ケーキと紅茶と二畳半

@chelsea-milky

二畳半の幸せ

 今ではもう珍しくなった女子高卒業後、生まれ育った田舎から、東京へと就職して、今は一人暮らし。何で地元じゃなかったのかと言うと、 やっぱり東京在住っていう言葉に憧れてたんだと思う。東京に行けば、それはもう華々しいドラマみたいな事が次々と身の回りに‥‥何て考えてた時期が私にもありましたよ。

 実際はね。

「‥‥‥‥ふう‥‥そろそろいいか‥‥」

 会社終わりにスーパーから買ってきたカップ焼きそばが、いい塩梅になってきたのでお湯を捨てる。そして実家から持ってきたテレビを、目が悪くなりそうな至近距離(これ以上は離せない)で見ながら、ズズズ‥‥と、食べる。カップ焼きそばは好きなんだけど、こればっかりだと栄養が偏る。それは分かってるんだけどね。

 贅沢は出来ない。何しろお金がないの!

 今住んでるアパートはまあ、都内にしては安いし、それに新築なんだけど、リビングが何と二畳しかない!

 なので、ベッドが置けないので布団生活。で、布団を畳まないとテーブルが出せないという激狭物件。寝てて天井を見てると、何だが棺桶の中に入れられてるみたい。田舎から出てきたときのシャレオツな部屋を夢見てたんだけど‥‥まさかこんな事になるなんて。

 一応、ユニットバスはついてるけど、それがまた狭いの何の、廊下のスライド式の扉を閉めると、息苦しくなるぐらい。トイレに座ると膝がぶつかるし、浴槽は膝を抱えてつかる感じ‥‥それでどうしてこんなに家賃が高いのか‥‥東京は恐ろしい所ですね。

 私の務めてる所は、ビルなんかの設計事務所。大手なんだけど、お給料はけっこう渋い。

 まわりの人はどうしてるのかと聞いてみた事があったんだけど、実家が都内だったり、電車で通える距離だったりで、生活費があんまりかからない。うらやましい!

 私なんて、家賃、光熱費、食費‥‥それだけでほとんど無くなってしまう。

 家賃は頑張っも安くはらないし、光熱費も節約にもお限界がある。つまり他に出費があった時は、食費が犠牲になるというわけなの。そういうわけで、今月は高校時代の友人の結婚式に出たので、それが大ダメージになってる。ううん、別にね、出るのが嫌だったんじゃないの。いっつも一緒に遊んででた仲良しの友人だし、心からおめでとうって言ったのよ。でもね、ご祝儀‥‥これがその‥‥キツイ。最低限の三万‥‥これで許して!。帰省のお金は何とか親にたかって何とかしたけど、いっつも職人並の限界に挑戦してるような生活の私に、三万は辛い。それだけあれば、もっとまともなご飯が食べられるのに。

 幸いにして家から送ってもらった米はあるので、飢え死にする事はないけど、それも限度がある。朝夕に食べて、お昼にお弁当に入れていくと、すぐに底をついてしまう。ここは計画的に使わなければならない。

 お米節約の為に、今日がカップ焼きそばなのは仕方なし。まさかお昼の時間に、一人でカップラーメンすするのはちょっと‥‥。

よし、この決断は間違ってない!

そうは言っても、お弁当にはそんなにお金がかけられるはずもなく。

それで次の日の会社のお昼時間、

 私はお客さんの窓口担当、研修でどんな厳しい対応にも笑顔で‥‥と習ったので、言われた通りにずっとそうしてたら、会社にいる間は笑顔が顔に張り付いてしまったのよ。

「三崎さーん! お昼にしよう!」

 三崎というのは私の苗字で、よく名前に間違えられる。三崎三里、ミサキサンリという、親を恨みたくなるようなよく分からない字顔‥‥それが私。

 その私を呼ぶ彼女は、私の席のすぐ後ろで事務仕事をしてる大須賀さん。家は都内の大豪邸らしくて、お嬢様なんじゃないかと思う。なんでここで働いてるかが謎。二つ上の先輩で、親切に何でも教えてくれるいい人なんだけど‥‥お昼は、ご一緒したくない。

 前に、はーい、喜んで!‥‥って、一緒に行ったら、ランチ一食で私の食費の三日分がなくなったのは、後のカロリーメイト生活と共に、苦い思い出だ。

「あ、私、今日、お弁当があるんで‥‥」

 私は笑顔でそう答える。

いつもならそれで何とかなったんだけど。

「丁度よかった、私も作ってきたの」

「え!?」

 微笑んだまま、瞬間、世界は白黒に変わる。

 しまった! この流れだと、一緒にどこかで食べよう的な‥‥。

 それは避けなければならない、なぜなら同じお弁当とは言っても、私のそれは若い女子が作るものとは違うもの。

 確かに蓋を開けた時の声はどっちも、わー‥‥かもしれないけど、私のそれはね‥‥うわ‥‥何だってば。

 おかずとご飯の敷居を取って、全面にごはん。その上にノリを敷き詰めて、真上に梅干しが一つ。比べて、大須賀さんのお弁当は、お野菜満載の、プチトマトが入ったりしちゃったりする健康志向の内容‥‥だと思う。これはピンチと言っても過言ではない!

 どうにかして一人飯に持っていかないと‥‥。

「えっと‥‥その‥‥あはは‥‥」

 後頭部に手を当てて笑ってごまかす‥‥何て手は通じないか。

“これからお昼?”

「!」

 廊下の向こうから若い男性の声。多分、営業の藤崎さん。大須賀さんと同期で、よく飲みに行ってるって話を聞いた事がる。

 大学卒業してから入社して数年で主任にまでなったやり手だとか。

 そうか、これは天の助け!

「あー‥‥つもる話もあると思うので、ここは二人で‥‥」

 同期で親睦を深めた方が良いのでは‥‥と、提案すればOKか?

「いやいや‥‥」

 大須賀さんは藤崎さんに頷いてる。何か言いたけな藤崎さんの背中を、大須賀さんはバシ!と叩いた。すると藤崎さんは咳払いして、ネクタイを締め直した。

「あのさ‥‥今日は僕も弁当なんだ。一緒にどう?」

「は?‥‥あ、いえ‥‥それは‥‥」

「三崎さんは、全然外食とかしなくて、いつもお弁当作ってきてるよね。偉いよ」

「偉いと言うか‥‥せざるをえないと言うか‥‥」

 大須賀さんは何かニヤニヤしてる。

「私はちょっと用事を思い出したから、あとは二人でね」

「え?」

 そんな雑な言い訳でいなくなるのはアリなの?

「社員用の休息室でいいよね」

「あ‥‥はい‥‥」

 断る機会を完全になくしてしまった。私は彼の背中を見つめながら歩いていく。

「三崎さんて、お嬢様なの? そんな噂があるけど」

「え、え、え‥‥どうしてですか?」

「社内で噂されてるし‥‥僕もそう思う」

 藤崎さんは振り返ってニコ‥‥と笑った。

「‥‥‥あああ‥‥‥」

 そんなシシオドシがカコーンってなる様な家には住んでない。アパートはほぼ棺桶だというのに、どうしてそんな事になってるのか。

 さすがに大手という事で社員用の休憩室は、かなりシャレた内装で、しかも広い。私がテーブルにつくと、藤崎さんは正面に座った。

「‥‥‥‥」

 私は笑顔のまま冷や汗。

 これはもう弁当の中を見てくれと言わんばかりの体勢。覗きこまれたら最後。私の日の丸ドカ弁が白日の下に‥‥。

「じゃあ、いただきますか」

 パカ‥‥と開けた藤崎さんのお弁当は、シャケの切り身とか、煮物とか‥‥まあ、典型的な非の打ちどころのないお弁当。在りものを適当に詰めたなんて言ってるけど、それは私も同じなんだが。

「‥‥‥‥」

 弁当箱を包んでいたミニ風呂敷を取る。銀色の弁当箱に手をかけるが‥‥。

「‥‥‥‥く‥‥」

「?‥‥どうしたの?」

「その‥‥体調が‥‥」

「え?‥‥大丈夫?」

「はい‥‥なので、失礼します」

 シュババババ‥‥と、電光石火で弁当箱を包みなおして、速攻で部屋を出る。

 これで‥‥何とかなったのか?

 とりあえずの危機は脱した様だ。明日からどうするかはまた後で考えよう。

 もう午後は平穏‥‥そう考えてた時期もありました。

「はい、では、こちらの書類に記入してください」

 そうして窓口業務が再開すると、グー‥‥って、地の底から沸き起こる様な何かの音が鳴り響いてくる。

「その‥‥ぐ‥‥吉岡工業様の‥‥ぐ‥‥資材搬入期限が‥‥むぐ‥‥」

「?」

 お腹が鳴るのを必死の堪えてると、変な息が漏れてしまう。お客さんは変な顔で私を見てるし。

 それでも何とかやり過ごしたけど‥‥お腹空いた。

 今は空腹だけど、お弁当は夜に食べる事が出来る。一食特したと思えば、まあいいか。

 その日は朝にろくな物を食べずに、お昼なし‥‥今は退社時間‥‥当然、ガス欠寸前の状態。

「お疲れさまでしたー♪」

「あ‥‥みさ‥‥」

 疾風とはこの事。藤崎さん達に笑顔で挨拶して至近の電車に飛び乗る。

 定期代は会社が出してくれるんで、この辺は大丈夫。

「‥‥‥‥」

 車窓に流れる景色をぼうっと眺めながら、色々考える。

 一食分の食事代が浮いたという事は‥‥その分、使ってもいいという事にならないだろうか?

 と、いうわけで私は途中のケーキ屋さんから好物のザッハトルテを一個だけ買った。あとは家で、薄い紅茶でも入れれば、久しぶりに優雅なひと時を送れる。

「♪♪」

 上機嫌で家に帰る。

 さっそく弁当箱からご飯を取りだすと、すっかり固くなってて、四角い板のように出てきた。サクサクと細裂いて引き出しからふりかけをちょっとかけると、何とまあ、豪華なディナー。それになんと、本日は食べ終わった後で、デザートもあるではないか!

 そんなこんなで時間をかけて食べ終わったら、もう結構な時間。出社時間はそんなに早くはないけど、私は朝は苦手なんで、早寝するにこした事はないのだ。

 その前にお風呂のお湯を張ってこよう。湯舟の体積が少なくて良い事の一つは、水道代がかからないという事。

 壁の給湯スイッチを押そうとしたその時、チャイムが鳴った。

「‥‥ん‥‥」

 新聞とかもろもろの勧誘は何とか断ってる。宗教だったらヤダな‥‥って思いながら、インターフォンのカメラを写す。

「な!」

 映ってたのは大須賀さん‥‥と、藤崎さん。

=はーい!、遊びに来たよー♪=

「‥‥‥‥」

 大須賀さんは笑ってカメラに向けて手を振ってる。

「な‥‥な‥‥何で!」

=んー 確かここのはずなんだけど‥‥=

「‥‥‥‥」

 そうか、住所違いという事にすればいい。声色を変えれば何とかなるか。

=三崎さーん!=

「ワレワレハ‥‥ソノヨウナモノデハナイ‥‥」

=ん?=

 首を傾げてる。

=でもドアに三崎って出てるし、ここのはず=

 しまった。そう言えばそうだった。

 外から中の灯りが見えてるから、居留守って手も使えない。カメラが入ってるのが分かるから、ただ無視しただけになってしまう。

「ど‥‥どうすれば‥‥」

 チラ‥‥と部屋の方を見る。風呂から上がったらすぐ寝れるように、布団がセッティングしてある。

 仕方がない。一旦開けて帰ってもらおう。玄関で対応すれば大丈夫なはず。

「はい」

 開けた瞬間、私の顔が笑顔になる。完全に営業スマイル。

「あ、やっぱりいた。サンリちゃん!」

 その瞬間、酒臭い臭いがブワっときた。そして顔が真っ赤な大須賀さんと、肩を支えられてる藤崎さん。

「えーっと‥‥どういう状況?」

「さっきまで飲んでたんだけど‥‥隆一って弱いから潰れちゃって」

「‥‥はあ」

「それで、サンリちゃんの家に連れてきたってわけ‥‥アハハ」

 そう言う大須賀さんも出来上がってる。

「そう言う事で、よろしくねー」

「ちょっ!」

「ごゆっくりー♪」

 大須賀さんは、ドサっと私の方に藤崎さんを倒して押し付ける。それからニヤ‥‥と笑って行ってしまった。

 酒臭い‥‥。

「ん‥‥あれ?‥‥三崎‥‥さんがどうして?」

「しっかりしてくださいよ」

 普段の藤崎さんからは想像できない。

 とりあえず中に‥‥。

「‥‥‥‥」

 いやいやそれはマズイ。

 横になって酔いを覚ました方がいいけど、覚めてしまったら、この部屋を見られてしまう。

 考えろ、考えるんだ、私。今こそその真価を発揮‥‥出来ればいいな。

「‥‥よし!」

 心は決まった。

 とりあえず、よっこいしょっと寝てる藤崎さんを布団まで引きずって、そのまま上に。

 あとはこのまましばらく待つ。

 覚醒と睡眠の境を見極めなければならない。

 それから二時間ぐらい? 経った頃。

「あれ?‥‥ここは‥‥?」

「あ、おはようございます」

 私はカシャっと営業スマイル。藤崎さんは頭をかきながら起き上がった。

「大須賀さんから介抱してくれって言われました」

「そ‥‥そうなのか‥‥」

 まだ半覚醒状態。

「ここは?」

「えっと‥‥私の家の‥‥廊下です。さすがに部屋までは‥‥」

 言ってる自分が情けない。ここは廊下じゃなくて、完全に部屋の中だってば!

「そ、そうだよね‥‥全く‥‥大須賀のやつ‥‥」

「そういうわけで、申し訳ないのですが‥‥」

 藤崎さんは慌てて出ていく。寝ぼけまなこなので、はっきりとは見ていないはず。

「ごめん! じゃあ、また明日」

「はい」

 私は笑って手を振って見送り、それからドアを閉めて、ふうとため息をつく。

 うまくいったと喜んでるのが半分、廊下みたいなとこで生活してるんだと思い知らされたと、ガックリきてるのが半分。

 とにかく疲れた。

 私は布団にボフっと、倒れ込んだんだけど。

「う‥‥酒臭い‥‥」

 これだけで酔いそう。

 こうなったら明日は早起きして、窓を開けてリフレッシュしよう。

 そんな事を思ったけど、窓を開けても五十センチ先に隣の建物の壁があるんだな。

「‥‥‥‥」

 やっぱり早起きはやめて、会社帰りにケーキを買ってこよう。

 今度はチーズケーキとイチゴショートの二つ。イチゴは大きめ。あと薄くない紅茶。

 それが一番幸せ。

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