練の終わる夕方(17:00)くらいから2時間の夜(20:00)前後までとなっている。

 これは食事の提供後、厨房の衛生面の保全と次の日の仕込みが関係しているためである。

 それをちょっと2人に無理を言ってもらい厨房を閉めさせない様にと伝える。



 クロフォード学園―――剣術科修練所 放課後


 「【紫電】【韋駄天】!」

 走り込み開始地点から全力の【紫電】【韋駄天】を発動させ、雷魔法特有の身を突きさすような感覚を受けながら走り込みを始める。

 しばらく直線で走り、コーナーが見えてきたところで急制動を行う。


 (くっそ!)

 障害物への接触はないが、この減速を克服しない限り、【紫電】【韋駄天】に未来はないと感じてしまった。

 走り切った後、うちは大鐘楼の大時計へ目を向ける。


 (確かに速い......。でもうちが求めちょるのはこれじゃない!)

 うちは服の胸辺りの布を引き延ばし、その引き延ばした服の布地で下鼻辺りに浮いた汗を拭う。


 (とりあえず、走り込みはここまでにしちょこう......)

 うちは壁に立てかけている2本の木剣へ歩み寄る。

 そして、不意に魔術科の修練所へ目を向けてしまう。


 (音が聞こえん......。今も部屋に居るんか......)

 日暮れ時で照明の付いていない魔術科修練所を見て、あそこには誰も居ないと悟る。

 うちはとりあえず頭からエルザの事を払い除けるように頭を左右に振り思考から追い出そうとする。


 (エルザが受けた【決闘】デュエルはもうアイツだけのものじゃない!)

 そう考えながら、うちに対して目の前の障壁であるレオスを思い浮かべる。

 数日間手合わせをしていたレオスの印象は、明らかに”手を抜かれている”というものだった。

 レオスもうちとエルザの【決闘】を観戦していたようで、その【決闘】で見せた高速剣、【紫電】【高速二刀】ファスト・ツーソード【迅雷】サンダー・クラップと打ち合ってみたかったのだろう。

 出向している間「少しは本気を出してもいい」としきりに高速剣を使ってくるよう誘ってきた。

 この数日レオスの剣を受けて分かった事はいくつかある。

 まずは標準的な木剣を使用しているにもかかわらず、これまでうちの剣術指南をしてくれていた父さん、教官を遥かに凌駕し、純粋な腕力から繰り出される剣撃の重さがあった。

 このことからうちが一番に感じたことが、”うちの剣は手数と速さがあるだけで一振り一振りの剣が軽い”と言う欠点に気付いた。

 加えてエルザとの【決闘】で初めて【紫電】【高速二刀】【迅雷】を使った際は、ただ単純に剣速を上げ我武者羅に振っていただけで正確さが欠如している。

 あとレオスの発言で気になっていることがあった。

 それはエルザとの【決闘】中うちが”分身”をしていたと言っていた。

 確かにあの【決闘】で途中からエルザの狙いが外れ始めていたことを思い出す。

 レオスが言うように、魔力によって”分身”使えるように自身の技へと昇華できればレオス戦での大きな戦力となる。

 だが、この時のうちはどういった原理で自身の”分身”を創り出していたのか分かっていなかった。


 (う~ん……どうしたものか)

 ”分身”の事、【迅雷】の正確さの向上を腕組みをしながら校舎の壁へ背を預け、不意に落ち葉の舞っている木々へ視線を向ける。


 「ヒラヒラ、ヒラヒラって軽やかに舞うもんじゃの......」

 (ん?待て......よ)

 うちは木々に歩み寄り、風で不規則に舞う木の葉に目を向ける。


 「こ、これじゃ!」

 己の高速剣のでの欠点の1つである”正確さ”の訓練に適した方法を見つけ、そのことにうちは一人で盛り上がる。

 うちは早速今思いついた訓練方法を実行するべく、落ち葉の舞う木の脇に立ち両手に木剣を構える。


 「【紫電】【高速二刀】【迅雷】!!」

 全身に循環している魔力を両腕部と両方の木剣の刀身に集中させる。

 バチバチッと両腕と木剣に身体強化の電撃が走る。

 この後も時間がある限り目の前、視線の端で捉える落ち葉を【紫電】【高速二刀】【迅雷】で正確に切り落とす修練を続けた。


⚔⚔


 クロフォード学園―――魔術科寮 放課後・B組寮


 いつもより早めに自己修練を終えたうちは、木剣だけ自室へ戻しに行き、修練服はそのままで魔術科の寮を目指す。

 主に魔術科が生活する寮の前にた立ち、うちはまずミリアの生活している部屋を探す。


 (えっと326じゃったか?326,326っと...…)


 ガチャッ


 寮札の番号を追っていると、ちょうど目当ての323号室の扉が開く。


 「私ちょっと出てくるねぇ~」

 と部屋から出てきたのは、室内にいるルームメイトに声を掛けるミリアの姿があった。


 「お、ちょうど良かった。ミリィ!」

 不意に自分の名前を呼ばれ、ミリアはビクッと一瞬体を震わせうちの方へ顔を向ける。


 「てぃ、ティファ!?なんでここにいるの?」

 ミリアはすぐに人懐っこい表情に戻り、尻尾でも振っているのかと思う程ティファに近寄ってくる。


 「で、なんの用?」

 ティファの傍まで駆け寄って来たミリアが、ミリアの顔はいつものように笑顔だった再び同じ質問をする。


 「ん?あぁ、お前エルザの部屋って知っちょる?」

 エルザの名前が出た瞬間、ミリアの肩がピクッと跳ね俯き、表情も曇っていく気がした。


 「?ミリア?」

 俯いてしまったミリアが気になり肩に手を置く。


 「噂......聞いたよ。クラウス先輩とのやり取り......、それから1週間後にある【決闘】の事......」

 昼頃のことではあるがミリアの耳の速さはさすがだと驚かされる。


 「あぁ、すまん。受けた。うちとエルザ、クラウス先輩とレオス先輩との2組【決闘】タッグ・デュエルじゃ」

 ミリアは肩に置かれたうちの手を掴み顔を上げる。


 「あぁ受けた!じゃないのよバカ!しかも今回は2人とも追放が掛かってるのよ!?なんでそうやって軽いのよ!」

 ミリアが目尻に涙を浮かべもの凄い剣幕でうちを見てくる。

 こんなミリアを見るのは初めてかもしれない。


 「エリノアも言ってたじゃない!あの【決闘】は元を辿ればお嬢様の自業自得だって!ティファがお嬢様と【決闘】を受けた時の周りで見ている事しかできなかった私達の気持ちわかる!?私達がどれだけ心配してたかわかる!?」

 「ミ、ミリィ......」

 思いの丈を伝えながら感情が高ぶり、前回の【決闘】でうちがどれだけ周りに心配させていたかがミリアの瞳から溢れる涙が物語っていた。


 「お嬢様の周りの態度は見ていてつらいもがあるって私だって感じるよ、でも!【決闘】で勝ったのはティファでしょ!?」

 「……」

 うちはミリアの泣き顔を隠すため抱き寄せる。


 「悪い。でも一番付き合いの長いアンタじゃったらわかってくれるじゃろ?うちの力でそいつの何かを変えてやれるなら変えてやりたい。助けてやりたいんじゃ」

 それを聞いて涙と鼻水まみれのミリアが顔を上げる。

 その仕草をうちの想いに納得してくれたと受け取ってくれる。


 「分かった。でも私も付いて行くから」

 「あぁ、頼むそれじゃエルザの部屋まで案内してくれ」

 ミリアは涙を拭い鼻を啜りながら頷き、うちの先を歩きエルザの部屋まで案内してくれる。

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