〈第16話〉『ハンバーグは涙の味』〈中編①〉

 クロフォード学園―――魔術科寮 放課後・A組寮


 「こ、ここだったと思うけど……」

 うちとミリアはA組寮棟のエルザの部屋だと思われる217号室の前に来ていた。

 まぁ間違えていれば間違っていたと言う事で、その場を誤魔化し他を探そうとは思っていた。


 コンコンッ


 うちは217号室の扉をノックし、中の反応を隣のミリアと顔を見合わせ数分待つ。

 だが、数分待っても反応が返ってこないため、再びドアをノックしようとした瞬間......。


 『はい、どちらさまでしょうか?』

 と、物静かで落ち着いた感じの応答が返ってくる。


 「あぁ~すいません、うちティファニア・アッシュフィールドですけど……」

 うちが控えめに名乗ると、扉の向こうがあからさまに騒がしくなる。


 「すまん、立ち話もあれじゃし、中に入れてもらえんかの?」

 しばらく扉越しに聞こえる会話に聞き耳を立ててみるが、開ける開けないの議論がされている様だ。

 うちは再び言葉を掛け、物音と会話も止み場がシーンとなる。

 うちは傍らにいるミリアに目配せで「やっぱ無理か?」と首をお互いに傾げながらアイコンタクトを送る。


 「お~……」


 ガチャッ


 うちは会話のしなくなった扉へ「お~い」と最後の声を掛けようとした瞬間、鍵の開く音と扉がギィィッと重い音を立て隙間が少し開く。


 「何の御用でしょう?」

 その扉の隙間からおずおずとアメリアが顔を覗かせた。

 うちは隙間から覗かせた顔がエルザの使用人の一人と確認すると、扉を閉めさせない様に強引につま先を差し込み閉まらない様にする。


 「!!」

 うちのその行動にアメリアは驚き咄嗟に扉を閉めようとするが、うちのつま先が邪魔になり閉めることができなくなる。

 アメリアはうちを部屋に入れまいと体重をかけて扉を開かない様にするが、普段鍛えているうちに比べ力の差は明らかで扉を閉められないことをいいことに、うちはドアノブに手を掛け内側へと力の限り押し込み強引に扉を開き、背後で申し訳なさそうにしているミリアと共にも部屋へ入って行く。


 「無理矢理で悪い。入らせてもらうよ」

 必死でうちの妨害をしていたが力で押し負けたアメリアに対し、うちは強引に入ってしまった事の謝罪をする。


 「ティファニア!!」

 強引に部屋に入って来たうちの顔を見たドーラが敵意を向けてくる。


 「エルザの部屋はどれじゃ?」

 うちはそんなドーラに目もくれず、四方にある部屋のどれがエルザの部屋か探りを入れる。

 うちの質問でドーラの目線が一瞬動き、右奥の扉の方を見たことを見逃さず、うちはその扉へ向けて歩き出す。


 「ちょっと!どこ行く気よ!」

 エルザの部屋の方へと歩き出したうちをドーラが引き留めようと背後から右肩を掴んでくる。

 アメリアもうちを部屋に近づけまいとして扉の前で両手を広げ立ち塞がる。

 うちは目の前のアメリアから視線を外し、肩を掴んできたドーラを一睨みする。

 ドーラはうちの視線の圧力にゾッとした様子を見せ、肩を掴んでいた手を無意識に放してしまう。

 うちはドーラの胸倉を掴み、壁へと追いやる。


 「ぐっ!な、なに......するのよ!」

 胸倉を掴まれたドーラは、負けじとうちの手を掴み睨み返してくる。


 「情けないのぅ……」

 うちは声を低くし、ドーラに話し掛ける。


 「な、なにがよ!」

 ドーラはうちの手首を握りこれ以上追い込まれない様に抵抗をする。


 「使用人のお前等はうちよりエルザとの付き合いが長いんじゃろ......。なのになんでこんな薄っぺらい扉をぶち壊してエルザを部屋から連れ出してやれんのじゃ!!」

 「貴族に使えたことがないアンタに何が分かるのよ!貴族と使用人の踏み越えちゃいけない一線も分からない平民のくせに!!」

 ドーラも長年付き合いのあるエルザの事を心配はしている。

 だが、ドーラやアメリアにとって、エルザは使えるべき君主であるため超えられない一線があると主張する。


 「あぁ!わからんよ!貴族と使用人の一線!?そんなものお前等が自分達の立場を言い訳に、今のエルザを遠ざけちょるだけじゃろ!」

 「っ!」

 ドーラはうちの言葉に引っ掛かる事があったのか、心が揺れ黙り込んでしまう。


 「エルザの今の状況を作ったきっかけは確かにうちじゃ!それは認めちゃる!じゃけど!自分の仕える主君に寄り添えずに今の状況に追いやったのはお前らの責任でもあるじゃろ!!」

 うちは黙り込んだドーラへ追い打ちをかける様に言葉を続け、それを聞いたドーラとエルザの扉前でうちとドーラのやり取りを聞いていたアメリアは俯き、この数日間の己の行動を思い返す。


 「お前が本当にエルザの事を心配しちょるんなら、大切じゃって思っちょるんじゃったらそんな下らん一線くらい超えて見せろ……」

 うちは自分の思っていることを全て吐き出し、ドーラの胸倉を掴んでいた手の力を抜き、壁際に追い詰めていたドーラを開放する。

 うちから解放され敵意を失ったドーラは上っ面だけの主従関係と己の無力さからか、その場にへたり込んでしまう。

 そんなドーラを尻目にうちはエルザの部屋の扉前に立ち塞がるアメリアへと歩み寄る。


 「……」

 「お前、アメリアっちゅうたか?お前がエルザの事をどうにかしたいって思っちょるならそこをどいてくれ。頼む」

 アメリアもうちとドーラのやり取りを扉の前で聞いており、うちとドーラへ視線を交互に向け、このまま立ち塞がるべきか退くべきか悩んでいる様だった。


 「ッハ!アメリアそこをどいちゃダメよ!」

 へたり込んでいたドーラは正気に戻り、アメリアへそのままうちを妨害するよう指示する。


 「……。貴女にお嬢様が救えますか......?」

 「アメリア!」

 うちの返答次第では退くような問いかけをするアメリアにドーラが一喝する。


 「……。保証は出来ん。じゃけどここからは、この部屋からは絶対に連れ出しちゃる」

 うちのその言葉を聞いたアメリアは、ドーラに申し訳なさそうな表情を向け扉の前から退く。

 アメリアのその行動に諦めた表情を浮かべ俯いてしまう。

 うちは扉の前から退いてくれたアメリアへ「ありがとう」と礼を言いエルザの部屋の扉を数回ノックする。


 「エルザ。うちじゃ話があって来たここを開けてくれ」

 扉の内側に居るであろうエルザに呼び掛けながら、鍵の掛かった扉をガチャガチャと捻る。


 (やっぱり鍵は掛かっちょるか......)

 分かっていた事ではあるが、うちは鍵が掛かっていることを確認しる。


 「1つ聞きたいんじゃが、エルザは食事は摂ってないんじゃな?」

 うちの問いにアメリアが静かに頷く。

 アメリアの反応を見た後、うちは数歩扉から離れる。

 うちのその行動にその場に居合わせているドーラとアメリアは「?」となるが、ここまで同行しうちの性格を熟知しているミリアは、うちのその行動から次に何をするのか予想でき、「ちょっと!ティファ!待って!」と、うちを止めようとする。


 ドガンッ!


 うちは助走をつけ思いっきりエルザの部屋の扉を蹴りつけ破壊する。

 うちを止めきれなかったミリアは「あぁ~……」と諦めの声を上げ、エルザを連れ出してくれると期待していたアメリアは、扉の前から退いたことを頭を抱えながら後悔し、ドーラには「アンタ何やってんのよ!」と怒号を浴びせられる。

 うちは周りの事を気にせずエルザの部屋へと入って行く。


 「エルザ......」

 「……」

 扉を蹴り破った音にも動じず、虚ろな瞳でベッドの上で膝を抱えているエルザに声を掛ける。


 「……」

 「……」

 うちはエルザの居るベッドの脇まで近寄る。


 「……し......きた......のよ……」

 部屋に入って来たのがうちと認識したのか、エルザが気力のない掠れた声を絞り出し消え入りそうな声音でうちに問いかける。


 (……。目の下に隈ができちょる……。まともに寝ても居らんのか)

 うちは破壊した扉から差し込む光だけでエルザの顔を窺うが酷いものだった。


 「……」

 「……」

 うちはエルザの問いに答えず、エルザもそんなうちをこの場に居ないものとしている様だった。


 グイッ!


 お互いの沈黙に耐えられなくなったうちは、エルザの手を取り力任せにベッドから起き上がらせ無理矢理ベッドから引きずり下ろす。


 「っ!な……、するの......よ...,...!」

 「立て......。自分の脚で、自分の意志で立て......!」

 うちはエルザをベッドから引き摺り降ろすが、エルザは弱々しい抵抗を見せるだけで自身の力で立ち上がろうとはしない。

 そんなエルザをうちは力任せに引きずる形で部屋の出口へ向かう。


 「いやだ!……な……してよ......。放しなさいよ!」

 エルザは爪を立て必死にうちの手を振り解こうと抵抗してくる。


 「……っ!!」

 うちは手の甲を鋭い爪で引っ掛かれ、手の甲に走る一瞬の痛みで顔を歪めるが手の力を緩めることなく握り続けた。

 そして、手の甲には数本の血の滲み出た数本の赤い筋が浮き出る。

 うちは手の甲に残るジンジンする痛みに表情を変えず、エルザを引きずったまま無理矢理部屋から連れ出すしたところでエルザの手を上へと強引に引っ張りエルザを立たせる。

 エルザの個別に割り振られた部屋からは連れ出せたが、あとは使用人と3人共同で使用しているこの217号室から出て目的の場所まで連れて行くことだ。


 「ドーラ?かアメリアのどっちでもえぇからエルザの靴を持ってきてくれるか?」

 うちの言葉にいち早く反応したアメリアが、エルザの部屋に入り靴を手に持つ。


 「ドーラ、悪いのだけどこれを濡らしてきて」

 アメリアはポケットから布切れを出し、ドーラへ手渡す。

 アメリアから布切れを受け取ったドーラは、洗面台へ小走りに向かい、濡らした布を搾りそれをアメリアへ渡す。

 ドーラから濡れた布を受け取ったアメリアは、エルザの足裏の汚れを拭い靴を履かせる。

 この間もエルザは「放しなさいよ……、放してよ……、お願いだから......」と耳を澄まさなければ聞き取りにくい声量で抵抗し続ける。

 アメリアがエルザに靴を履かせてくれたこと「ありがとう」と一言礼をして、うちはそのままエルザの手を引っ張り217号室から出て行く。


 「ちょ、ちょっと!どこ行く気よ!」

 ドーラとアメリアは連れ出した先の座談スペースのソファに座らせ、話をするのかと思っていた様で、217号室からエルザを連れて出て行こうとするうちを2人で止めようとドーラがうちの肩を掴む。


 「どこでもえぇじゃろ。気になるならお前等もついて来たらえぇよ」

 うちはドーラの手を振り解き、エルザを引き摺りながら目的地へ向かう。

 その後ろをミリア、ドーラ、アメリアの3人もついてくる。

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