多面的アプローチによる恋の成就率について

@averin

結びに

最初のアプローチは、/緑の食泡工場でも/屹立する硝子様三面体の丘の上でも/徘徊するランドドーザーの上でもなくて。/

ランチタイムの給湯室でした。

ピリッと整った眉毛と優しそうな一重の瞼が、いや困った困ったと彼の困惑を代弁しています。


「小田原主任、お疲れ様です」


主任は、三時の方向に優しい困り顔を向けた。


「お疲れ、西宮さん」


「主任、名前を覚えてくれていたんですね」


新入社員研修の時の熱弁が面白くてね、と主任はさらっと言いますが、どうやら憶えていたのはそこだけのようでした。

ポットのコンセント抜けてますよ、主任にそう伝えると、


「そうか、いや恥ずかしいな、はは」


ありがとう、とポットに電力を供給した主任は、開きっぱなしのカップ麺と私を置き去りに、そそくさとデスクへ戻ってしまいました。

主任の世界の中で、私はほんの1人/1ガロン/百七十単位/等々でしかないのでしょう。


それでも私は覚えています。

今も、昔も、これからも

無限に紡がれた毛糸のセーターのような世界で

あなたと交差することを望みながら


/


つるつるしたうす灰色のパイプを通る私は、一ガロン程の緑色細泡群でした。ホグロモドゥルホスの減塩食用泡の製造ラインに乗せられていた私は、隣のパイプを流れる彼の発する微弱な電気信号をキャッチしたのです。


「貴方も捕まってしまったのですね」


私の発した発光シグナルに、彼の生体信号がチリチリと反応しました。


「どうやら、そのようで」


ほんの一瞬の会話でした。すぐにパイプは枝分かれしてしまい、それから私は殺菌処理段階で意識を失いました。

もしかしたら、食材となった私は彼とミキシングされて食用泡としてパッケージングされたのかもしれませんが、きっと彼も気付くことは無かったでしょう。


/


こっそり覗いた会議室で、プロジェクターを片付ける主任の疲れた背中に声をかけます。


「片付け、手伝いますよ」


「ああ、西宮さんありがとう」


資料をまとめておいてくれるかな、そう、今時紙なんて流行らないけどさ、上がね。


そんなようなことを言っていたかもしれません。


ありがとう、助かったよ、君も仕事に戻った方がいい、それじゃあ。


無視した訳ではないのです、あまりにもさらっと心地よい声だったので、自分の発言で空気を濁したくなかっただけと言いますか。


/


いつから立っていたかも思い出せませんが、さらさらと硝子片の吹き荒ぶ大地に根を張った私は、近付いてくる振動体の発する音に自我を見つけ出しました。

結局私も硝子様三面体の一柱でしかないのですが、嵐に舞う透明な刃物の擦れあう音とは別の、外部から響くアトランダムな音楽が、私のアイデンティを発露させたのです。


「私の音が聞こえますか、これが私です」


こんな音を発したかもしれません。

彼の発する音色が、なにかを見つけた転柔遮光猫のようにぎくしゃくと踊りました。


「なんだろう、懐かしい響きだ」


「そうです、私が私とあなたを見つけたんです」


不思議な三面体だ、そう歌った彼がギシギシと錆び付く身体を回しながら近づいてきました。


「なにか反応があったように聞こえたが、ここが私の眠るべき場所なのか」


「いいえ、私とあなたが再会した場所です、私は」


「眠らせてもらおう、次の薄年期がくるまで」


それから振動が止み、あなたの音楽に誘われた私の固有振動もやがて、さらさらと飛び交う硝子の嵐に消えていきました。


あなたの言った薄年期とやらは来なかったのでしょうか、永遠のさらさらの中に私とあなたの脱け殻だけがひっそりと埋もれて眠るのでしょう。


/


「主任、今日は新入社員の歓迎会だそうですが」


「あれ、今日だった?」


何だかやってしまったと言う顔をしていた主任は、もしかしたら結婚とかしていて。

今日は早く帰るよとか、久しぶりに外食でもしようかとか、そう言うことを奥さんやらお子さんやらに言ったのを思い出したのでしょうか。


「ご飯、炊飯予約してきちゃったな」


杞憂、丁寧な暮らしぶりが仇になったパターンでした。


「それなら、朝ごはんにしましょう」


「いや、朝はトースト派なんだ」


バターと小倉を塗ってコーヒーを飲むのが重要なんだ。そうやってパンに砂糖と脂質を塗るジェスチャーをする主任は、バイオリン奏者みたいに美しい姿勢をしていました。


/


酸性の雨が降る荒廃した摩天楼を駆ける、熱暴走した四十八脚の巨大なランドドーザーの上で、ガスマスクのグラス越しに一重の眼が私を見下ろしていました。


「どこかであっただろうか」


フェイススキャンには怒りと憎しみとデジャヴが渾然一体となった彼の表情が見て取れました。


「ええ、先ほど、給湯室で」


「なぜ、君はただの機械だろう」


人類の敵である私に対して散弾銃を向ける彼は、しかし引き金を引けないままでした。


「ついさっきまではそう信じていたかもしれません、人は世界の癌だと。」


「俺は、お前を、君を止めれば全て終わると」


「ええ、終わります」


あらゆる攻撃に殆どの装甲を失い、剥き出しになった私の人型素体には、ドローン用のバードショットでさえ致命的な一撃になります。

背後で爆炎が上がり、吹き飛んだランドドーザーの放熱フィンが顔の横をかすめ飛んでいきます。

十三脚の制御を失い、大きく傾いた巨大な構造物から、無数のアラートが送信されきても、私の仮想意識はそれを無視し続けました。


「俺も、君もこれでサヨナラだ」


傾く地面にしがみつきながら、彼は私を見ていました。


「いいえ、違います」


また、歓迎会で


/


偉い人やら家庭をもった人達が帰路に着き、そろそろお開きと言うタイミングで、たまたま帰りが一緒になった体を取ることに成功しました。


「それで主任、今日はもうお帰りですか?」


「西宮さん、なんだか君とは、よく話している気がするんだ」


今日給湯室で話したばかりなのにね、そういう主任はなんだか頬が赤くて。

お酒のせいなのは分かっていますが、やはり私もほんのり酔っていて、変なことを口走ってしまったかもしれません。


「無限の宇宙の中で、こうしてちゃんと話せるのって、何だか奇跡だと思いませんか?」


主任はきょとんとした顔で、でもその後は、ふんわりとした甲類焼酎見たいな微笑みで。


「もう少し呑んでく?」


「はい、もう少し」

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