〈第13話〉『勝利の重さ』
クロフォード学園―――剣術科修練所 早朝
「よし!やってみるか!」
学園内にある大鐘楼塔にある大時計の時刻を一瞬確認し、うちは両頬を叩き気合いを入れる。
「【紫電】【韋駄天】!」
前日までは【紫電】【韋駄天】をラストスパートで使用し、疾走距離の長さを見ていたが、この日から【紫電】【韋駄天】を常時発動して走り込みを行うことにしていた。
エルザとの【決闘】デュエルで分かっていた事ではあるが、この修練方法に変えたことで、改めてこの身体強化の欠点に気付いた。
「くっ!」
【紫電】【韋駄天】は相手への直・線・距離で詰める際には脅威になる。
だが、修練所の走り込みでコースを周回する際のコーナー、相手の攻撃を避ける際、強制的な減速を強いられ、減速をしなければ方向転換ができない。
故に減速中をピンポイントで狙われれば攻撃を避け切れない。
攻撃を受けている時の回避の欠点については、【決闘】終了後の修練服を洗濯する際、思いのほか【炎球】ファイアー・ボールが全身を掠めていた事に気付く。
これは早々から【紫電】【韋駄天】の欠点をエルザに見抜かれ、回避のために減速をした瞬間を狙われていたことになる。
ギリギリで避けれていた要因は【炎球】の弾速が遅かったことに起因するものだろう。
「くっそ!!」
修練所を数周するがコーナーで曲がる際、どうしても減速しなければならない状況にうちは憤りを隠せなくなっていた。
いつも通りの周回を終え、大鐘楼に目を向け大時計が差す時刻を確認した。
確かに前日までの走り込み終了時間を考えれば遥かに速く終わっていた。
だが、うちは自身が思っていた以上に時間が掛かっていたことに、肩を落とす。
(これが......、【紫電】【韋駄天】の欠点!)
うちはこの日の自主練で、方向転換をする際に減速しなければならないと言う【紫電】【韋駄天】の欠点を再認識する。
「う~ん……、どうすればえぇんじゃろ......」
修練所の周回目標を終え、腕組みをして【紫電】【韋駄天】の改善点を腕組みをして考える。
改善点ばかりに気を取られているわけにはいかず、うちは立て掛けている木剣を回収し素振りを始めようとした。
「あれ?」
走り込みを終えた後、ここ2日くらい魔術科から聞こえていた爆発音が今日に限って聞こえてこない。
爆発音が聞こえないことに違和感を感じたうちは、木剣2本を回収し駆け足で魔術科の修練所の扉をそっと開け中の状況を確認する。
(……今日は来ちょらん......のか?)
魔術科の修練所に入ったうちは、そこにエルザの姿がないことに心なしか悲しい感情を抱いた。
ここで素振りをしていればいつかエルザが現れると思いつつ、残りの修練の素振り魔術科の修練所で行うがこの日からエルザの姿を見ることはなかった。
⚔
クロフォード学園―――魔術科 1年魔術科寮
『エルザ・クロフォード!!』
『っ!!』
ティファからスタッフを遥か後方へ弾き飛ばされ、スタッフを奪い取られ無防備になった私は自身の名を呼ばれ、目の前の人物へ視線を向ける。
『この【決闘】!うちの勝ちじゃぁ!!!!」』
ティファは自分の勝利を確信し、それを高らかに叫びながら、逆袈裟で振り上げた右手の木剣を付きの構えに変え、身を捩り回避しようとした際に私の胸元から浮いた【決闘デュエルクリスタル】に目掛け突きを放つ。
エルザはティファに敗北した日以来、それが何度もフラッシュバックし、何度も何度も夢に見る。
そうそれはエルザにとっての悪夢の様になっていた。
それに加え......。
『エルザ。お前をクロフォード家及び学園から追放する』
と、冷めた表情で実兄であるクラウスからクロフォード家からの追放を告げられる。
その兄の表情は、幼少期に”色無し”の判定を目の当たりにした父の目線、”結果”を出せなかった者への冷やかな視線と同じものだった。
『お前をクロフォード家及び学園から追放する』
『クロフォード家及び学園から追放する』
『追放する』
『追放......』
「っ!……ハァ……ハァ……」
エルザは【決闘クリスタル】砕けた瞬間に飛び起き、自身の詰め、戦略の甘さと、この時の憤りと悔しさにエルザは悔し涙を流していた。
そして、先日実兄であるクラウスから爵家、学園からの追放を言い渡されていた。
「追......放......。私が、爵家からだけでなく......、学園からも……追放......?」
何処か分かってはいた……。
”結果が全て”と教え続けられたクラウスの処遇があることに、エルザは何処か分かっていたようではあった……。
だが、実兄のクラウスから直接追放を告げられ見捨てられたことに、エルザは涙が止まらなかった。
追放というショックを受け頭を抱え込み修練・座学に出る事すらできない心理状況になってしまっていた。
「私は......、私はもう......」
「お兄様の背中を追うことはできないんですか……?」
コンコンッ
『エルザ、そろそろ朝食を摂って授業棟に向かわないと間に合わなくなるわよ』
ドーラが控えめにエルザの部屋のドアをノックするが、エルザからの反応は帰ってこない扉に向かって声を掛ける。
反応のないエルザに対し、ドーラとアメリアは扉の前で、お互い困惑した表情で顔を見合わせる。
『え、エルザ時間が迫ってるから私達は先に行くね……』
ドーラとアメリアは扉越しにエルザにそう言い残し、躊躇いながらも2人は学生食堂で朝食を摂り、エルザの事をしばらく待つが、エルザの姿が一向に見られないことから2人は仕方なく授業棟へ向かう。
⚔⚔
クロフォード学園―――剣術科修練所
うちは先日から1年剣術科に出向してくれているレオスと、他生徒の走り込みが終わるまでの間手合わせをしていた。
「なぁなぁ、今日くらいあの【決闘】で見せた”高速剣”見せてくれてもいいんじゃね?」
カッ、カッと木剣のぶつかり合う音を響かせ、左右上下から撃たれるうちの木剣で受けつつレオスが声をかけてくる。
「昨日も言ったじゃないですか。本気を出してくれん相手になんでうちだけが本気を出さんといけんのですか」
うちはレオスの剣を受け流し、自身の攻撃も繰りだしながら質問に答える。
「確かに俺も本気を出してねぇ。てか、昨日お前が指摘した通り、今使ってる木剣は俺が普段使いしてるものと全然違うもんだ。この場にも持ってきてやりてぇんだが、俺の木剣は特別生だからなぁ......、おいそれと見せてやれねぇのよ」
と、レオスがうちに嘘か本当かわからない事を説明する、それでもレオスがどことなくうちを試している雰囲気がこの2日ほどで伝わってくる。
「まぁ、高速剣とは別に見て見たいものもあるがな」
レオスの上段からの剣をうちは剣をバツの字に構え受け止める。
「見て見たい......ものって何ですか?」
うちはバツの字に構えていた剣を右側だけ引き、レオスの剣を左手の剣だけで耐えながら右手の剣を横薙ぎに振り抜く。
レオスは横に振り抜いた剣を後方へ飛び引くことで回避する。
レオスが後方へ飛び退くことでうちとの距離が開く。
「瞬足、高速剣とは別に【決闘】でお前が見せた”分身”も俺は見て見たいんだよなぁ」
「分......身?なんのことを言っちょるんです?」
うちはレオスの言っていることに理解が出来なかった。
というより、レオスが言った【決闘】で”分身”という高等技術を使えるような実力はなかった。
「はぁ?なんだよお前、自覚ないのか?その時のお前は確かに”分身”してエルザお嬢の攻撃回避してただろ」
うちの発言が恍けているように聞こえたのかレオスは首を傾げうちにそう返答する。
確かに、回避を最小限にしエルザへ向け、疾走し始めた時点からエルザの【炎球】がブレ始めたことがあったことにうちは思い出し、レオスの発言から自分が知らず知らずのうちに自分が”分身”していたことを知る。
これが後にうちの新たな技へと昇華されていく。
⚔⚔⚔
クロフォード学園―――剣術科修練所 早朝
エルザが早朝自主練で姿を見せなくなって3日後。
うちは未だに【紫電】【韋駄天】の改善点に悩みつつ魔術科修練所の方へ耳を傾ける。
だが、この日も魔術科修練所からの修練音は聞こえてこなかった。
うちは走り込み中に集中して聞こえなかっただけかもと思い、一応魔術科修練所の扉を開き中の様子を窺う。
「……」
(エルザ......)
この時のうちはエルザへ対する評価が自分の中で変わっていた。
初めて目にした順番待ちをしている列に自身の地位を笠に割り込む横暴な姿から、苛つくことすらあれど、破ってもいいはずの【決闘】での敗北条件を受け入れ、シンシアに謝罪をしてくれたこと。
うちに敗北した翌日から、負けた原因となった欠点を克服すべく修練に励む姿に、エルザの隠れた努力家の一面、うちと同じ上を見続け研鑽を続けられる姿勢から仲間意識を感じていた。
うちはこの日も寝坊しているだけだろうと思い込むようにして魔術科修練所内で素振りをした。
だが、この日もエルザの姿を見ることはなかった。
⚔⚔⚔⚔
クロフォード学園―――1年生一般授業棟
この日、剣術科は午前から修練所での授業だったが、うちは1年の座学が行われる一般授業棟にいた。
この日の魔術科の日程は一日中座学と、朝食時ミリアから聞いており、授業が始まる前にエルザを捕まえるべく、授業棟の入り口で待ち伏せをする。
だが、一向にエルザの姿が見えない。
痺れを切らせたうちはミリアの居るBクラスへ向かう。
「ミリィ!」
Bクラスで始業前に授業室前で学友と思われる女子数人と雑談しているミリアの姿を見つけ、周囲の視線に構わず大声で声を掛ける。
「ティ、ティファ!?どうしたのよ!びっくりした~。てか、あともうちょっとで始業だよ?」
始業前ギリギリに現れたうちに対し、室内の時計を一瞥しミリアは戸惑いと心配したような表情をうちに向ける。
「悪い悪い。今日エルザは出席しちょる?」
うちは授業棟への出入りに目を向けつつミリアに問いかける。
「あぁ、どうなんだろうね。ここ何日か欠席してるって聞いたけど……」
と、うち同様に周囲を見渡しエルザの姿を探す。
「あ、あの子達!お嬢様の使用人だから、な、何か知ってるかも......」
授業棟に入ってくる生徒に目配せしていたミリアが、授業棟に入って行く2人組を指差す。
うちは「ありがとう」とだけミリアに言い残し、2人を見失わない様に抱急ぎ足で彼女等に近寄る。
「ちょっとえぇか?」
ティファは授業棟に入る前のドーラとアメリアに声を掛ける。
「っ!ティファニア!」
背後から不意に声を掛けられたドーラは、声をかけてきた相手がうちと認識すると、威嚇の態勢に入る。
対照的に、アメリアはうちとドーラの掛け合いを困惑した表情を交互に視線を送り黙って見届ける立ち位置に居座る。
「……何の用?」
ドーラがうちを警戒しつつ、魔術科の授業棟に居る理由を問いかける。
「今日......も、エルザは居らんのか?」
そのうちの返答、質問にドーラは今のエルザの状況を思い出し、憤りを露わにしてうちの胸元を掴む。
「エルザは居ないわよ!兄のクラウス様から爵家と学園から追放を言い渡されて、この3日間食事も摂らずにずっと部屋に閉じこもってるのよ!アンタが......、アンタがエルザに勝たなければ……!!」
うちはそれを聞いてエルザの今の状況を把握する。
長い付き合いからドーラはエルザの今の現状を思うあまり目尻に涙を浮かべる。
エルザ側に徹していた使用人にとって、うちの勝利はエルザの使用人の2人にとっても不名誉、屈辱、汚名な事とされ、エルザを思うドーラのその行為が繋がっていた。
傍らでその状況を見ていたアメリアが、ティファの胸元を掴んでいた手を優しく手を取り、「その子に当たる事は違う」と言うように首を左右に振りながら”もうやめなさい”とドーラへ無言で伝える。
「っ!!」
アメリアの反応を見たドーラは胸元を掴んでいた手を乱暴に付き放つ。
ドーラとアメリアはそのままうちへ踵を返し室内へと向かう。
その2人の背中を見届けながら、【決闘】は誰かを救う結果にもなるが、誰かを貶める結果にもなるとこの時のうちはこれが『勝利の重み』なのかと心の中で受け止めた。
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