〈第14話〉『2組【決闘】』

 クロフォード学園―――剣術科修練所


 『アンタがエルザに勝たなければ……!!』

 うちはドーラの言葉が頭から離れないまま、レオスと手合わせをしていた。


 「あっ!」

 手合わせに集中できていなかったうちは、右手に持っていた木剣の握りが甘くなっており、レオスの剣を受けた際木剣を弾き飛ばされる。

 レオスはうちの右にできた隙をついて、木剣の切っ先をうちの喉元に突きつける。


 「おいおい、どうしたんだよ。今日はやけに上の空じゃねぇか」

 レオスはそう言いながらうちに向けていた木剣を降ろす。


 「はい......。すいません......」

 手合いに集中できていなかったことを謝り、レオスに弾き飛ばされた木剣を小走りで拾いに行く。


 「……」

 自分に背を向け木剣へ駆け寄っていくうちをレオスが無言で見つめる。


 「すいません、お待たせしました」

 うちは木剣を拾いレオスの前に戻ってくると、ぺこりと一度頭を下げ両手の剣を構える。


 「……。今日はもうやめとくぞ」

 「え......?」

 レオスは持っている木剣を地につけ、そう告げて大きなため息を一つ着く。


 「お前、何かあったのか?」

 「え、えぇっと~……あったと言えば......あったかも……」

 レオスの見透かしたような質問に歯切れの悪い答えを返し、レオスから視線を外すように目を泳がせる。

 うちの態度を見たレオス「何かあった」と確信し、視線を走り込みをしている生徒に向ける。


 「教官!ティファと話があるんで、今日の手合わせここまでいいっすか?」

 うち達から離れて他生徒の走り込みの様子を見ていたオーガストに、相変わらず良く通る声で手合わせを止める旨を伝える。

 それを聞いたオーガストは、うち達の方に顔を向け一度だけ頷き視線をまた生徒達に戻す。


 「ちょっとこっち来いよ」

 レオスが顎でこっちにこいと誘い先立ってに歩き出し、うちはその後を追っていく。


 「この辺でいいか」

 手合わせをしていた場所から少し離れた場所で、レオスが後ろを付いて来ていたうちの方振り向く。


 「ここなら俺のデケェ声も教官まで届かないだろうし、何があったか話せよ」

 (声がでかいっちゅう自覚はあったんかこの人......)と内心思いながら、エルザの事について聞くべきか悩んでしまう。

 レオスの眼には隠し事をしても見透かしてしまえるような、そんな目力があった。


 「あの......、今日の修練前に聞いたことなんですけど……。エルザの、エルザが家と学園から追放処分を受けたって本当......ですか?」

 うちは意を決して胸中にある悶々としている事を聞くことにした。


 「あぁ、その事か。本当だぜ。いつだっけな、3日前か?クラウスからエルザ追放の通告をしたって聞いたし、魔術科じゃちょっとした騒ぎになっただろ?むしろお前今日まで知らなかったのか?」

 と、このことを今まで知らなかったうちに対し、レオスは小首を傾げながら返答する。

 その返答にうちは黙って頷く。

 レオスはその反応を見て「ハァ」と学園内の噂に疎いうちに対し溜息をつく。


 「でも......、なんで、なんで......。一回、たった一回【決闘】デュエルに負けただけじゃないですか!たったそれだけで追放って言う厳しい処分になるんですか!?」

 うちは溜まっていた感情が爆発したように、意図せず口調が強いものになていた。


 「……。なぁティファ、お前って平民の出自だよな?」

 レオスは語気が荒くなり始めたうちを見て、一旦落ち着かせるように普段の大きな声量を抑え、静かにうちに問いかける。

 うちはレオスの問いに静かに頷く。


 「貴族にとって、それもクロフォード家にとって”敗北”と言う”結果”を残したエルザを何の処分もなく、いつまでも爵家へ居座らせる事は、周りから見たら、う~ん、これはお前達平民視線からになるのか?”身内”への甘さと捉えられて、クロフォード家へ周辺からの批判が集まる要因にもなり兼ねない。だから貴族にとって”たった一回の失態”、ましてや平民に【決闘】で敗北なんてことは、追放されても仕方ない事なんだよ。」


 「でも!」

 レオスの言葉に反論しようとしたうちに対し、「でもじゃないんだよ、ティファ」とレオスは反論しようとしたうちの言葉の気持ちを汲み諭すかのように遮る。

 レオスの言葉に熱くなりかけたうちは気持ちを落ち着かせる。

 オーガストはうちとレオスの様子を確認するように一瞥すし、他生徒達へすぐに視線を戻す。


 「今回のお前の”勝利”は、平民が公爵家を負かしたてっ言う”結果”は貴族にとって重くて周りが注目するものになっちまったんだよ。特に”結果”を重視してるクロフォード家には......な」

 エルザの周りの反応を見てうち自身、今回の勝利はうちにとっても重たいと感じていた。


 「平民からすりゃあさ、貴族は威張り散らかして傍若無人なイメージ強いかもしれねぇが、貴族も貴族で結構立場が厳しかったりするんだぜ?俺の家系も爵位はクロフォード家より低くくて。俺自身は難しいことを考えずに好き勝手生きている。まぁ、そのせいで親父からていうか、爵家の連中から煙たがられてたりするけどな」

 と笑みを浮かべながら場を和ませるような言葉を発するが、うちはレオスが爵位持ちの生徒だと、この時初めて知り驚いた。


 「……あのよ、【決闘】に勝ったのはお前だろ?なんでそこまでお嬢の事気にするんだよ……?」

 レオスはここまでのやり取りをして、うちがエルザを気にかけていることに話の雰囲気から気付く。


 「そ、それは......」

 うちはレオスの問いに答えられず俯いてしまう。


 「……、【決闘】後のお嬢に対する周りの態度の変化に罪悪感でも感じちまったか?」

 うちはその質問に答えられなかった。

 だがレオスはうちのその無言を肯定と受け取ったようだ。


 「ティファ。一つ俺からの忠告だ」

 レオスのその一言を聞いてうちは顔を上げ視線をレオスへ向ける。


 「あの【決闘】は外野から見てもお互い全力を尽くしたものだった。その【決闘】で勝利したんならそれを誇れよ。それから、敗者には敬意を払って、間違っても勝ってしまった事への謝罪はするな。それは全力で戦った敗者を侮辱し、惨めな思いをさせてしまう行為になるからな」

 それを聞いてうちはハッとなる。

 うちは魔術科修練所で自主トレをしていたエルザに対し、心の片隅でどこかで”謝らなければ”と考えていた。

 レオスの言葉を聞いて自分がしようとしていたことが間違いだったと気付かされた。


 「これはお前が聞いてるかどうかはわかんねぇが、お嬢がすぐに追放されるわけじゃねぇ」

 「っ!!そ、それってどいうことですか!?」

 うちはレオスに詰め寄り肩を掴み、どういうことか質問する。


 「ちょちょちょ!最初は追放は3日後ってクラウスは通告したらしいが、【決闘】を受けるなら10日間の猶予与えるって言ったんだよ!」

 「それで、それでエルザはなんって答えたんです!?」

 掴んだレオスの肩を強引に何度も振り、エルザがどう答えたのか聞きだそうとする。


 「お、落ち着けよ!お嬢はクラウスからの【決闘】を震えながら受けた......らしい。俺もその場に居たわけじゃねぇから詳しくはわかんねぇ。そのあとお嬢がどうしてるかは知らねぇよ……」

 それを聞いたうちは、今朝から今までに聞いていたエルザの現状、使用人2人の様子からエルザの今の状況を予測する。

 【決闘】後2日間は何事もなかった。

 うちに負けたことから己を研鑽すべく、早朝からの自己修練をしていたが、その後実兄であるクラウスから追放通告を受け、【決闘】の敗北に加え、爵家からの追放が重なり、そして、10日後に迫る【決闘】のプレッシャーとそのショックからここ3日間食事すらも摂らず部屋へ引き籠っているのでは、と勝手な考えをうちは頭の中に巡らせる。


 「あの......、先輩に一つ聞きたいことがあるんですが」

 先程までの荒ぶっていたうちが、急に落ち着いたような言葉遣いになり、レオスは「?」という表情になる。


 「今日の3年魔術科の日程ってわかりますか?」

 「……。午後からは確か座学だったはずだぜ......」

 と、なぜそのような事を質問するのかと、一瞬思いながらレオスがうちに答える。



 クロフォード学園―――3年一般授業棟


 この日、1年の剣術修練は午前中だけだったこともあり、うちは昼休憩の時間で自室へ戻り、汗を洗い流し午後からの座学に備え制服へ着替え直し、始業前に3年生の一般授業棟へ赴く。


  「えぇっと……」

 授業棟に掲げられている札と一つ一つの教室を除きつつ、エルザの”実兄”であるクラウスを探す。

 教室を覗き込むうちに対し普段見かけない生徒にすれ違う3年生の生徒達は怪訝な表情を浮かべていた。

 だが、うちはここで己の過ちに気付く。

 エルザの兄、クラウスの容姿を全く知らないのだ。


 「あら?その襟色1年生?3年生の授業棟に何の用?」

 教室の入り口でう腕を組み、エルザの兄ならどんな人物だろうとあれこれ妄想していると、背後から不意に声を掛けられる。

 声のした方へ振り向くと、セミロングの赤髪で片目を髪で隠し、口元にほくろのある女生徒、が立っていた。


 「あら?あなたティファニアちゃん?髪を降ろしてるから誰かわからなかったわ」

 振り向いたうちを初見でティファニア・アッシュフィールドと認識されていたのは初めてのことだった。


 「え、なんでうちの名前を......?」

 「何言ってるのよ、この学園であなたの事知らない人なんているわけないでしょ?あ、ていうかごめんなさい。私はアシュリー・アーヴァインって言うのよろしくね。ねぇティファちゃんって呼んでいい?」

 そう言ってアシュリーが右手を差し出し、うちはアシュリーの愛称呼びを頷くことで了承する。

 うちは見知らぬ相手の出現と行動に一瞬警戒をするが、強引な自己紹介からの右手を取られ握手を無理矢理強いられた。


 「それで?ここで何してるのかしら?」

 うちとの握手に満足したアシュリーは握っていた手を放し、本題へと話を戻す。


 「あぁ~、えっと、エルザのお兄さん?お兄様?の、クラウスさん?違うな……、クラウス先輩?クラウス様?を探してまして......」

 西暦20XX年の知識があるうちは、中世の時代の敬称に迷いながら、とにかくクラウスという人物を探していると答える。


 「あら、クラウスを探してるの?クラウスだったら......」

 と隣に立つレオスに負けず劣らずの長身で、金髪をオールバックにした、整った顔立ちで吸い込まれてしまいそうな蒼い瞳の学生へ目配せする。

 うちはその蒼い瞳に一瞬気を取られてしまう。


 「……。俺に何の用だ?」

 うちの存在をアシュリーの隣で確認したクラウスが、自分へ用があると知るとクラウスの態度は冷めたものになり視線も冷たく感じる。


 「えっと、初めまして1年剣術科のてぃ......」

 「アシュリー同様俺もお前のことは知っている。何の用でここに居るのかと聞いている」

 うちの自己紹介を途中で遮り、クラウスは再度3年の一般授業棟に居るのか尋ねてくる。


 「単刀直入に言います。エルザの追放を無しにしてください!」

 「なに?」

 うちはクラウスと真正面に向き合い、クラウスの表情を見るとうちのさっきの発言で眉間にしわが寄っている様に見えた。

 うちはこちらを見てくる瞳に力を入れ、うちも負けじと睨むわけではないが目に力を込める。

 うちとクラウス、その他にも周りで傍観している生徒の間にも沈黙が流れている。


 「ティファちゃん、それってエルザお嬢ちゃんが受けた【決闘】の敗北条件でしょ?エルザお嬢ちゃんがその【決闘】条件で受けたんだから撤回は無理よ」

 隣のアシュリーが【決闘】規定で一度受けた勝敗条件は撤回できないと説明し「それに、まだエルザお嬢ちゃんが負けるとも限らないわ」と付け加える。


 「じゃ、じゃあ。その【決闘】うちにも参加させてください!エルザとうち、2人で!!」

 思いもよらない発言にクラウスとアシュリーは一瞬驚くが、すぐ元の表情へ戻る。


 「それも無理よ。【決闘】は1対1が基本」

 「でも、1年のエルザと3年のクラウス先輩じゃ実力差があり過ぎてフェアじゃないじゃないですか!!」

 ティファの反論を聞いて、アシュリーは困った様子で顔を横に振り溜息と付く。


 「1年対3年は実力差が当て不公平というけど、そもそもあなたの言ってる2対1もフェアじゃないんじゃない?あなたの中の正々堂々の精神に反するんじゃない?どうなの?」

 アシュリーに言葉の矛盾を突かれ、うちは言い返せずに黙り込んでしまう。


 「それに……。その実力差のあった【決闘】にお前は勝利しているじゃないか」

 アシュリーの横で今まで黙って2人の会話を聞いていたクラウスが口を開く。


 「圧倒的な実力差のあるエルザに対し、圧倒的不利なお前は勝った。俺とエルザの【決闘】もそういった”結果”になるかも知れないぞ?」

 うちが魔術師との有利さを跳ねのけ勝利したことから、実力差のある魔術師同士でも何かあればどんでん返しがあるのではないかと言いたげな話し方をする。

 クラウスの説き伏せるような言葉に、うちは完全に返答する言葉を見失ってしまう。


 「でも......、でも......!今のアイツじゃ先輩に勝てる状態じゃない!じゃから!うちをエルザのサポートとして【決闘】に参加させてください!お願いします!」

 うちは必死の思いでクラウスに頭を下げ懇願する。


 「……、クラウス」

 うちの必死さを目の当たりにしたアシュリーは横のクラウスへ視線を向ける。


 「しつこい。【決闘】1対......」

 「じゃあ、2対2ならどうだよ」

 騒ぎを聞きつけいつの間にかできていた人だかりを搔き分け、修練服を着たれをすが現れる。


 「……レオス先輩」

 「レオス......。お前が口を挟むことじゃ......」

 うちはレオスがここに現れたことに驚くが、クラウスはレオスの姿を見ても冷静さを保ったままだった。


 「いいや、挟むね。こんな面白そうなこと俺抜きでやるなよ」

 そのレオスの言葉に「面白そうな事だと?」とクラウスは怪訝そうな表情を受けべる。


 「ティファはクラウスとお嬢の【決闘】に参加したい。でも、【決闘】の規定が邪魔してそれができない。って言うなら、俺とクラウス、ティファとお嬢の『2人組【デュエル】タッグ・デュエル』にしちまえばいいじゃねぇか」


 「2対2.....?」

 レオスの提案に周りの視線が集中する。


 「できるよな?アシュ、確か【決闘】で1対複数は無理だが2対2の【決闘】だとだめって規定はなかっただろ?」

 「それは......そうだけど」

 レオスの言葉を受けてアシュリーは顎に手を添え考える素振りをする。


 「3年主席のタッグと1年主席のタッグ。話題性にも事欠かねぇと思うけど……。まぁ決めるのはお前だクラウス」

 そう言いながらクラウスに近づき、右肩に手を置く。


 「……」

 クラウスはうちと視線を合わせ、何やら考えている様だった。


 「……」

 レオスの提案でエルザとタッグを組んで【決闘】ができるならそれでいいと思いながら、無言でうちを見つめてくるクラウスにうちも黙って視線を返す。


 「……いいだろう」

 「ありがとうございます!!」

 クラウスの口から出た言葉に、礼を言いうちは一瞬表情を明るくしてしまう。


 「だが、勝敗時の条件を追加させてもらう、俺とレオスに負ければエルザとお前を追放する。一応そっちの条件も聞いておこうか」

 「うちの、うち等の条件は追放の撤回!それだけです」

 と、うちとエルザの勝利した際の条件を提示する。


 「わかった、だが【決闘】の日取りは変更なしだ。7日後まで精々鍛錬するのだな」

 と、エルザ追放の条件にうちも加わえることをクラウスが告げる。


 「えぇですよ!もとよりリスクは覚悟の上です!」

 うちは胸の前で拳を握り込み、【決闘】への決意を固める。

 クラウスは肩においてあるレオスの手を振り払い、集まっていた人だかりに踵を返し教室へ入って行く。

 アシュリーはうちに一度向き直り「またね~」と前髪で隠れた方の瞳でウィンクをして軽く手を振り、先に入って行ったクラウスの後を追っていく。


 「……」

 うちはクラウスが去った方向をしばらく無言で見つめる。


 「お前なぁ......」

 気づくとため息をつきながらうちの方を見ていた。


 「あ、レオス先輩。先輩もありがとうございました!先輩のおかげで......」

 「バ~カ、礼を言ってる場合じゃねぇぞ。あの時に魔術科の日程聞いてくるからもしかして何かやらかす気かと思って来てみたらこれだったよ……」

 レオスは頭を抱えてもう一つ溜息をつき、それを見たうちは少々申し訳なくなる。


 「まぁ、いい機会だとは思ってる。日頃の手合いじゃお互い本気を見せ合ってねぇ。こういう形にはなったがこれは俺とお前との本気の【決闘】でもある。心しときな」

 レオスが真剣な眼差しをうちに向け、うちはそれに答えるように強く頷く。


 「それじゃ話はここまでだ。アルドリッド教官には【決闘】が終わるまで出向はやめておく旨伝えとくわ。クラウスも言ってたが、精々惨めな負け方しねぇように精進しな」

 そう言い残し修練所の方へと去っていくレオスの後姿と見送り、うちも1年授業棟へ戻ることにした。

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